Chapter 7 「想い出写真」

 運河の建設現場から更に三時間かけて、ようやく北の港に到着した。


 出発した時はまだ朝だったというのに、もうすぐ日が暮れようとしている。今日はこの港町で宿を取るしかないだろう。

 ただ、その前に事前の聞き込みなどは済ませておかないといけない。

 北と南の港の移動にほぼ一日かかると分かれば、あまり悠長にはしていられない。


 次のホンジュラス……チョカン行きの船は四日後には出航する予定だ。

 実際には出航の手続きなどがあるので、あと二日以内には戻らないと、このパナマから身動きが取れなくなってしまう。

 

「私はこちらの通関に事態の説明に行ってきます。二時間後くらいにまたここで合流しましょう」


 リプリィさんと二人の部下は報告などがあるようなので、竜車が着いた場所で一時別れた。


「その間に俺達は情報収集だな」

「またまたオレの出番ってわけか」


 カーターが得意気に腕組みをしながらうんうんと呟いている。


「そうだな。頼りにしてるぞ」

「おい、なんか悪いもんでも食べたのか? いつもならもっと突っかかって来るだろ」

「流石に前回実績を出している相手を無碍にはしないよ。ただ、いつ運営からの情報を持ってくるかは分からないから、出してきた情報についてはしっかり吟味させてもらうが」

「デレ期かと思ったら、そういうところはしっかりしてるね」


 当然の話だ。能力的としては頼りには出来るかもしれないが、カーターの場合は出自について信用出来る全く要素がなさすぎる。

 

「遅れていた交易船がいつ到着しそうなのか、赤い女はこの北の港で目撃されていないか、交易船が遅れる原因になった理由。聞き込み内容としてはこの3つかな。他に何かあれば誰でもいいから補足を」

「特にありませーん」


 エリちゃんが何も考えずにそう言うのは想定折込済みだ。


「美味いさけ」

「却下」

「ゲームマスターについてはどうなんでしょう」


 モリ君がゲームマスターの話を持ち出してきた。


「最初の目撃証言だと、ここから北のホンジュラス? 赤い女が関わっているのならば、ゲームマスターも何か動いていると思うんですけど」

「なるほど確かに」


 赤い女は一見するとかなり上のポジションの雰囲気を醸し出していたが、実際は「荷物を受け取る」という受け身かつ下っ端の行動でしかない。

 誰かの指示を受けて動いているとなると、ゲームマスターが関わっていてもおかしくはない。


「流石リーダー。良いところに目を付けてくれた。これなら俺も全部モリ君に任せっきりで楽が出来そうだ」

「ラビさんも頑張ってくださいよ。魔法使いは常に一番クールでいて戦況を見る役目なんでしょ? 頼りにしてますよ」


 この発言は流石の俺も驚嘆した。男子三日会わざるは刮目して見よというやつだろう。

 いつの間にかリーダーとしても立派に成長しつつある。


 これで同年代女子が傷付いた時にユイユイ言うのさえ何とかしてくれると安心なのだが。


 とりあえず頭を撫でてやろうと、手をモリ君の頭に伸ばしたところで素早く逃げられた。


「止めてくださいラビさん、恥ずかしいですって。そこまで子供じゃないですよ」

「まだまだ子供だよ」

「そうは言ってもそんなに年齢は変わらないですよね。五歳差しかないですよね」

「五歳も差があるじゃないか。俺が小学校の時は近所の高校のお姉さんがどれだけ年上に見えたことやら。ここは年上のお姉さんが甘やかしてあげよう」

「なんでもいいけどさ、お嫁さんを差し置いて夫と姑でイチャイチャするの止めてくれるかな。主に俺が怖いので」

 

 カーターの後ろを見ると、エリちゃんが笑顔で俺の方を見て何やら手招きをしていた。

 

「ラビちゃん、ちょっといいかな」

「エリちゃんも甘やかして欲しいって話? それは別に良いけど」

「いや、それはちょっと違っていて……」

 

 仕方ないのでエリちゃんを追い回すと面白いように逃げ出した。

 楽しくなってきたのでそのまま追いかけっこを始める。


「あの、仲良し三人組で楽しくやるのは良いんだけど、それはもっと暇な時にやってくれねぇかな」

 

   ◆ ◆ ◆


 カーターを含めて四人で聞き込みをしたのだが、特に何の成果も上がらなかった。


 居るだけで目立つ赤い女の目撃証言が一切ないことから、北の港には来ていないことは確定ではあるが、交易船の到着予定日や事故の詳細などについては全く不明。


 むしろ、待ちぼうけをくらって暇を持て余している作業員達の方が状況を知りたがっていたくらいだ。


 完全に手詰まりという状況で、軍の用事を済ませたリプリィさんが戻ってきた。


「北の島での事故の詳細が分かりましたよ」


 リプリィさんの言葉はまさに俺達が求めていたものだった。


「荷詰めをしていた作業員が殺害される事件があったとのことです。ですので代わりの作業員を調達して作業を再開するまでは船を出航できないと。恐らく一月は出航出来ないのではないかと」

「それは、地味にダメージが入っていますよね」

「はい。北の島は他国なので私達の国に直接被害はないのですが、交易が止まると経済にそれなりの影響はあるはずです」

「ならば、やはり北の島の調査ですか?」

「いえ、それは出来ません。北の島は他国なので、少なくとも私達のような軍人が勝手に踏み入れば国際問題になります」


 これはこれで厄介な問題だ。

 もう少し時間に余裕が有れば軍とは関係ない俺達が行って調査するのだが、生憎と船が出る時間は決まっているのでその余裕はない。


「ちなみにその北の島までの距離は? 近いならば俺一人だけでも見に行って来ますが」

「船で十日ほどかかるのでおそらく1500kmはありますね」

「流石にその距離は無理か」


 箒が時速60kmで飛べるとしても休憩なしで25時間はかかる計算になる。流石に体力も時間も足りない。


 ただ、少なくとも一月は船が出ないということは分かった。

 その間に北のヒキガエルの遺跡とやらで赤い女やゲームマスターと決着を付ければ結果としては俺達の勝ちだ。


「もう一つ。これは又聞きで詳細な情報は不明なのですが、北の島でモーリスさん達と同じ様な人達……『神の戦士』が襲撃するモンスターから島を護っていたらしいです。今回の作業員が殺害される事件にも関わっていたとか」 


「ラヴィさん達」から「モーリスさん達」になっているのは多分突っ込んだら負けのところだと思うが、俺達と同じ様な人がいるといるのは気になる。


 最初の部屋、もしくはあの遺跡からこんなところまで飛ばされたのだろうか?

 ゲームマスターが設定した本来のゲームの舞台はその北の島が舞台だったのかもしれない。

 

 そう考えると、赤い女は本来のゲーム用に設定された敵で、ゲームマスターのシナリオ修正とは別案件という可能性すら出て来る。


「ハセベさん達ですかね?」

「それは分からない。モリ君が最初に言っていた第4チームの人達かもしれないし、全く知らない人の可能性もある。会いに行くための根拠としては弱い」

「でも、もしハセベさん達なら、俺達がここにいたってのと、日本に帰るためにサンディエゴに行くという情報は残しておいた方が良いですよね」

 

 確かにその通りだ。

 北の港に痕跡を残しておけば、たとえ北の島にいるのが違う人でも、人づてでハセベさん達に話が伝わって最終的にはサンディエゴで合流出来るかもしれない。


「でもどうやって記録を残すかだな。手書きのメモで分かるだろうか」

「それなら良い物がありますよ。確実に記録として残せる上で残るものが」


   ◆ ◆ ◆


 リプリィさんが持ってきたのは一台のカメラだった。

 現代のものと違い炊飯器くらいの大きな四角い箱だ。


「これは軍でも最近採用されたカメラと言う機械で」

「それは知ってる」


 現代日本人である俺達四人の声がハモった。


「それでは皆さん四人を撮りますのでそこに並んでください」


 リプリィさんが俺達に横一列に並ぶようにカメラを構えながら指示を出してきた。

 ただ、それだとリプリィさんが入らないのではないだろうか?


 リプリィさんや、その部下のランボーとコマンドーも俺達の仲間だ。

 彼女達が入っていない記念写真など何の意味があるというのか。


「いや、モリ君行ってきて」

「そうですね」


 モリ君が小走りでリプリィさんに近付いて手を取った。


「こういうのは全員で撮るから意味があるんですよ」

「そうですよ。ラン……サンクさんとサティンクさんも全員で」

「それでも誰かがカメラを持ってシャッターを押さないと……」


 リプリィさんが何やら断るための理屈を言いだしたので、俺はリプリィさんからカメラを奪い取って箒に括りつけて固定した後に宙に浮かべる。


 鳥を呼び出して、一羽はシャッター担当、もう一羽はファインダーを覗いて画角の確認をさせる用に配置する。


「並び順はどうします?」

「身長順で。俺とエリちゃんは一番前。中段はモリ君とリプリィさん。軍人さん二人とカーターは一番後ろで」


 使い魔モードにした鳥の視覚でカメラの画角を確認しながら全員に指示を出していく。


「後ろの三人はもうちょっと寄って! 肩を組むのでちょうど良いくらい」

「なんかオレが確保されたみたいになってるんだけど」


 巨漢のランボーとコマンドーに両側を挟まれて肩を組まれているせいで、長身だが細身のカーターが若干可哀そうなことになっているが、カーターの泣き言は無視だ。

 構図としてはその体制が一番綺麗にまとまる。

 

「モリ君はリプリィさんの肩を取るくらいで、はいもうちょっとくっ付いて。あとエリちゃんは今くらいはもう少し笑顔で」

「写真を撮る間だけですよ」 

「あと一番前のドヤ顔の小娘は全身黒ずくめで画面が暗くなるし、顔が半分帽子の陰に隠れて見えないので何とかしろ」

「それラビさん本人ですよ」


 俺が手を振ると、カメラごしの映像の少女も手を振る。

 自分で自分を見ることはあまりないが、このドヤ顔娘は俺だったのかと納得する。


 もう二週間が経とうというのに、未だに少女=自分だと結び付かないのは問題かもしれない。


 写真映えするように帽子を取って精一杯の笑顔を取ったつもりだが、それでもカメラのファインダーごしには偉そうな態度のクソガキ様というイメージに変化はなかった。


 おかしい。魔女ラヴィのイメージとしてはもっとダウナー系で気弱そうな少女というイメージだったのだが。


《誰のせいだと思ってるの》


 久々に魔女の声が聞こえた。

 だが、そういう点も含めて俺という人間なので、ここは諦めて欲しい。


「じゃあ撮るぞ。みんな笑って」 


   ◆ ◆ ◆


 写真は三枚撮影した。

 一枚は港にある船の待合室に貼る用。写真にはサンディエゴで待っているとコメントを記入した。


 一枚はリプリィさんに渡した。


 俺達とリプリィさんは次のホンジュラスで別れることになる。


 俺達が日本に戻れば以降はもう二度と会うことはないだろう。

 短い付き合いではあったが、俺達との思い出として残してもらえるとありがたい。


 最後の一枚は俺達の分だ。

 写真はモリ君に預けた。俺が持っていても、どうせまた無謀に敵に突っ込んで汚したり傷付けたりしてしまうだろうから、ここはリーダーに任せたい。


 北の港では敵の情報は得られなかったが、代わりに思い出の品を手に入れることが出来た。

 成果としては十分だろう。


 一度パナマ南港に戻ろう。

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