Chapter 6 「大人の聞き込み」

 赤い女が何かの魔術を使用して何処かへと逃走したこと。

『荷物』なる謎のワード。

「北にあるヒキガエルの遺跡で待っている」というメッセージ。

 

 それらについてリプリィさんに報告を行った。


「拘束出来なかった件については申し訳有りませんでした」

「いえいえ。どの道私達だけでは逃がしていたわけですから」


 リプリィさんはそう言うが表情は硬い。

 捜査令状を取ったのに何の収穫もなしというのは立場がないのだろう。

 やはりというか、ホテルの部屋にも何の手がかりも残されていなかったようだ。


「蟇の遺跡というのは、おそらくチョカンの港に現れた不審人物が向かったという遺跡の名前と一致します。遺跡については名前と街の北にある以外については不明なのですが」


 ということは、やはり赤い女はゲームマスター絡みか。

 パナマの次はホンジュラスに寄港予定だったので、そこは当初から変更はない。


「『荷物』は二つの解釈が取れますね。私達が乗ってきた交易船に載せられていた物を受け取るつもりだったのか、それとも本土に何かを送るつもりだったのか」


 タウンティンを攻撃するつもりなら、大西洋側から受け取った荷物をここで中継させるというのは予想出来たが、逆パターンについては考慮が抜けていた。

 ただ『荷物』とやらがどんな品なのかが不明である以上は雲を掴むような話で考察しようがない。


「おい、そんな事が有ったってのになんで起こしてくれなかったんだよ」


 俺達が悩んでいたところカーターが頭を振りながらフラフラとやってきたが、酒を飲んで今まで寝ていた奴が今更何を言うのか。


「要するにその赤い女と荷物について聞き込みしてくりゃいいんだろ」


 まだ酔いが抜けていないのか、顔を真っ赤にしたままのカーターが聞き込みなんてさも簡単なことのように豪語し始めた。


「お前らは良い子ちゃんの優等生過ぎるんだよ。こういう聞き込みはオレみたいなダメ人間の方が向いてることもあるんだ」

「いや、お前がダメ人間だってのは知ってるけど」

「辛辣だねラビ助は」


 運営の犬で肝心な時に酒を飲んでダウンしている奴に対して辛辣で何が悪いのか分からなくて困惑しているところ、カーターが無言で俺に向かって手を伸ばしてきた。


「ママン、聞き込みしてくるから、お小遣い頂戴」

「お前は酒を飲みたいだけだろ」

「いいや、こういう聞き込みは酒が入らないと聞けない話ってもんがあるんだ。だから小遣い頂戴」


 カーターの言葉からは強い意志が伝わってくる。

 酒の席だと会話が弾むというのも分からなくはない。

 だがカーターの場合はただ呑むだけで終わりになる気しかしない。こいつに金を渡しても無駄にしかならないのではないだろうか?


「一万円分くらいあれば良いですか?」


 俺が悩んでいると、実際に金の管理をしているモリ君がカーターに硬貨を渡し始めた。


「ちょっ、モリ君何やってんの?」

「今のリーダーは俺です。その俺がカーターさんを信じて渡すのだから、それを否定するならば、ラビさんは気に入らない以外の合理的な理由を説明してください」


 そう言われると否定はし辛い。

 否定材料はというと、カーターは運営の犬というのと、生活態度がだらしないというところに掛かっている。それ以外の理由を言語化しろと言われても、すぐには説明出来ない。


「風俗店も覗いていくからもうちょっとくれないか?」

「風俗とかそれ絶対ダメだろ!」

「ラビ助、お前女の子に染まりすぎだろ。あと、風俗と言っても別に娼館に行くって話じゃねえよ。キャバクラだキャバクラ」


 キャバクラ?

 それならセーフなのだろうか?

 その辺りの基準がよくわからない。


「それは良いですけど、情報はちゃんと集めてきてください。ただ呑んだだけで無駄遣いしたなら今後もう小遣いはなしですよ」

「話が分かるねぇ、お前も一緒に行かないか……ってそれは、嫁さんが怒るから止めておこう」

「誰が嫁さんですか!」


 カーターは誰のこととは名言していないのに、エリちゃんが激昂して会話に割り込んだ。

 そういうところだぞ。


「そうですよ。モーリスさんは真面目なのでそんなところには行かせられません」


 リプリィさん、お前もか。


「でも、お前一人で行かせると、運営に取って都合の良い情報を持ってくる可能性も有るだろ。せめて誰か一人は連れていけ」


 この理屈ならばモリ君も否定出来ないだろうと俺は確信した。

 それに、こう言っておけば、俺が同行して行動を監視することも出来る。


「そう言われると、そこは否定出来ねえな。となると、あんた頼めるか?」


 カーターはリプリィさんの部下のランボー……サンクさんを指差した。

 ランボーの方も「俺なのか?」と急に指名されたことを困惑している。


「なんで俺じゃダメなんだよ!」

「どこの世界に子連れで風俗店に行くアホがいるんだよ。オレがロリ趣味で少女を騙して夜の店へ連れ回してるアウトな絵にしかならんわ!」

「むぅ」

「そういう頬を膨らまして膨れるところが染まってるって言ってるんだよ!」


 確かに今の俺が風俗街を歩くのはそれだけで確実にお巡りさん案件にしかならない。

 

 それはそれとして、俺はそんなに少女に染まっているのだろうか?

 ショックを受けて固まっている間に、俺抜きで話は進んでいた。


 結局カーターはリプリィさんに捜査協力の許可を取ったランボーと一緒に夜の街に聞き込みへ赴くことになった。


 夜遊びだけして何の成果も得られませんでしたというとこだけは避けて欲しい。


   ◆ ◆ ◆


「というわけで確認取ってきたぞ」


 カーターが戻ってきたのは翌日早朝だった。


「一晩中飲み歩いてたのかよ! よく金が持ったな?」

「いや、途中から道の脇で寝てた。さっき起きた」


 開いた口が塞がらないというのは今のような状況のことだろう。

 言いたいことは山ほどあるはずなのに二の句を継げない。


「では聞き込み内容だ。赤い服を着た女は3日ほど前に急に現れた。作業員は赤い女を娼婦かと思って声をかけたら、自分は宝石商だと名乗り、今は北の港から宝石が届くのを待っていると説明したとか」


 随分と具体的な話が出て来た。

 運営からの情報の可能性もあるので、確認のためカーターに同行していたランボーを見ると「俺もその話は聞いた」と続いたので、聞き込みの成果であることは間違いないようだ。

 

「北の港というとパナマの大西洋側の港のことか」

「ああ。なんでも、3日前には着いているはずの交易船の到着が遅れているらしいので、赤い女はそれが届くのをこの港町で待っていた」


 分からない点も多々あるが、状況から推測すると、赤い女はその宝石のような物をタウンティン本土に送りつけることで何かを狙っていたのだろう。

 

 宝石が何なのかは分からない。

 

 シンプルに爆弾的なものなのか?

 それとも魔術で何かを召喚するための触媒なのか? 

 色々と考えられるが、推論の域を出ない。


「それでどうだ? オレの調査能力は」

「流石にこれは褒めないといけないだろう。助かったよカーター」


 流石にこれだけ働いてくれたのならば評価せざるを得ない。

 モリ君やエリちゃんなら頭を撫でに行くところだ。


「赤い女が撤退した以上は、宝石を使ったプランについては潰れた可能性は高いが、念のために北の港に行くべきだろうか? もしかしたら、到着が遅れた交易船からその宝石を代わりに回収出来るかもしれない」

「リプリィさん、北の港までどれくらい時間がかかるか、ご存じでしょうか?」


 モリ君がリプリィさんに尋ねると直ぐに答えが返ってきた。


「距離にして80km、竜車で直行ならば三時間と言ったところです。ただ、交易用の竜車には乗れないので、運河工事作業員用のものを使うことになりますので、乗り継ぎを含めるとに半日程度の所要時間が必要ではないかと」


 ここで面白そうな話が出て来た。

 事件の調査とはあまり関係はないが、どうせ乗り継ぎの待ち時間が開くならば、運河工事の見学くらいしても罰は当たらないだろう。


「ラビさんどうします? パナマの滞在日数はあと四日ありますよね」

「どうせ船が出航するまで時間が有るんだし行ってみるか」


 パナマでの行動方針は決まった。パナマ運河の見学と北の港の調査だ。

 

「それでは、私は通関に連絡して、その赤い宝石のような物が流れてこないか、もし流れてきた場合は通関で止めるように手続きを進めてきます」

「助かります」

「いえ、これで面目も保てるというものです。こちらこそありがとうございます」


 一応これで、令状を取って捜査を行ったリプリィさんの面目躍如にはなっただろう。容疑者を確保出来ればもっと良かったのだが。 

 

   ◆ ◆ ◆


 トリケラトプスが引くワゴン車は三時間ほどかけて地峡の北側を流れる大河、チャグレス川に作られたダムの前に到着した。


 タウンティンで乗った物は流石は軍用だけあってサスペンション装備だったので振動はほぼなかった。


 だが、パナマで使用されている竜車は民生用だけあってそんな豪華装備はなく、デコボコが有る度に激しく振動するので、乗車時間は三時間だがそれ以上に疲れた気がする。


 もう振動はないというのにまだ体が揺れている気がするので、身体を延ばしたり飛び跳ねたりして何とか体調を戻そうとした。

  

 カーターに至っては、酒を飲んだ状態で乗ったのがまずかったのか道の脇で激しく嘔吐を繰り返していた。


「ほらハロウィンだぞ。水をやるぞ」

「そこの川で汲んだ奴じゃないだろうな?」

「そんな陰湿なことをするかよ。港で補給した蒸留された水を水筒に入れておいたものだから安心して飲め」

「ありがとうママン」


 流石に飲酒からの嘔吐による脱水で倒れられても困るので、水くらいは飲ませておく。

 

 俺達はボロボロなのに対して流石にリプリィさんと部下のランボーとコマンドーの三人は何事もなかったかのように立っている。流石プロの軍人だけのことはある。


 改めて周囲の景色を見る。

 

 チャグレス川はかなりの川幅があり、水量もかなり多い。

 川のすぐ横にあるジャングルの奥からこうこうと水が湧き出しているようだ。

 パナマの南米の入り口にあることから考えと、ここもアマゾンの熱帯雨林ジャングルの一部なのだろう。


 上空には奇妙な鳴き声を上げながら翼竜も飛行している。


 そしてたまに聞こえてくる爆発による破砕音と、エンジンが唸る音。

 すぐ近くで大規模な土木工事が行われているのだろう。

 

「ここがパナマ運河?」

「将来的には多分。この川をベースにダムを作ったり、南側にも川を延ばしたり、ダムの水で高さを調整したりすれば完成……のはず?」


 エリちゃんに答えたが、俺も知識で知っているだけで実物を見たのは初めてなので自信はない。


「北への乗り継ぎ場所までは少し歩きます。案内しますので付いてきてください」


 リプリィさんから声が掛かったので案内されるままに付いていく。


 舗装されていない地道を歩いている途中、一部ジャングルの木が伐採されて丸太に加工されて積み上げられているのが確認出来た。

 燃やされていないのは、建築資材として再利用されるのだと予想できる。


 たまに道の脇に「安全第一」と書かれた祠が建てられて、中に地蔵だか女神像だかなんだかよく分からない石仏が奉られているのが日本文化が中途半端に混じっているのが分かって微笑ましい。

  

 工事現場で奴らが何か仕掛けてくると思ったのだが、この分ならば今のところ何も起きていないようだ

 いや、これから交易船で届く「何か」によって起きるのかもしれないが。


「早く北の港に行こう。何か起こらないか心配だ」

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