Chapter 17 「ゾス神の祭祀場」

「では俺とモリ君が先頭、カーターは中衛、エリちゃんとリプリィさんは後衛で背後からの奇襲に備えてください」


 一応建前としてはプロテクションで壁を作ることが出来るモリ君と、ユッグに対して特攻である極光が後ろにいると射線が遮られて撃てないからという理由にしている。


 それも確かに理由の一つなのだが、最大の理由はモリ君の嫁枠にリプリィさんが参戦してきた今の状況で、特定の二人を横に並べるような人間関係をややこしくする隊列は避けたいというものだ。


 それならば、モリ君とは特に何の関係もない俺が前に出て、ややこしい二人を後ろに固めるのが無難な隊列だろう。


 カーター? 誰それ?

 

 俺とモリ君の二人は先頭でオイルトーチで照らして視界を確保しつつ、遺跡の入り口の階段を降りていく。


 トーチの灯り、そして俺の紋様から発せられる虹色の光に照らされて、無数のフナムシのような生き物が進路上の階段からカサカサと音を立てて引いていくのが見えた。


「ヒエっ」


 フナムシの群を見たモリ君が情けない悲鳴を上げて俺の腕に掴まる。

 モリ君は相変わらずパーソナルスペースの概念が壊れているから困る。

 俺だから良いものの、女子にいきなり抱き着くとか普通はセクハラになるんだぞ。


 顔もまあイケメンの範疇だし、誰かを治療中の時は行動もイケメン度アップなので、こういう虫が怖いというギャップにコロッと騙されるチョロインが出て来ても仕方ないというのは分からなくもない。


「モリ君は虫がダメな奴?」

「ラビさんはよく平気ですね」

「エビとかカニは怖くないだろ。虫も冷静に見たらカニと同じだからそこまで気にするものではないよ。ようは慣れだ。後ろの女子にカッコ悪いところを見せるなよ、頑張れ少年」


 頭をポンポンと叩いてやると、安心したのかモリ君は俺の手から離れていった。


「こらそこ、イチャイチャしない!」

「いつ敵が出てくるかもしれないのですから、もう少し真面目にやってください」


 後ろの女性陣から俺に対して苦情が飛んできた。

 女三人寄れば姦しいとはこういうことか。


 俺は「親」もしくは「保護者」だから「子」のモリ君とは愛だの恋だのそういう関係も感情もないというのに。

 普通の女子扱いされても困るぞ。


「というわけで、ここからは真面目に行くぞ。モリ君も虫に怖がってないでシャキッとしなさい。あとここはかなりヌメっていて滑るから転倒しないように、みんなゆっくり歩くように」


 階段は水垢だか苔だかでかなりヌルヌルとしていて足元が不安な状態だった。

 しっかり足を踏みしめないと、ぬめりに足を取られて転倒する危険がある。


「階段で転倒すると大怪我に繋がりかねないので注意して欲しい。滑って転んでも無理に助けに入ると二次被害が発生しかねないから誰も助けないぞ」


 おかしい、俺はリーダーのポジションをモリ君に譲ったはずだが、何故俺がまたリーダーポジションに立って仲間に警告をしているのか?

 そもそも魔法使いは後方で常にクールで戦況を確認するポジションだ。

 こうやって先頭に立っているのはおかしいことのはずだが。


「うわっ、なんだここは? 滑るぞ」


 たった今警告を飛ばしたにも関わらず、早くも背後から尻持ちを付く音が聞こえた。

 振り返るとカーターが見事にぬめりに足を取られて滑って転んでいた。


「お前は何をやりたいんだよ」

「仕方ないだろ。俺はインドア派なんだよ。だから地上に残るって言っただろ」

「ごめん、聞いてない」


 一応こんなのでも足手纏いになると困るので、起き上がるのに手は貸してやる。


 滑りやすい階段をしばらく降りると、到着した場所は洞窟のような広い空間だった。

 オイルトーチの灯りだけでは端の方まで見ることが出来ない。


 陽の光も入って来ておらず、ただ暗闇だけが広がっていた。


 岩を削って作られたであろう細い通路の片側は岩壁、その反対側は切り立った崖になっている。

 崖の下がどうなっているのかはオイルトーチの灯りが届かず、よく分からないが、時折波が流れる音が聞こえてくることから、おそらくどこかで海と繋がっているのだろう。


 切り立った崖のような地形からして、波が岩を侵食して出来た海蝕洞窟なのかもしれない。

 そうやって自然に作られた地形を利用して、作り上げた遺跡なのだろう。


 学生時代に日本のあちこちを旅行したが、日本海側で似たような「聖地」として扱われる場所をいくつか見た記憶がある。

 それらの「聖地」は祠などが建てられ、やはり神聖な地として祀られたりしていることが多々あった。


 この海蝕洞窟も同じように、遺跡を作った古代人は神聖な場所……神殿か祭祀場として使用していたのではないだろうか?

 知事が説明していた何かの儀式を行うという話とも一致する。


 ――そして


「早速出てきたな」


 崖下の海中から垂直の崖をナメクジのようにヌメヌメと体をうねらせてユッグが這い上がってきているのが目視で確認出来た。

 これも俺達をこの先に行かせまいという何者かの意思なのだろう。


 通路に這い上がってくると厄介なので、何匹かを極光で焼き払う。


 ただ、極光の照射範囲はそれほど広くはないので、全てのユッグを倒すことは出来ない。

 撃ち漏らしたユッグに対しては地道にオイルトーチで焼いていくしかない。


「エリス、ラビさんと位置を交代だ。一緒にこっちであいつらを焼くのに専念してくれ」

「わかった。ラビちゃんは照明係をお願い」

「任された」


 全員がオイルトーチを攻撃に使うと照明がなくなってしまい、視認性が落ちるとまともに戦えなくなる。

 必然的に、腕力がなくて重いオイルトーチを長時間振り回せない俺が照明係になる。


浮遊フロート


 オイルトーチを少し高い場所に「箒」として浮遊させた。これならば手が塞がることもない。


「後ろからも来ました。注意してください」


 リプリィさんがオイルトーチを崖の下に向けてユッグを追い払おうとしている。


 ユッグはいくら火に弱いとはいえ、オイルトーチくらいの炎だと一瞬で爆発するわけではない。

 倒すには2、30秒は火をかざさないと燃えてくれず、また当然の話だが、ユッグも抵抗するので同じ場所に長時間当て続けるというのは難しい。


「カーター、お前はこっちでリプリィさんの支援だ。後ろから攻撃されて挟み撃ちの形になればまずい。」


 俺は棒立ちで特に何もしていないカーターに指示を飛ばす。


 今までの行動を思い返すが、カーターは周辺をウロウロしていただけで特に何をしていた記憶も残っていない。

 手を抜いているのか、それともやはり敵で三味線を弾いているのか……。


「オレはこんな害虫駆除みたいなのじゃなくて、もっと英雄っぽい戦いがやりたくて来たんだけどな」

「英雄になるのもまずは地道にコツコツとだぞ」

「……わかったよ」


 俺が催促すると、ようやくカーターはスーツの中から銀色に光る何かを取り出した。

 それは一体何に使うのは分からない、銀色の巨大な鍵だった。

 金庫でも開けようというのか?


「俺のスキルは召喚系の能力。モンスターを呼び出したり、罠を仕掛けてそこから様々な攻撃を放ったりできる」

「能書きは良いから、早くなんとかしろ」

「はいはい。火に弱いってのならばこれだな。出ろ、火精!」


 カーターが銀色に光る何かを振りかざすと同時にユッグの近くの空中に窓くらいの大きさの両開きの扉が出現した。

 その扉が自動的に開いたかと思うと、そこから真っ赤な炎が噴き出しユッグの全身を覆い尽くした。

 炎に包まれたユッグは表面の粘液のあちこちから泡を噴き出し、そしてそのまま崖から離れて下へと落ちていった。


「やれば出来るじゃないか」

「当然だ。もっとオレを褒めてもいいんだぞ」

「まだまだユッグは出てくるから、この調子でどんどん頼むぞ」

「いや、これ連続使用は出来ないからあと一分ほど待ってくれ」

「そうか、連射は出来ないのか」


 どうやら遠距離攻撃が出来るのは良いが、連射は効かないらしい。

 その点では俺の極光と変わらない。これは魔法使い系の宿命のようなものなので仕方ない。


 ただ、カーターは自分のスキルをあまり使いこなせていない……というより、よく使い方を分かっていないように見える。


 まがいなりにも、あの遺跡で四日間を生き残ったならば、もう少し自分のスキルの特徴と使い方に慣れていてもおかしくはないはずだ。


 今の炎を出すスキルも、複数匹を巻き込むような、もっと効率の良い使い方は出来たのではないだろうか。


「スキルが連発出来ないのは仕方ない。再度使用できるまではオイルトーチの火で奴らを追い払うんだ。スキルが再使用出来るタイミングになったら、また攻撃」

「全く、人使いが荒いな」


 ぶつくさ言いながらもカーターはリプリィさんと一緒に迫ってくるユッグにオイルトーチの炎を向けている。

 

 前衛の方はどうかというと、やはり協力関係が出来ている二人は強い。

 スキルによる通常攻撃とオイルトーチでの炎を組み合わせ、特に言葉をかわすこともなく、それでもお互いに助け合って巧みにユッグを追い払っている。


 これはリプリィさんには悪いが、二人の間に入り込む余地はないよな……。


 こうしてユッグとの地味な格闘が三十分ほど続いたが、うまく連携を行えたことで、なんとか誰も怪我を負うことなく、ユッグの群れを撃退することに成功した。


 ただ、全員かなり疲れが出てきているようだ。

 ここらで一度休憩と言いたいところだが、休憩中にユッグがまた復活してきても厄介だ。


「ラビさんどうします?」

「だから今のリーダーは君だ」

「分かりました。みんな疲れているかもしれないが、ここに残っていたらまたユッグが湧いてくるかもしれない。ここは少しでも先に進みたい」


 モリ君の意見にカーター以外が異議なしと答えたので先を急ぐことにする。


 一人だけ賛成しなかったカーターは隅の方でへたり込んで虚ろな目をしていた。

 今の戦闘でそれほど疲れたのだろうか。


「ほら、肩を貸してやるから一緒に行くぞ。こんなところで座り込んでいるとまたユッグが来るぞ」

「すまん」


 カーターの手を取って俺の肩に回して立ち上がらせる。

 だが、何故小柄で体力のない俺が、大柄な大人の男に肩を貸しているのか?

 立場は完全に逆ではないのだろうか?


「綺麗なお姉さんが良かった」 

「それで、お前は誰かから命令されて動いてるのか? それともそのヘロヘロなのも演技か?」

「だからオレはインドア派だって何度も言ってるだろ。もう足だってガックガクだっての」


 カーターはぶつくさ言いながらも歩き始める。


「いやさ、異世界転生でチート能力持ちで女性が沢山いるパーティーだって話を聞いてたんだよ。そうしたら、コブ付きと貧相な身体のネカマしかいないとか何のギャグなんだよ」

「ネカマじゃない。今の身体は完全に女だっての」

「ならもう自慰は済ませた? 男と女のどっちが気持ち良かった?」


 デリカシー皆無のカーターを崖から突き落そうとしたところにモリ君からストップが入った。


「なんで二人ともそんなに険悪なんですか! ラビさんは誰にでも人当たりは良い方ですよね。ちゃんと仲良く出来ますよね」

「こいつについては色々あるんだよ」

「ツンデレってやつ?」

「デレ要素がどこにあるんだよ? こういうのは辛辣って言うんだよ」


 カーターについては、早く正体から目的から知っていることを全て話した後に敵として倒されて、リプリィさんに連れられてそのまま収監されて欲しいと心から願った。


 海蝕洞窟をしばらく歩いていると、また雰囲気が変わった。


 天井や床からは槍衾のように尖った鍾乳石が無数に生えており、周囲の岩の質も変わっている。

 海蝕洞窟から鍾乳洞か何かに繋がったのだろうか?


 今まで定期的なリズムで聞こえていた波の音はほぼ聞こえなくなった。

 その代わりなのか、定期的に鍾乳洞の奥の方から生暖かい風が獣の咆哮のような音と共に吹き付けてきている。

 風の合間に天井の鍾乳石からポタンポタンと水が垂れて地面から生えた鍾乳石の先端で弾ける音がたまに鳴っているのが聞こえる。


「さっきと雰囲気が違いすぎない? こっちの道で合ってる?」

「いや、当たりだよ、この道は」


 カーターがオイルトーチを翳しながらスタスタと鍾乳洞の壁面に向かって迷いなく歩いていく。

 俺達はそれに続く。


 壁面の一部が平らに削られて、そこに壁画のようなものが描かれていた。


 壁画は、元々稚拙なのか、それとも長い年月で崩れたり摩耗して元のデザインがあまりに残っていないのかははっきりしないが、長方形をいくつもパズルのように組み合わせて絵にしたような、あちこちが直角でカクカクした独特のタッチで描かれている。


 絵は四枚。


 最初の絵には山のような塊が三つ。そこから嘴が付いたチンアナゴのような謎の物体が何本も飛び出している。


 次の絵は一つ目の人間のようなものが、小さいキノコのような謎の物体と一緒に、小さな人間を追い回している絵だ。


 三つ目の絵は空から降り注いだ光によって山のような塊が海の底に追いやられ、巨人やキノコが燃やされている光景が描かれているようだ。


 最後は……絵と言って良いのだろうか?

 五芒星の星の中央に目のようなものがある図形が描かれている。

 何かの魔術的な意味があるのだろうか?


「ゾス神の壁画だな」

「ゾス神?」


 鸚鵡返しに問い返す。


「この黒い塊の一番奥がガタノソア、真ん中がイソグサ、手前がゾス=オムモグ。ゾスの三神と呼ばれる邪神の絵だ」


 イソグサは分かるし、ガタノソアの名前にも聞き覚えがある。


 最終話前に出現した最強の怪獣で、人類を石化させる古代遺跡から蘇った恐るべき敵。

 その圧倒的な力にヒーローすら石化させられて負けてしまう。

 だが、ヒーローに対して世界中からの応援が届いて奇跡の復活からの新フォームへの変身。主題歌が流れて逆転という美しい最終回だった。あれは良かった。


「その元ネタがこの邪神だろうな。あと、この黒い塊は巨大すぎる本体の一部が見えているだけなんだと思う。飛び出してる嘴がついたチンアナゴは……直接戦ったあんたなら分かるだろう」

「あの頭から生えた触腕か」


 いや、それはおかしい。

 それならば、この手前にある一つ目の人間のようなものとキノコは何だ?

 この一つ目の人間のようなものがイソグサではなかったのか?


 そこまで考えた時点で気付いた。


「この小さな一つ目の人間に見えるのはあの60mの巨人だな。そして周りにいるキノコはユッグ」

「そうだ。で、こちらの山のように見えるのがイソグサの本体……の一部」


 だとすると想像を絶する巨大さだ。

 山のような……ではなく山そのものが敵のようなものだ。


「こんなものをどうやって倒せと?」

「もちろん邪神は人間に倒せる存在じゃない。だから、復活を阻止する。そのためにここに来た」


 知事はあの巨人は端末に過ぎないという予想はしていたが、こうはっきりと絵で説明されると辛いものがある。


 あれだけ苦労して倒した巨人が、本体と比較するとこれだけ矮小な存在になるのか。


 こいつがガタノゾーアの仲間ならば、やはりこれはウルト〇マン案件ではないのか? 助けてティガ。


「カーターさん、何故あなたがそんなことを知っているんです?」


 さすがにモリ君も当然のように壁画の解説するカーターに不信感を抱いたようだ。


「こいつにも言ったが、オレは敵じゃない。時期が来たら話すよ」

「ということだ。今は敵じゃないらしいので、しばらくは情報源として活用させてもらう」

「……なんか色々事情が有りそうですけど後でちゃんと説明してくださいね」


 俺達は謎の不審人物、そして巨人やユッグを召還する魔術的儀式が行われているであろう場所を目指して鍾乳洞を進む。

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