Chapter 16 「洋館」

 リプリィさんは入り口の扉に、そのサイドに銃を構えたランボーとコマンドーが待機する。


 更にそこから5mほど離れた場所にはプロテクションで三人を守るためにモリ君が待機。


 俺もシールドでリプリィさんを守る役目に付きたかったのだが、最悪の場合は「洋館ごと敵を吹き飛ばせ」とのことなので、最後方で待機である。


 至近距離で魔女の呪いを使うと「収穫」によって問答無用で味方も巻き込むので仕方がない。

 能力を最大限に活用するならば、俺は人の輪からは距離を取らないといけないのだ。


 スキルの能力、効果など全て未知数のカーターは10mほど離れた中間地点でエリちゃんと共に待機させている。

 もし不審な動きがあれば、最悪俺が後ろから撃つことになる。


   ◆ ◆ ◆


 リプリィさんが入り口の扉に付いた呼び鈴を何度か鳴らすが、何の反応もない。

 しばらく呼び鈴を鳴らし続けるが、やはり物音一つなかった。


 ランボーとコマンドーの二人が扉の左右の取っ手をそれぞれ取って扉を開くと、ギィと軋んだような音を立てて観音開きの両扉が開いた。


 それと同時に館の奥からまるで白い波のようなものが押し寄せてきた。

 数えきれないほど多くの蛆虫……ユッグだ。


「プロテクション!」


 モリ君が発生させた青白い光の壁、プロテクションがそれらが扉から溢れ出すのを阻止した。

 蛆虫……ユッグの群れは光の壁によって館の外に出ることが出来ていない。

 何匹かのユッグがその光る壁を破壊して外に出ようと体当たりを繰り返しているが、全くビクともしない。

 モリ君がランクアップをしたことにより、プロテクションの強度も上がっているのだろう。


 だが、その壁も永遠に持つわけではない。

 それに今は律儀に扉から飛び出そうとしているが、そこから出られないとなれば、窓やバルコニーから出てくる可能性が十分有り得る。


 まだ奴らが出てきていないここで何らかの対策を講じる必要がある。


「ラヴィさん!」


 リプリィさんから俺に攻撃の要請が飛んだ。

 それと同時にリプリィさんとランボー、コマンドーの三人は退避を始めている。

 さすが軍人、判断が速い。

 

 リプリィさんの叫びに答えるように、俺は鳥三体を解放リリースして攻撃準備に入る。


「全員退避! 軌道上から全力で離れろ!」


 俺は精一杯に声を張り上げて警告を発する。


 モリ君、エリちゃん、カーターの三人も直線状に誰もいないのを確認して魔女の呪いを放った。

 

 熱線は屋敷の扉に突き刺さり――モリ君が張ったプロテクションの青い光の壁で弾かれてあたりに高熱の火の粉を撒き散らしている。


「ちょっ、この熱線を止めるのかよ!」


 完全に予想外だ。

 まさかモリ君のプロテクションがランクアップでこれほど防御力を上げているとは予想できなかった。


 だが、熱線の照射時間は十秒ほどある。

 諦めずに照射を続けると、青く光る壁は光る粒子と化して散っていった。完全に防がれたのは三秒ほどだろうか?


 熱線は、壁の後ろにいたユッグ、そしてその奥にある洋館の階段やら調度品やらを吹き飛ばし、館を貫通して後ろにあった岩壁の一部に半径5m、50mほどの穴を抉り出して止まった。


 館の内部に熱線から発生した高温度の余熱が流れ込んだのか、魔女の呪いの照射範囲外の館の内部からボンボンと破裂するような音が連続して聞こえてくる。


 おそらくは熱に弱いユッグの体内にあるガス袋が膨張、炸裂しているのだろう。


「全員無事か?」


 リプリィの呼びかけにランボーとコマンドー、そしてモリ君が手を挙げて応じる。


「プロテクションはかなり強化されたから、もしかしたらラビさんのビームもちょっとは防げるかとは思ったんですけどね」


 モリ君が頭を掻きながら苦笑いを浮かべながら俺に近寄ってきた。


「そうは言っても三秒は止めただろ。もし俺がトチ狂ったり操られたりしても、仲間が逃げる時間は十分稼げるんだから凄いよ。それに、ユッグの群れを外に出させなかったのも凄い活躍だと思うよ」

 

 これは本心だ。

 実際、先程ユッグの群れが一気に飛び出してきて乱戦になればかなりの苦戦を強いられただろう。

 それを阻止出来たのは大きい。


「本当に助かりました。数匹は扉を開けたら飛び出してくる覚悟はしていたのですが、あんなに沢山いたとは」


 リプリィさんもモリ君に謝辞を告げている。

 俺とリプリィさんの言葉を聞いて、ようやくモリ君も苦笑いから普通の笑顔に変わった。


「出来れば、これからも守っていただけるとありがたいです」

「それはもちろん。俺はみんなを守りますよ」

「それでどうする? この状態で洋館の捜索を続けるのか?」


 カーターの言う通り、館全体がミシミシと音を立てており、たまに梁や天井の板であっただろう材木が落ちてきているのが扉から一直線に開いた大穴から見える。


 この破壊状況はあまり良い状態とは思えない。

 迂闊に屋敷内に入って探索を行うと、いつ屋敷ごと崩壊してきて生き埋めになってもおかしくはない。危険が多すぎる。


 どうするべきかと思案していると、突然に館全体から眩い光が発せられた。

 また何かの攻撃なのか!?


「みんな、俺の後ろに!」


 モリ君がすかさずプロテクションを展開した。

 そこに展開したモリ君自身とリプリィさん、エリちゃん、カーターの四人が隠れる。

 だが、さすがにプロテクションの範囲では守れる人数に限度がある。


 その時、コマンドーが洋館から剥がれた大きめの板を担いで駆け寄ってきた。

 その板を盾にしようということだろう。

 俺とランボー、コマンドーの三人はその板の陰に身を潜める。


 館が破壊された時に何か発動するようなトラップでも仕掛けてあったのか?

 まさか爆発か?


 俺も再度鳥を呼び出して、コマンドーが持っている板の前に展開して防御力を強化する。


 光は十秒ほど放たれただろうか。

 特に爆発などが起こることはなく、光は音もなく、何の破壊ももたらさずに消えていった。

 

 ――チャリン。


 光が消えたと同時に、何かの金属音が館の方から聞こえた。


 俺は盾を展開したまま、その物音がした方に近付いてみる。


 館の前には一枚の銀色のメダルが落ちていた。

 先程の金属音は、このメダルが排出された音なのだろう。

 持ち上げるとSRの文字。間違いなくモンスターを倒した時に現るメダルと同じものだ。


「これはユッグの群れを倒したから出現したのか?」

「いや、これはこの『洋館』自体が召喚オブジェクトだったんだろう。ようするに、この洋館もモンスター扱いで巨人と同時期に呼ばれたんじゃないかと」


 俺の後ろにいつの間にかカーターが立っていた。


「召喚オブジェクト? お前、何を知っている?」


 俺はカーターを睨みつける。

 やはり俺の直感は正しかった。

 こいつは何かを隠して、俺達に近付いてきている。


「疑う気持ちは分かるが、これだけは言っておく。俺は敵じゃない。ただ、今は言えないことがあるだけだ。そのうちに機会があれば全部話す」

「言えないこととは?」

「有名な漫画のセリフで有るだろう。これ以上は言ったも同然だから今は言えない」

「……なるほど」


 確かにその漫画は俺も大好きでそのセリフも知っている。

 ただ、


「そのセリフは自分の嘘と真実をどちらも隠してミスリードを誘うために噓つきのキャラが使ったセリフだぞ。今の状況に相応しくはない」

「そうは言っても、言えないものは言えないんだ。分かってくれよ」


 ここで口論していてもお互いに妥協出来ない点があるのだから話は平行線だろう。


「わかった。今はここの調査が優先だ。ただ、後でじっくり話してもらう」

「どうせじっくり話すなら大人の女性と話したかったんだが、なんで俺の相手はこんなのかねぇ」

「こんなのとはなんだ」

「いや、お前の中身はオッサンだし、ガワだけだとしても胸もくびれも尻もないドラム缶じゃないか」


 やはりこいつとは何一つ話は合わない。

 後でじっくりと絞める必要がありそうだ。

 特にドラム缶呼ばわりについては小一時間ほど問い詰める必要がある。これは許せない。絶対だ。


 俺は銀色のメダルをモリ君とエリちゃんに見せる。


「この館自体がモンスターだったみたいだ。多分、洋館のフリをして犠牲者を誘い出して、館の中に入った相手を捕食する巨大なミミックみたいなものだったんだろう」

「ということは、ラビさんのビームで倒したのは正解だったと」

「おそらくは」


 二人には今はこの説明で良いだろう。

 カーターが何か知っていて怪しいとか「召喚オブジェクト」なる謎の言葉やらを今出しても混乱の元にしかならない。


「はい皆さん、当初の目的をお忘れですか?」


 リプリィさんがここで手を叩いた。


「私達の目的はこの屋敷ではありません。おそらく事件に関係しているであろう不審人物と、この裏にある遺跡です」


 俺が館に開けた大穴の奥には、先程空から見えた石柱や、洞窟の入り口のようなものが見える。

 

「まずはこの屋敷の先に在る遺跡の調査です。不審人物もこの先の遺跡にいるかもしれません」


 崩れそうな洋館を迂回して、裏手に回り込んでみる。


 先程空から見えた二本の石柱は、いくつもの石を綺麗に切り出して積み上げて作られている。

 石の加工技術は、俺達が最初に投げ込まれた地母神の遺跡と共通するものがある。


 洞窟は入ってすぐのところに地下へと降りていく階段があった。

 階段の奥にまでは灯りが届かないので、降りた先に何があるのかまでを見通すことは出来ない。


「この家が崩れて、入り口が埋まったりしませんよね」


 エリちゃんの心配ももっともだ。

 内部を探索中に入り口が塞がって出られないということにもなったら目も当てられない。


「では、サンクとサティンク。二人はここで入り口の番をしていて欲しい。もし入り口が塞がって、二人だけではどうしようもない場合は、軍部に救助要請の連絡を取って欲しい」

「了解。隊長も御注意を」

「ならオレも外で留守番ということで」

「お前はこっちだ」


 俺は地上に残ろうとしたカーターの服をグイっと引っ張って止める。

 カーターには信用できない部分が多い。

 地下に連れて行くのも不安はあるが、俺の目が届かない地上に置いておくことも一抹の不安が残る。


「リプリィさんも地上に残留で良いんですよ」

「ですが、軍の関係者が一人も行かないというのも問題でしょう。私は行きますよ」


 こちらも難しい問題だ。

 リプリィさんはランボーとコマンドーの二人に比べると戦闘能力が不足している。

 地上と地下を比較するならば、明らかに地下の方が危険だろう。


 なので、出来ればここはリプリィさんは地上に残しておきたい。

 軍関係者を一人は入れないといけないということであれば、ランボーかコマンドーのどちらかに来てもらう方が安心感はある。


「リーダーはどう思う?」


 ここは現在のリーダーであるモリ君にも意見を聞こう。

 どの道、俺だけで判断して良い内容ではない。


「もし軍の救援が必要な場合には、役職者のリプリィさんがいる方がスムーズだと思いますので、俺としてもリプリィさんは地上に居て欲しいです」

「モーリスさん……」


 まあそうだろう。モリ君は同年代の若い女性が傷付くと何かしらのトラウマが刺激されて耐えられないタイプだ。

 リプリィさんを連れて地下に入るという選択肢は基本的に避けるだろう。


 ならエリちゃんは良いのかという話になるが、そこはまた別の基準があるようで、どうもややこしい。


「ただ、俺達はあくまで外部の人間なので、軍の人達に指示は出来ません。どうしても一緒に来るというのあらば止めることは出来ません。ただその場合は俺が全力で守ります」

「分かりました。ただ私は守られているだけの姫ではありません。自分の身くらいは自分で守ってみせます」


 どうやらリプリィさんの意志は変えられないようだ。

 こうなると、所詮は外部の人間である俺達には止める権利はない。


「ほら、勘違いしちゃう人が出た」


 エリちゃんが俺の肩に手をかけてボソっと愚痴るように言った。


「リプリィさん、あれ軍人としての使命感だけじゃないでしょ」

「……うん、それはまあ何となく俺もわかる。困ったことに」


 リプリィさん自身は、モリ君が真剣な顔で守る守る言うので、見事に勘違いしてしまっている。

 前に野戦病院のテントでモリ君と一緒に走り回っていたあたりから、かなり気は有ったのだろうが、ここに来て完全に落ちてしまったのだろう。あの娘もかなりのチョロインのようだ。


 ここで、知事がモリ君をリプリィさんと結婚させてここに留まらせようかと考えていたという話を思い出した。

 もしかしたら、一連の行為はハニトラの一環なのかもしれない。


 ただ、良いのか悪いのかは分からないが、モリ君からの矢印はリプリィさんには全く向いていない。


 だからと言ってエリちゃんに向いているかと言えばそうでもなく、モリ君からの矢印はエリちゃんを通してユイなる謎の人物に向いているのは明白であり、今のままだと誰も幸せになれない状態だ。


 ただでさえ問題山積みなのに、人間関係という更にややこしい問題を積み上げないで欲しいのだが。

 他に頭を使うことならば足りない俺の頭で必死で感がるのだが、恋愛という俺の経験値が0の分野で殴りかかって来るのだけは止めて欲しい。


「モリ君がはっきりしないから、もう信頼できるのラビちゃんだけなんだけど」

「それは嬉しい発言なんだけど、俺は何をすればいいの?」

「とりあえず女子トーク」


 いや本当にどうすれば良いんだよ。

 今から地下に巨人とユッグを呼んだ奴についての調査に赴くんだから、俺の弱点のジャンルで突き進むのは止めて欲しい。


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