Chapter 9 「理想、眺めて手を伸ばす」

 陸軍が巨人イソグサと交戦中の場所にようやくたどり着いた。


 上空から俯瞰して見ると戦況が分かりやすい。


 兵士達が巨人に向かってライフル銃で攻撃を仕掛けると、一応損傷しているようなのだが、その異常なまでの再生能力が発揮され、すぐに何事もなかったかのように歩みを続けている。

 ダメージはほぼ入っていないであろうことは明白だった。


 幸いなことに、巨人は兵士達を危機と感じていないからなのか、全くと言って良いほど視線や歩く向きを兵士達の方に向けることはなかった。

 そのお陰だからか、見える範囲では兵士達に損傷は見られない。


 牽制や誘導という目的を全く果たせないという意味では大失敗なのだろうが、人的被害が少ないのは俺の価値観からすると成功と言える。


「では、まずは軽く小突いて様子を見るか」


 箒を加速させて巨人の頭上をわざと素通りをした。

 一度通り過ぎると、少し先で旋回してまた巨人の頭上を素通り。


 それを三回ほど繰り返すと、ようやく巨人が俺の存在に気付いたのか、頭を回して俺の方を見る。

 首の関節構造がどのような構造になっているのかは不明だが、フクロウのように360度回転する頭部は見ているだけでもかなりの不気味さがある。


 ただ、これで巨人の興味を惹けたことに間違いはないだろう。


「では、誘導作戦を開始する」


 もう一度巨人の頭上を素通りしたところで箒を半回転させて箒の先端……いや、機首を巨人の背中に向ける。


「極光!」


 機首から虹色の光を放ちながら巨人を中心に円を描くような動きで巨人の前方に回り込む。


 期待はしていなかったが、やはり巨人には傷一つ付いていない。

 極光のスキルでは、火力が全く足りていない上に攻撃範囲も巨人の巨体相手には狭すぎるのだ。


 だが、蚊が刺したような攻撃でも、巨人の注意を俺に向けることには成功したようだ。

 

「お前を一度倒しかけた相手はここにいるぞ! 俺を倒したかったら黙って付いて来い!」


 箒……機体を斜めに傾けて反転させると、巨人に背を向けたまま直進を始める。


 巨人は、なおもライフルで攻撃を続ける兵士達と、その場から立ち去ろうとしている俺の両方を見比べた後に、ややあって兵士達を完全に無視して俺の方を追い始めた。


 兵士達は巨人の移動方向が変わったのを確認した後にそれぞれ散っていく。

 次の作戦場所に移動するのだろう。


 巨人は一歩一歩を踏みしめるように、ゆっくりと俺に歩み寄ってきていた。

 その重量により、土煙がもうもうと上がり、大地が震える。


 だが、そのゆっくりとした歩き方だといつまで経っても俺に追いつけないと悟ったのか、やがて段々と足の回転が速くなり、体勢も前傾姿勢で走るような動きへと変わっていった。


 巨人が速度を上げるのを見て、俺はスロットルレバーを上げて箒を加速させる。


 エンジンとプロペラの音が更に大きくなり、白煙と虹色の光が背後に流れる。


 虹色の光は普通に箒に乗って飛行している時には発生しなかったエフェクトだ。

 やはり普通の箒と、この鋼鉄の箒とでは根本的に「何か」が違うのだろう。


「これは機械ではなくて魔女の箒です」という無茶苦茶な認識により、魔女の力で無理矢理動かしているので、何らかのバグが発生しているのかもしれない。


 巨人と距離が開きすぎず、近寄りすぎず、適度に速度と距離を調整しながらダム建設予定地に向かって進む。


 誘導作戦としては見事に成功だ。


   ◆ ◆ ◆


 罠を仕掛けた谷が近付いてきたところで、巨人の動きが変わった。

 一度しゃがみ込んだかと思うと、足を大きく蹴りだして、蛙のように跳躍した。


 凄まじい速度で俺の方向に向かってくる。


「なんだこいつ? 急に動きを!」


 スロットルレバーを最大に上げて箒を急加速させる。

 だが、それだけでは速度が足りない。

 このままだと巨人に追いつかれて掴まれてしまう。


 ならば!


 箒を一気に垂直方向に上昇させて、巨人の跳躍では届かない高度まで一気に上昇する。


 あまりの急な動きにフレームの耐久性が限界を迎えたのか、機体が捻じれるような違和感と共に、ギギギと悲鳴のような音を上がる。


 航空力学を完全に無視した動きにさすがの巨人も流石に付いて来れずに、俺への攻撃は空振りに終わった――かに見えた。


 巨人頭部の中心にある目に赤い力場のような光が収束したかと思うと、間髪を開けずに真っ赤な光条ビームが放たれた。


 極光のように光速では放った瞬間に直撃とこそはしないものの、その光条は俺に向かって相当な速度で突き進んでくる。


 話に聞いていた熱線とやらはこれのことか!


 身体を全力で傾けて重心を移動させて機体を急旋回。回避運動を取る。


 完全には避けきれずに光条は箒の先を若干かすめたが、この箒のフレーム部分は何の機械も仕込まれていないただの鉄骨でしかない。

 先端が少し真っ黒に焼き焦げたが、特に大きな問題は発生していない。


 熱も、耐熱性の高い航空服のおかげで、俺自身へのダメージはほぼない。


 直撃を避けたので、光条は空の彼方に飛んで消える――


 そう思った矢先に、光条は二股に分かれた後に、くるりと向きを180度変えた。

 何もない空中から再発射されたように、光条は俺に向かって突き進んでくる。


 ただの光条ではなく誘導ホーミングレーザーなのか!?


「鳥を五羽召喚!  三羽でシールド!」


 光条のうち一本は形成した盾に当たると、そのまま光の粒子になって飛び散って消えた。

 盾の方も光条を相殺したことで力を使い果たしたのか、跡形もなく消滅している。


 遺跡ボスのSFロボの機関砲の連射をあれだけ防ぎぎった盾が、二本に分かれた光条の片方を防いだだけでこれである。


 光条の直撃を盾なしで受けたら軽傷では済まず、ひとたまりもないだろう。


 これから先は一発だって当たってやるわけにはいかない。


 一本は盾で防いだが、もう一本はまだ健在だ。


 残りの鳥は二羽。


 盾を形成するのは鳥が三羽必要なので、追加の盾を出すことは出来ない。

 そして、残り二羽では魔女の呪いに変えることも出来ない。


 それぞれの能力は強力だが、そのエネルギー源である鳥を五羽ずつしか出せ

ないというのは、実にゲーム的なバランス調整である。

 

 スロットルレバーはもう最大に上げている。

 高負荷をかけ続けているせいなのか、エンジンからはブスブスと黒い煙が上がっている。素人目に見てもあまり良いコンディションには見えない。


 エンジンは試作型ということなので、あまり過激な運転をしてはいけないのだろう。


 俺が箒を浮遊させている結果として発生している虹色の光の方は健在だが、エンジンがこの状態では、これ以上加速する方法はない。


 ならば!


 急速下降! その上でバック! 更に箒を180度反転!

 サッカーのドリブルで相手選手を抜くような、フェイントを入り混ぜたジグザグの機動を行うが、光条はその複雑な機動を正確に追尾してきて振り切ることが出来ない。


「くそ、どうすればいい」


 後方から追ってくる光条の方ばかりに注意が向いていたが、ふと殺気を感じて視線を進行方向に戻すと、いつの間にか眼前に巨人の巨体が有った。


「しまった!」


 光条の動きに注意を払いすぎて、巨人本体の動きにまで気が回らず、回り込まれていることに気付けなかった。

 このままでは巨人と光条との挟み撃ちに遭う。


 スロットルレバーを一気に下げると、エンジン出力が低下してプロペラの速度が一気に下がった。

 エンジンストールにより、急な減速が発生して、ガクンと強い衝撃が箒と俺に走った。


 だが、速度の減速にはそれだけでは足りない。何かブレーキになるものが必要だ。


 航空服のフードの紐を解くと今まで頭が入っていた部分に空気が溜まり、若干だがエアブレーキとして機能した。

 フードは風圧に耐えきれず、そのまま千切れて後方に飛んでいったが、減速させるという目的には成功した。


 まだ足りない!


 機首を無理矢理上方向に向けて機体の下部全てでエアブレーキをかける。


 急に発生した減速による慣性と空気抵抗で、機体は後方に回転して吹き飛んだ。

 そのまま木の葉のように回転して不規則な動きで地面へと落下していく。


 戦時中に零戦乗りが使ったとか言う木の葉落としとかいう荒技。

 3Dシューティングゲームでやっただけの動きをぶっつけ本番で試したがなんとかなった。


 巨人の頭に付いている何十本の触腕が俺がさっきまでいた場所をなぎ払ったが、その位置に俺はもういない。


 平衡感覚が狂ってどちらの方向を向いているか一瞬分からなくなるが、今は真下に落ちている、90度曲げればとりあえず地面と並行にはなるはず!

 

 雑な結論を出した後に、機体の向きを進行方向から90度無理矢理曲げた。


 そこからスロットルレバーを再度最大まで上げて、エンジンを吹かすと再加速が始まった。

 高速回転するプロペラから虹色の光が放たれて、巨人と熱線を突き放す。


 直進運動になって機体のブレが安定すると、ようやく上下の平衡感覚が戻ってきたので、機体をやや上方に移動させる。


 軌道こそ航空力学を無視できるが、慣性の法則はそうはいかない。


 急停止からの急加速、更に急な軸移動と一連の無茶な動きに強烈なGがかかり、シートベルトと箒のフレームが加速と慣性の動きに耐えられないのか何かやる度にギシギシと唸りを上げていた。


 慣性に耐えられないのは機体だけではない。


 俺の身体の方も、それなりのダメージを受けていたのだろう。

 いつの間にか鼻血が出て口にまで流れ込んできていたので、唾と一緒に吐き捨てた。


 ゴーグルのガラスにも亀裂が入っていることにに気付いたので、そのまま脱ぎ捨てる。

 ゴーグルは機体の速度について来れず、はるか後方に飛んで消えていった。


 頭のフードがなくなったことで、肩まで伸びた髪が風圧でバサバサと暴れる。


 最大のピンチは切り抜けた。

 だが、背後からは巨人と光条が迫っている以上はまだ全てのピンチが解決したわけではない。


 ……しかしなんで俺はファンタジー世界で空中戦をやらされているんだ?

 世界観が迷子にも程があるだろう。


 鳥を五羽召喚。更に鳥を三羽解放リリース


 箒の「機首」の先に黒い球体が発生した。

 俺が通過した場所の下にある木々が次々と霧状になって消えていく。


(陸軍の兵士はここにいてくれるな)


 心の中で思う。

 こちらも高速で飛行しているので、さすがに眼下の木々の中に誰かいたとしても、確認する術も余裕もない。


 俺の軌道上にある木々が消えていくのを見て、巨人が歩みを止めた。

 やはり、昨日に俺が放った熱線の威力を理解しているから警戒をしたか。

 熱線は発射せず、黒い球体を機首に携えたまま速度を上げる。


 眼下の光景を見ると、ジャングルが途切れて、木が生えていない山岳地帯に突入していた。罠が仕掛けられたポイントまではあと五分と言ったところか。


 後方を振り返ると、巨人が追加で星の光条を発射していた。


 光条は今度は最初から二股に分かれた。

 ずっと俺を追跡してきていた一本と合わさり、三本の光条がカクカクと無駄に回折を繰り返しながら俺に向かって近付いてきている。


 箒の移動速度よりも光条の方がはるかに速い。


 まだ距離のアドバンテージはあるが、すぐに追いつかれるだろう。


 やるしかない。


 一度高度を上げて真上に上昇する。


 空を飛べない巨人は追いついてくることが出来ないが、三本の光条だけはしっかりと追尾してくる。


 箒を空中でターンさせて機首を真下から追いかけてくる三本の光条に向けた。

 カクカクと無駄に曲がる光条が、ちょうど三本が重なっているのを確認して、魔女の呪いを放つ。


 一瞬だけは、熱線同士の押し合いになったが、出力はこちらの方が勝っていたようだ。


 追尾してきていた三本の光条は跡形も残さず消滅した。

 それでもなお熱線の放出時間に余裕はあったので、地上にいる巨人の脳天めがけて撃ち込む。


 そのまま巨人が倒れてくれたならば理想なのだが、さすがに巨人の巨体に対して攻撃範囲が狭すぎる。頭から生えた触手を数本なぎ払っただけで熱線の照射は終わってしまった。


 だが、これがラストミッション!

 追撃が来ないうちに速やかに待避する。


 俺は左右の岩山が切り立って出来たようなV字谷に突入していた。

 背後からは巨人が追いかけてきている。


 爆弾が仕掛けられた作戦地点まではあと少しだ。

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