Chapter 17 「俺達の戦いはこれからだ」
「とりあえずこの外の状況を確認してみようと思う」
「そうは言っても、その扉に近付くのは危険ですよね」
「そこで、この鳥を使う」
箒で帽子と肩の上に乗っている四羽の鳥を指す。
「頭……脳への負担が大きいから、今は半自動にしているけど、本来この鳥は視覚を共有した上で全自動で動かせるんだ。だからこの鳥に偵察させれば、扉に近寄ることなく、外の様子を確認できる」
初めてこの群鳥のスキルを使用した際には疲労が大きすぎてまともに動かすことは出来なかった。
だが、それなりに鳥の扱いに慣れてきた今ならば、もう少しまともには動かせるはずだ――多分。
「コントロールが難しいからまず数を絞る……三羽を
それから……どうやって手動に切り替えればいいんだろうと思案する。
頭の中でああでもない、こうでもないと色々と命令を与えてみるが、鳥は命令の意味が分からないとばかりに首を傾げてこちらを見るだけで、最初に光る球を出した時の状態に切り替わってくれない。
《使い魔》
そうそれ、使い魔に切り替え。
脳内に僕の視点とは別の映像が浮かんだ。
これで鳥と視点を共有出来るはずだ。
それはそうと、ナチュラルに精神の乗っ取りするのは止めてください
頭の中で魔女に対して呼びかけた。
《乗っ取りじゃない。君は僕、僕は君。元は同じ人間なんだから乗っ取りも何もない》
期待していたわけではないが、あっさりと返答が返ってきた。まさかの展開である。
せっかくなので今まで言えなかったこと、言いたかったことなどを語りたいが、まずはこれだ。
(その勿体ぶった話し方をやめてもらっていいですか?)
《ふえっ?》
回りくどいし抽象的で分かりにくく意図が伝わりにくいと良いところがない。
出来れば普通に喋ってもらいたいと脳内で魔女にダメ出しをする。
もしかしたら魔女という職業はこういう意味ありげな喋り方をしないといけない掟があるのかもしれないし、ラヴィは見た目通りの中二で今のスタイルがカッコ良いと思っているのかもしれない。
(会話し辛いので、出来ればもう少し普通に喋ってもらいたい。わかりましたか?)
《えっ? あっ、はい?》
(シンプルに)
《はい……要するに僕は君が持ってる魔女の力そのもので、別人格みたいなものです。なので、何かに憑依されたとか、身体に眠っていた別人とかそういうのじゃないです》
俺が具体的に要求を出すと魔女は要点を簡潔に答えてくれた。
やれば出来るじゃないか。えらいえらい。あとでお菓子をあげよう。クッキーだけど。
まあ、他人から無理矢理洗脳に近いことをされているのではないのならば、たいして大きな問題ではないだろう。
ちょっと言動がキモ可愛くくなるという欠点はあるが、まあそれはそれで。
《それでいいの? 僕は魔女だよ。この世に呪いを振りまく忌み嫌われた存在だよ》
(でも、俺に取っては何度も助けてくれた命の恩人だろう。感謝こそあれ恨むなんてとてもとても)
俺は正直な気持ちを答える。
別に聖人でも善人でもないが、助けてくれた相手を邪険に扱うほど性格は腐っていないと自覚はしている。
だから、たとえ他の奴が魔女の敵に回ったとしても、俺は最後まで味方でありたいと思う。
《……》
(世界は広いんだ。自分の周りだけが全部敵みたいな状況になっても、広い視点で仲間を探せば、少しくらいは味方になってくれる奴は必ずいるもんだ。それが俺が今まで二十三年間生きてきて得られた教訓だよ)
魔女からの返答はなかった。
俺が好き勝手に色々言ったせいで怒らせてしまったのか、それとも呆れられたのかまでは分からないが、それでも直接話したことで、何か得られたものは有ったと思う。
またそのうち話し合う機会はあるだろう。
それはそれとして、遺跡の外の様子を確認しようか。
鳥を扉の外へと飛行させて、すぐのところで、一度ぐるりと旋回させる。
やはり周囲にハセベさん、ウィリーさん、ガーネットちゃんの姿はない。どこかに転移されたのは間違いないだろう。
前方には巨大なシダ植物が立ち並ぶジャングル。
後方は俺達が今居る遺跡――それは、漆喰のようなもので建物の外側を美しく塗られた白亜の聖堂だった。
俺達が今いるホールのような場所は礼拝堂的な場所なのだろうか。
壁には採光のための窓がいくつか取り付けられているようだが、いくら何でもサイズが小さすぎる。
このサッカーボールほどの大きさの光の鳥くらいならば通過できるだろうが、壁をよじ登って窓にたどり着いたとしても人間が出るのは難しいだろう。
低い位置では分からないことが多いので高度を上げる。
聖堂の高さは20m程だろうか。屋根部分はしっかりとした構造であり、簡単には壊せそうになく、出入り出来そうな穴も開いていない。
聖堂はそのまま遺跡の回廊に繋がっており、それは山頂付近まで伸びていた。上の方は霞んでよく見ることが出来ない。
聖堂の反対側には広大な森が広がっていた。
あまりの広さに、どこまで歩いたらこの森を抜けられるのか見当が付かない。少なくとも丸一日は歩き詰めになるだろう。
そう思いながら森を見ていると、視界の隅に煙のようなものが上がっているのが見えた。
(なんだあれは?)
煙が上がっている方に視線を凝らすと、ジャングルの木々の中から、明らかに長い棒が一本突き出ているのが見えた。
煙はその棒の先端から立ち上っていた。
煙突なのだろうか? 距離があるのでハッキリとは目視出来ないが少なくとも人工物なことは確かだ。
木が茂っていて煙突の周辺の様子が分からないので更に高度を上げると、その煙突の周辺には数軒の建物が建っているのが確認できた。
建物の周囲には人影のようなものもうっすらと見える。
もう少し詳しい映像が分かれば良いが……距離を詰めるか?
と欲を出したところで、突然に使い魔が解除された。
前回と同じく、全力疾走でもしたかのように心臓が激しく鼓動して息が荒くなる。頭痛や吐き気の症状も出て来ている。
使い魔を操ったことによる身体への負荷が大きすぎて、使い魔を維持できなくなったのだろう。
だが、十分成果は有った。
◆ ◆ ◆
「街らしきものを見つけた」
俺は使い魔で観た映像について、モリ君とエリちゃんの二人に伝えた。
「詳細は分からないが、人影が歩いているのは確認できた。もしかしたら、他のチームの人達もそこに居るかもしれないので、どこに出るか分からない扉に入るよりは前向きな選択だと思う」
二人は「街」という単語を聞いてしばし思案をしていた。
「俺も街に行くのことについては賛成です。それに、もしも街が空振りだったとしても、ここに戻ってくればまた扉の転移はチャレンジ出来るはずなので」
なるほど、その発想はなかった。
住民が言葉が一切通じない上に俺達に対して敵対的な可能性も十分にある。
その時はこの転移能力が逃走の手助けになってくれるかもしれない。
「私も以下同文」
エリちゃんは考えているのかいないのか、分からないが、シンプルすぎる回答だった。
「なら街に向かうということで良いかな」
「それは良いんですけど、どうやってこの遺跡から出るんですか? あの出口に入るとどこかに転送されるんですよね」
「それについては俺に考えがある。さっき鳥を飛ばして気付いたんだけど、この遺跡の壁って意外と薄いんだよ」
モリ君とエリちゃんには決して俺には近づくな、部屋の隅にいろと警告をした。
このホールの大きさならば、一番端まで行ってもらって距離を開ければおそらく影響はないだろう。
大きく深呼吸した後に群鳥を五羽呼び出す。
四羽を
四羽の鳥が霧状になって消えた。
鳥が一羽余ったが……まあそこらで待機させておくか。
命令を与えず放置していると、鳥は俺の肩の上に留り、羽を畳んで鎮座した。
目を閉じてうつらうつらしている。
しかし、生身の鳥でもなければペットでもない、ただの攻撃用のスキルに何故ここまで本物の鳥のような動きを再現する機能が搭載されているのだろう? そこが分からない。
まあいい。今はスキルの発動を継続だ。
箒の先を若干上向けにする。念のために角度を付けて街に影響が出ないようという配慮だ。
ターゲットは扉が有った場所のすぐ近くの壁。
箒の先に黒い球体が出現する。
黒い球体に「収穫」で集めるのは、この扉の穴の向こうにあるジャングルの動植物。
扉の先に見えた何本かの巨大なシダの木が黒い霧になって消えた。
霧は黒い球体目掛けてどんどん集まってきてくる。
四羽使えば三羽よりも若干広い約30mほどが収穫の範囲になるのか。
生命エネルギーがチャージされたことで、黒い球体は熱線へを姿を変えようとしていた。
魔女の呪いの性質は基本的に極光と同じ。
極光は十秒程度照射され、その最中は方向をある程度変えることが出来る。
つまり
「魔女の呪い改め、遺跡の壁も溶断できるレーザートーチで新しい出入り口を作ります。はい発射」
箒の先から岩をも溶かす火力を持った熱線を使用して、壁面に人一人が通れるサイズの穴を開けていく。固い鉄板を熱で切断するレーザートーチを思い起こさせる。
複雑な形を作れと言われると十秒は短すぎるが、単純な穴を開けるだけなら簡単だ。
一瞬の照射でも十分に壁を貫通するのだから、発射口を適当に回転させれば良い。
「多分これが一番早いと思います」
魔女の呪いにネガティブなイメージを持つのはもうやめた。
ナイフで殺傷事件が起こってもナイフが悪いわけではないのと同じ。
使う人間次第で良くも悪くもなるはずだ。
魔女は呪いを振りまくだの、排斥されるだの、そんな誰が決めたか分からないイメージに縛られるんじゃなくて、もっと気楽に。自由に生きていいはずだ。
熱線の軌跡が円を描いて繋がると、その部分がゴロンと遺跡の外側に転がり落ちた。
後には人一人くらいならば十分通り抜けられる穴が空いている。
「しかし、よくこんなこと考えましたね」
「魔女の呪いが壁を貫通したのは見ていたから、もしかしたら出来るかなとは思っていたけど、まさかここまで上手く出来るとは」
「出来なかったらどうするつもりだったんですか?」
「その場合はエリちゃんに頑張って蹴って壁を壊してもらう予定だった」
「だから私はそんなキャラじゃないんですって」
三人で顔を見合わせた後に、「まずは俺が行く」と穴を通り抜けて遺跡の外に出た。
続いて二人が続く。
三人が通過したはずだが、転移は始まらない。
一分経っても、五分経っても何も起こる気配はない。
三人でハイタッチをした後に肩を組み合った。
「一応ゴールだけど感想は?」
「まあ外って感じですね」
「同じく」
本当に長い一日だった。
モリ君とエリちゃんにとっては四日間。
長いのか短いのか分からないが、終わってしまえば良い思い出だったと思う。
だが、そこまでの感動はない。
ハセベさん達の行方は分からないし、俺達が今どこにいるのか? 何をするべきなのかなど、分からないことの方がはるかに多い。
まだ何も終わってはいないのだ。
「それでは準備はOK?」
「とっくに済んでます。早く行きましょう」
「忘れ物とかないですよね」
「昨日もやったよな、このやりとり」
そう、本来の目的である「日本に戻る」という俺達の長い旅はまだ終わってはいない。
この先の街で何が起こるのかは全く分からないが、俺達三人……いや、魔女を入れた四人ならなんとかやっていけるだろう。
まずは街を目指して歩いていこう。
「俺たちの本当の戦いはこれからだ!」
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