Chapter 15 「盾」

 低予算モンスターを倒してからは拍子抜けするかのように何にも遭遇することもなかった。

 戦闘が行われた形跡どころか、人が立ち入った形跡すらない。


「誰もいませんね」

「他のチームすら誰も通っていないのは、流石におかしくない?」


 それもそうだ。

 この遺跡の中には五十人ほどの人間が歩き回っていないとおかしいはずだが、今のところはハセベさん達のチーム、襲撃者達、俺達の九名しか確認できていない。


 襲撃者の会話内容からして、他に最低一チームは倒されている可能性はあるが、それでも十二名。

 四十人近くは行方不明である。


「まだ知らないルートがあるのか、それとも最初の部屋から転送された時にこの遺跡とは全く違う場所に飛ばされてしまって最初から会えないようになっているのか」


 考えてもそれを調べる方法はない。

 今は兎に角「ゴール」を目指すしかない。


   ◆ ◆ ◆


 半日ほど遺跡を歩いただろうか。


 そろそろ休憩、もしくは野営という選択肢が頭をよぎった時に、通路のはるか先の方から何やら高速で何かを叩くような音と人の叫び声のようなものが聞こえてきた。


 声の方は距離があるのと反響しているので、何を言っているのかはまるで分からない。

 ただ音の方には心当たりがある。

 映画などで聞いたことがある機関砲の連射音だ。


「なんで機関砲?ここってファンタジー世界ですよね」

「分からないが、誰かが戦闘しているのかもしれない。行ってみよう」


 遺跡の細い通路を進むにつれて音は段々と大きくなっていった。


 巨大なホールのような場所に着いた俺達の目に入ってきたのは、まるでSF映画に登場するような二足歩行しながら機関砲を乱射するロボットと、これまた西部劇から飛び出してきたようなカウボーイとの戦いの光景だった。


 戦車の側面に工事用重機のアーム部分を足として無理矢理取り付けたような構造のそのロボは、移動する度にモーターの駆動が駆動するような音を立て、油圧シリンダーを上下させながらガシャンガシャンと移動している。


 幸いにも歩行速度については大したことはなさそうだが、問題は胴体の中心に取り付けられた巨大な機関砲だ。


 機関砲からはどこにそれほどの弾丸が装填されているのか不明なくらい弾丸を無差別にバラまいている。


 対峙するのはテンガロンハットにベスト、背中にはライフル銃を背負い、両手に持った二丁拳銃を連射するカウボーイ姿の金髪の体格の良い男。


 カウボーイはその巨体にそぐわず機敏な動きでロボットの周囲を駆け回り、ある時は建物の柱や瓦礫などを利用して、ある時は体操選手と思うくらい柔軟な動きで機関砲から身を守っているようだった。


「世界観どうなってんだよ!」


 何がなんだかわからない。

 この世界はファンタジー世界ではなかったのか?


 先程の低予算はまだギリギリファンタジーの代物だったが、このカウボーイとSFロボとの戦いはもはやファンタジーではない。

 最終ファンタジーだ。

 ジャンルが迷子だ。


「ロボットは強力な重火器で武装しているようだ。なので、ここはまずラヴィさんに遠距離から攻撃して隙を作ってもらいたい」

「分かりました。俺がまず大技を当てるので、その隙にみんなは『収穫』に巻き込まれないように距離を取って!」


 一瞬呆気に取られていたが、すぐに冷静さは取り戻せた。

 まずは俺が最大火力で攻撃。

 討ち漏らした分を近接攻撃担当の三人が連携攻撃。


 作戦は決まった。後は決行だけだ。


 ハセベさん、モリ君、エリちゃんが頷き、それぞれ飛び出していく。


 三人が散開して距離を取ったことを確認したので俺は箒を構える。


 乱戦になったら味方を巻き込む可能性が出てくる以上は、初っ端から仕掛けるしかない。


 今朝の戦闘で浮かび上がった光る紋様は消えずに、まだ全身に残ったままなことは気になるが、今はそこらを気にしていられる状況ではないので仕方ない。


 群鳥五羽を召喚。そして二羽を解放リリース


 光り輝く鳥の二羽が霧と化して宙に消える。

 残り三羽は頭上に移動させて旋回で待機させておく。


「いっけええええ!」


 箒から放たれた虹色の光はロボの表面に当たったが、表面を少し燻らせただけで消えた。



「あ、あれ? 黒い球体は? チャージは? 収穫は?」


 箒から発射されたのは単なる3番目のスキル「極光」である。


 魔女の呪いの発動させると出現する黒い球体は現れず、「収穫」も始まっていない。


 二羽消費だけだと発動にエネルギーが足りないのだろうか?


 それともこの魔女の呪いもチャージタイムが必要で、チャージ中を示すサインがこの身体の紋様なのか?


 理由は分からない。

 ただ、魔女の呪いの発動を完全に失敗したことだけは分かる。


 そして、失敗の原因を検証する時間などない。


 今までカウボーイの動きを追っていたロボは足をバタバタと動かし、俺が立っている方を向いた。

 ロボの胴体に取り付けられた機関砲も当然こちらを向いている。


 まずい、あれを発射されたらこっちは逃げ道がない。


 三人はロボに近接戦を仕掛けるために俺とはかなりの距離があるので、フォローに入って貰える状況ではない。


 カウボーイともかなり距離が離れているし、そもそも面識もないので助けに入って貰うのは無理だろう。


 今の俺を助けられる者は誰もいない。


 ラヴィの足で逃げられるか?


 いや無理だ。ラヴィの脚力などたいしたことない。

 逃げるために走り出したところで機関砲の的にしかならない。


 このままだとあの弾丸の雨を食らって――死ぬ。


 何か、何か手を考えろ――


 極光は使ったばかりで再始動には三分の待機が必要。

 クッキーはこの場合役に立たない。

 鳥も出したばかりであと十数秒は待機が必要……。


 頭上を改めて見上げる。

 そこには旋回させて待機させている鳥が三羽。今の俺に使えるカードはこれだけだ。


 三羽の鳥を俺とロボとの直線上の位置に移動させる。

 鳥を壁代わりにしたところで、どれほど機関砲による攻撃を防げるかは分からない。それでもないよりはマシのはずだ。


 少しでも弾丸の直撃を防いでくれたら、即死は免れるかもしれない。

 三羽を盾に――


 《まだ力の使い方が分からないの?》

 《シールド


 誰かの声が聞こえた。だが、その声の主は分からない。


 ロボに装備された機関砲からタンタンタンと妙に軽い音と共に弾丸が発射された。

 無駄な抵抗と分かってはいたが、思わず両手で頭を覆ってうずくまる。


――いつまで経っても銃弾は来なかった。


 ロボに装備されている機関砲から発射された弾丸は、三羽の鳥の間に作られた正三角形の青白く光る壁に阻まれ、俺にまで届いていなかった。


 弾丸は光の壁の手前で全て斜め方向に弾道を逸らされていた。

 まるで見えない何かに当たって弾かれているようだ。


(自分で出しておいて何だが、こんなことまで出来るのかよこの鳥は……超越者はマジで事前に説明しろ!)


 だが、その光の壁は攻撃を受ける度に青く輝く粒子を散らしながら、どんどんと薄くなっている。

 今のペースで攻撃を受け続けると、すぐに破られるだろう。


 《僕》は箒に跨がる。

 この際、食い込んで痛いなどと言ってはいられない。


 幸いにもこのホールのような場所は意外と天井が高いので、箒で飛び回って逃げるのにはちょうど良い。


 僕が全力で飛翔したのと、バリアが消えたのはほぼ同時だった。


 離脱すると同時に今までいた場所に機関砲の弾丸が着弾した。煙をもうもうと上げながら石畳を削っていく。


 僕への追撃は……ない。


 箒を宙返りさせて真下にいるロボットを見下ろすと、機関砲は胴体に据え付けのために斜角を変更できないということに気付いた。


 ロボットは僕を攻撃したいのだろうが、空中にいる僕に攻撃を当てる術はない。

 これは欠陥品。まともに正面から相手をする方が無駄というもの。


「隙だらけだ!」


 注意が僕に向いている間に、ロボとの距離を詰めたハセベさんが刀に青白い光を纏わせ、右足のシリンダーに対して激しく切りつけた。


 刃がミシミシと音を立てながらインナーシリンダーに食い込んでいる。

 一刀両断とは行かなかったが、インナーシリンダーにあれだけ大きな傷が入れば、サスペンションはまともに動かなくなる。

 ロボのバランサー機能に大きな影響があるはずだ。


「まずは足を潰すぞ!」

「分かりました」


 ハセベさんに続いてモリ君が青白く光る斧を右肩に構えて跳躍し、ロボの右足の付け根部分に力任せに振り下ろした。


 攻撃は金属の装甲に阻まれて傷が入っているようには見えないが、衝撃は伝わったのか何かが軋んだ音がした。


 ここでようやくロボのターゲットが僕からハセベさん達に向いた。


 ロボはハセベさん達が攻撃を仕掛けている右後ろへと振り向こうとその巨体を動かす。


 だが、その速度は非常に緩慢だ。明らかに動きが先程よりも遅い。


 ハセベさんが攻撃した右足のシリンダーからはオイルが流れ出しており、ただ旋回運動をしているだけにも拘らずギシギシと金属同士が擦れ合う酷い音が鳴っている。

 右足がダメージにより正常に駆動していないようだ。


 緩慢な動きのロボがようやく振り返った時には既に二人とも別の場所に移動している。まさに無駄足である。


 ターゲットが再び僕へと向く前に距離を取る。


「お嬢ちゃん達は味方ってことでいいのか?」


 カウボーイが滞空している僕に声をかけてきた。


「味方です。細かいことは戦闘が終わったら説明します」


「分かった。そこらの柱の陰にオレの仲間の魔法使いがいるので助けてやってくれ。機関砲を避けきれる足がないので隠れてもらっている」


 カウボーイは二丁拳銃を構えて銃を乱射しながらロボに駆け寄っていく。

 ……いやカウボーイさん、あなたの武器って拳銃だよね。

 なんで銃を構えたまま接近戦かけようとしてるの?


 僕の疑問へと答えるように、ロボの機関砲による攻撃を宙返り、身体反らし、スライディングなど、無駄だらけの無駄な動きで巧みに回避していく。


 ああ、拳銃で近接戦闘かけるタイプのキャラね。

 それでカウボーイの仲間とやらはどこにいる?

 少し浮上してホールを上から俯瞰で見下ろして探す。


 ロボと反対側の柱の陰に白いローブのような服を着た少女がいるのを見つけた。あれか。

 ロボの動きには警戒しつつ少女の近くに移動する。


「大丈夫?怪我とかない?」

「あたしは大丈夫ですけど……魔法少女の方ですか?」

「魔女です」


 さすがに魔法少女というのは何かが違う。

 僕はあくまでも魔女――


 うん?


 軽く頭を叩く。


 先程バリアを展開した時から何か思考が少しおかしい。


「俺」は一体何をしていた?


 新しい能力を発動させる度に魔女ラヴィからの精神への干渉が酷くなっている気がする。


 今のところは俺の意思とそう変わらない行動を取ってくれており、仲間に対しても友好的でもあるので良いが、この問題は近いうちに何とかする必要があるだろう。


「もうちょっと隠れてもらっていて良いか? あとは仲間がやってくれるはずだ」


 助けてやってくれと言われたので来てみたが、すぐに治療などを必要とする緊急性はないようだ。

 ここはじっと隠れて貰っている方が安全だろう。


 俺は箒を再び浮上させてロボの近くに戻る。


   ◆ ◆ ◆


「逆の足も潰しておく?」


 エリちゃんは疾走した勢いを利用して左肘をロボの左足装甲に打ち付ける。

 更にそこから肘を伸ばして手の甲を打ち付ける裏拳。

 そこから伸ばした左手に擦るように右手をスライドさせての正拳打ち。

 流れるような隙のない連続攻撃が決まった。

 それにより、、ロボの左足装甲は大きく凹んでいる。

 先程モリ君とハセベさんが繰り出した連携攻撃よりもダメージは大きいだろう。


 もちろん攻撃はまだ終わっていない。

 先程の通常攻撃はスキルを使用しての本番の攻撃への繋ぎでしかない。


 エリちゃんの右拳に青い光が灯った。

 その光は低く唸るような音と共にどんどん輝きを増している。

 攻撃用スキル二種の重ねがけによる威力の強化――


「これが私の――すごいパーンチ!」


 名前のセンスは最悪だったが、威力は圧倒的だった。

 技自体はあくまでただのストレートパンチである。

 体重を乗せて渾身の力で打つだけの、何の変哲もないただのストレートパンチ。


 ただ、スキルの効果が二重で掛かったことから、そんな平凡なストレートパンチは脅威の必殺技と化していた。


 直撃を受けたうロボの左膝から下は、まるで砂で作った城が崩れるように金属の破片を撒き散らしながら崩壊した。


 右足の方も、先程からかなりの攻撃を受けていたところに、左足が失われて全体重がかかったのがマズかったのだろう。

 右膝より下も左足と同じように音を立てて崩れていく。


 両足を失ったことで、ついにロボの胴体はそのまま倒れこんで横向きに倒れ込んだ。


 だが、それでもロボは完全に機能停止をしたわけではないようだ。

 残された両足の付け根部分をバタバタをさせてなんとか立ち上がろうとしている。


 否、立ち上がるのではなく、反撃を行うために機関砲の砲塔の向きを変えようとしているのかと気付く。


「させるか!」


 群鳥の再発動は既に可能になっている。


 三羽の鳥をエリちゃんをカバー出来るように等間隔に配置し、先程覚えたばかりの盾を形成させた。

 盾は正常に発動し、ロボが発射した機関砲の弾丸からエリちゃんを守り抜く。


 その隙にまたもロボの死角に回り込んだハセベさんとモリ君が背後から攻撃を仕掛ける。


 あとは、一方向しか攻撃出来ないロボの背後に回り込んで打撃を与えるだけ。

 たまに攻撃が来ても俺の盾で仲間を守るだけの戦闘……いや、もはやただの作業でしかなかった。


 ロボは攻撃を受ける度に動きを鈍らせていき、3回目のエリちゃんの「すごいパンチ」の直撃により、完全に機能を停止して銀色のメダルを落とした。


 俺達の勝利だ。


 箒の浮遊を解除して地面に着陸する。


「全員無事ですか?」

「私は大丈夫です。擦り傷くらい」

「俺も大きな怪我はなしです。他に怪我している人がいたら言ってください。ヒールをかけるので」


 エリちゃんとモリ君も特にダメージはないようだった。


 傷も自己申告の通り、飛び石や軽い打撲だけのようなのですぐにモリ君の治癒能力で回復できるだろう。


 一応はこれで一段落になるのか。


 ロボが落とした銀色のメダルを摘まみあげる。


「ボスらしき存在を倒したのに銀か。金が出てくれると思ったけど、思っている以上に渋いぞ」


 戦闘が終了したのを確認したからか、カウボーイと魔法使いの少女もこちらに駆け寄ってきた。


 まずは自己紹介と情報交換が必要だな。それにあたって必要なものと言えば……まああれしかないだろう。


「まあまあクッキーどうぞ」

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