Chapter 13 「ゲーミング魔女」
モリ君がエリちゃんに
その光景を見て昨日の同じ状況がフラッシュバックした。
おそらく今のままだと昨日とオウカの遺体に回復能力かけていたのと同じく、何の成果も得られず終わってしまうだろう。
回復能力による傷の回復はスキルを発動させた直後から始まり、数秒で完了して、それほど長時間発動するということはないはずだ。
なのに、まだ回復しないということは、エリちゃんの受けた傷は重すぎてモリ君の回復能力だけでは助けられないのだ。
エリちゃんを助けられる可能性があるとしたら、それはモリ君のスキルではない。
そこの眼鏡が持っているであろう情報だ。
倒れたままの眼鏡の魔術師に近寄る。
「狸寝入りはもういいだろう。とっくに目覚めて様子を窺っているんだろう」
俺の声に反応して、眼鏡の男がゆっくりと体を起こすと同時に両手を頭の上に上げた。
降参のつもりだろうか。
「僕は楽して生きたいだけなんだよ。勝ち目のない戦闘なんて余計なカロリーを消費する行為をするつもりはない。それで何を聞きたいんだ?」
「話が早くて助かる。このメダルの使い道だ」
ワイバーンとオウカから集めた五枚の銅色のメダルを取り出す。
「これを集めたら何が出来る?」
「スマホゲーに強化アイテムってあるだろ。あれだよ」
時間稼ぎなど無用とばかりに箒を突きつける。
もちろん簡潔に説明しろと促すのと脅しの意味を込めてだ。
「わかりやすく説明しろ」
「メダリオンは一定数集めるとアイテムの購入やキャラクターの強化に使うことが出来る。ランクアップシステムだ」
「ランクというのは俺達のレアリティの話でいいんだな?」
眼鏡男は肯定した。
「その認識で間違いない。RはR+に、SRはSR+に、SSRはSSR+になる。全ての能力が上昇してステータスが全回復する」
「全回復かは間違いなく役にたつな。それでアイテムとやらはどこで購入出来る?」
「システム解析をしたところ、ショップと呼ばれる物は存在がしているはずだが、ショップとは何なのか、どこにあるのかなどの解析はまだ済んでいない」
「ランクアップに必要なメダルの数は?」
「自分と同じレアリティのメダルが5枚、自分と1つ上のレアリティのメダルが1枚」
「それだけ分かれば十分だ」
熱線に塵一つ残さず焼かれて消滅した鎧男が立っていた場所へと駆け出した。
その位置に出現していた銀色のメダルを拾い上げてモリ君とエリちゃんのところに走る。
「今はこのランクアップシステムとやらに賭けるしかない」
「これで結依を助けられるんですか?」
「わからない。でも、モリ君のヒールで回復仕切れない以上はこれに賭けるしかない」
銀のメダル1つ、銅のメダル4つをエリちゃんの腹の上に置く。
そして、最後の一枚は――
オウカちゃんの遺体から回収したメダルだ。
オウカちゃんの遺体は霧に溶けて消えてしまった。
代わりに出てきたメダルは形見のようなものだ。
これを本当に使ってしまって良いのだろうか……
逡巡していると、いつの間にか近付いてきたハセベさんが俺の手から銅メダルを奪ってエリちゃんの腹の上に置いた。
「オウカ君も分かってくれるはずだ」
ハセベさんの言葉で少し落ち着いた。
それでこれからどうするんだ?
何をどうすればランクアップなんだ?
「メニューが表示されるはずなので、あとはそこでYESを選択する。まあその意識のない女には無理だろうがな」
眼鏡魔法使いが立ち上がりながらこちらに悪態をついた。
「もうすぐ死ぬ女に無駄遣いするより、ガチャでアイテムを出した方が前向きだろう。諦めろよそんな女。どうせ低レアだろ」
鳥達を喚び出して、そのうち一羽を雑に眼鏡男の頭にぶつけると静かになった。
お前はそこで少し静かにしていろ。
「結依! 聞こえるか? 生きてくれ!YESを選んでくれ」
モリ君がエリちゃんを抱きしめる。エリちゃんからの声はない。
「頼む、生きてくれ……俺を一人にしないでくれ」
その時、エリちゃんの全身から光が吹き出して包まれた。
ワイバーンは死ぬときに光を吹き出してメダルを落としたが、この光はどちらだ……
光が収まる。メダルは……出ていない。
「あ、あの私……助かったんですか?」
エリちゃんが間の抜けた声を出した。
腹を見ると傷は消えていた。
その代わりなのか、腹の上に置いていたはずのメダルは全て消えてなくなっていた。おそらくランクアップは成功したのだろう。
ランクアップ時のステータスの全回復とやらも本当の情報のようだ。
「ちょ、なんで! 私なんで抱かれてるの? 裕和やめて! 人前だからやめて!」
モリ君に抱きしめられていることに気付いたエリちゃんが顔を真っ赤にして恥ずかしそうな声をあげる。
「助かった……本当に助かった……」
最初は拒否の姿勢を示していたエリちゃんだったが、モリ君のそんな泣きそうな声を聞いて穏やかな顔になっていく。
エリちゃんの手がモリ君の背に伸びて抱き合うような姿勢になった。
俺もエリちゃんが助かったことを一緒に喜びたかったが、今の2人の邪魔をする気にはなれない。
遠巻きに見守るだけで十分だった。
助かってくれたのならそれでいい。
「若者はこれくらいでいいんだ」
ハセベさんがしみじみとした感じで言う。
「それよりも大丈夫なのか、その体は?」
ハセベさんがエリちゃんではなく俺に聞いてきた。
魔女の呪いを使用したことにより、俺の全身に浮かび上がった光る紋様のことだろう。
「……痛みは特にありません」
昨日は分厚いローブを着ていたので気付かなかったが、今は薄手の白のフリルブラウスとハーフパンツだけなので、服から透けて全身に紋様が浮かび上がっているのがよく分かる。
全身から虹色の光を放つ今の俺はどう見てもゲーミング魔女だ。
「昨日と同じならば、紋様や光は五分くらいで消えると思います」
「なら良いのだが」
モリ君とエリちゃんはまだ抱き合っている。
まだしばらくかかりそうなので、その間に寝る前に脱いだまま廃屋に起きっぱなしのローブを取りに行く。
あのゴワゴワとした生地が分厚いローブを着ていれば、少しは紋様も隠れるであろうという算段である。
眼鏡の魔術師は俺達がエリちゃんの回復を祝っている間にいつの間にか消えていた。
まだもう少し問い詰めて情報を吐かせるつもりだったが、逃げたのなら仕方ない。
流石に拷問を仕掛けて無理矢理情報を吐かせるような趣味も、わざわざ追いかける余力もない。
タイツマンもどこかに消えたようだ。
倒した――否、「殺した」場合にはメダルが出現するはずだが、それがないということは、あのタイツマンは死んではいないということだ。
例の姿を消す能力で逃げ出したのか?
それともまだ近くに姿を消して潜んでいるのか?
ここまで思考を巡らした時点で気付いた。
あまりに一気呵成にやってしまったせいで実感が全くないが、俺はあの鎧男を殺してしまった。
道徳心や倫理観によって込み上げるものか……込み上げるものが……ないな。
――人を殺したというのに、何の感情もわいてこなかった。
一瞬で蒸発したことので実感がないのもあるだろう。
言動からゲスな雰囲気を感じていたので自業自得だと考えているのかもしれない。
ただ、それでも人を殺めてしまったのだ。
もう少しは心の動きがあっても良いはずだが、精神は凪いでいる。
俺の精神はどこか壊れてしまったのだろうか。
それとも人間とは別の生き物になってしまったのだろうか。
《それが魔女だよ。呪いを撒く存在なんて誰からも求められない。居場所なんてどこにもない》
◆ ◆ ◆
ランクアップの影響なのか、エリちゃんの姿は微妙に変化していた。
前髪は額の上で編み込みされて花のデザインのヘアピンで留められている。
パーカーとハーフパンツには青いラインが入り、中に着ているシャツも胸元だけを隠してヘソが露出するデザインのものに変わっている。
そして、シャツのデザインが変わって強調されているだけなのか、実際に身体が変わっているのか判断が付かないが、胸が前よりも若干大きくなっている……気がする。
そこのところどうですか、エリちゃんの旦那さんのモリ君としては?
「可愛くなった」
「前は可愛くなかったみたいなのやめてくれない」
エリちゃんが満更でもなさそうに答える。
(うわぁあああ爆発! 爆発! リア充爆発スーパーダイナマイト! 科学剣稲妻重力落とし!)
ふう危なかった。
陰の者の弱点であるリア充が発する光のオーラをもろに食らって死んでしまうところだった。
余裕があるときは親目線として暖かい目で見守ることが出来るが、不意打ちで急に爆弾を投げつけられると精神的に悪いので止めて欲しい。
「スキルの方はどうなっているか分かるかね?」
ハセベさんがエリちゃんに尋ねる。
「威力が上がっているとか、スキルの種類が増えているとか」
「試してみます」
エリちゃんの右手、左手、そして両足が輝く。
エリスのスキルは打撃強化が2つに脚力強化が1つだったはずなので傍目には何が変わったのか分からない。
エリちゃんはスキルを発動して両手両足を輝かせたまま、空手の演武のような華麗な動きを披露する。
「手応えとしては、ちょっとくらいは強くなった気はするんですけど、気のせいと言われたら気のせいかなと。新しいスキルもわかりません」
やはり何の説明もないのかと呆れる。
もし4つ目のスキルが追加されるような大きな変化があっても、特に何の説明もないのなければ、どう使えば良いのか分からない。
それは存在しないのと同じだ。
「エリス、カードの方はどうなっているかな?」
「カード? ああ、そうでした」
モリ君が質問するとエリちゃんがポケットからカードを取り出す。
しばらくカードの文面や裏側を見るなどする。
「何も変わってないかな」
「どれどれ」
全員でカードを見る。
[エリス R]
記載されている内容は何も変わっていない。
カードについては所詮はただの名刺でしかなくて、こちらの状態に合わせて内容が書き換わるような機能などないのだろう。
超越者の手抜き具合には呆れしかない。
「まあ助かっただけで良しとします」
タイツマンと眼鏡の居場所が分からないままであり、再襲撃の恐れがあると考えてそれから泉の広場から移動することにした。
俺達が来た、オウカちゃんがいた広場、ハセベさんが来たムカデの巣に繋がる道。
それ以外の道は泉の広場から2つ伸びている。
情報などないので、どの道どちらかに進まなくてはならないのだ。
あえて情報になるものを考えるならば、例の眼鏡男やタイツマンだ。
「襲撃者は左側の道から来ました。つまりこちらはゴールに繋がる道ではないということです」
根拠としては若干弱い部分もあるが、そうは間違っていないだろう。
さすがに襲撃者連中もゴールの場所が分かっていれば、こんなところで他人を襲ってアイテム集めをする不毛な行為ではなく、脱出を優先したはずだ。
「あと、行動学の見地から人は悩むと無意識に左側を選ぶことが多いようです。なので、ここはその逆で右側に行くのが良いかもしれません」
「なるほど」
俺の説明でハセベさんも納得したようだ。
行動学うんぬんは最初の分岐でも言ったが、
ただ、襲撃者が来た方向と反対側に行けば良いんじゃない? という弱い根拠を補強するには使える理屈だとは思う。
「襲撃者から警戒するためにも私が最後尾に回ろう。危険で悪いが、モーリス君が先頭に立ってほしい」
「わかりました」
「エリス君、ラヴィ君は中衛だ。前後どちらでも何かあれば支援して欲しい。特にラヴィ君は敵が近寄ってくる前に遠隔攻撃で牽制を行って欲しい」
「異論はありません」
エリちゃんは前に出たそうだったが、先程死にかけたこともあるのか、後ろへと下がることに承諾してくれた。
「それでは先に進もう。出来れば今日中にはゴール、もしくは次の休憩場所にたどり着きたい」
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