Chapter 11 「万聖祭の魔女」

 僕こと六平英知むさかえいちは[メルク SR]の名前でこの世界に喚ばれた。


 与えられた能力は解析、空気の圧縮、状態の変化の3つ。


 何かのスマホゲームをモデルにしたであろう、このキャラクターに与えられた役割はおそらくは錬金術師にして他者の補助強化を担当するバッファー。

 僕よりも明らかに知能が低い体力馬鹿に依存しなくては生きていけない。

 バッファーというポジションは正直ハズレだと思った。

 何故僕が他人に媚びへつらわないといけないのか?

 解析をしたら何だというのか。


 だが、能力を使い続けるにつれて分かってきた。


 これはSSRを与えられたあいつら

 ――痴女やら、いい年してロックバンドをやっていそうな男やら、町中で水着を着ている変な女のようなおかしな連中よりもはるかに強力な、完全に「当たり」の能力だ。


 おそらく元のゲームだと、解析の能力は単に敵エネミーの能力を見破ったり弱点を看破して防御力や強化を解除する程度の能力だったのだろう。平凡な能力だ。


 だが、その「解析」の対象がゲーム的な制限から解放されたことで、この世界のあらゆる事象に対して使用できるようになった。


 この世界とキャラクターやクリーチャーと喚ばれるガチャから出てくる存在、隠しステータス、現地生物、撃破時にポップするメダリオンと呼ばれるゲーム内通貨の存在――そしてランクアップシステム。


 僕はその情報を元に、頭と倫理観は足りないが力だけは強いSRの戦士と弓使いを味方に引き込んでこの遺跡に踏み込んだ。


 名前は何だったか?

 職業の方も、もしかしたら騎士だったかもしれないが、余計な情報に脳の容量を割くつもりはない。

 呼び名もただの戦士でいいだろう。


 名前も忘れた弓使いは途中で出会った雑魚にやられてしまい、銀のメダリオン引換券にしかならなかったゴミだったが、戦士の方は実に元気が良い。

 途中で無力化した女を与えてやっただけでこちらの手駒として動いてくれる。


 向こうは僕を三下の子分だと思っているのか、無駄に尊大な態度を取っているが、言葉1つで思うとおりに釣られてくれる程度の知能なので、逆に僕の思う通りにコントロールされているリモコンのオモチャだと気付いていないバカだ。その程度の暴言は許してやろう。


 殺された弓使いに替わって、僕たちと同じようなPKをしていた暗殺者の男を前衛の壁要員で補充した。

 正直何を考えているのか分からないところもあるが、特に敵対する姿勢もないので、手駒としてはなかなか優秀である。


 さて、今の問題は目の前の女魔法使いと侍だ。


 後ろのR二人は無視しても良いだろう。所詮はレアリティや能力も低い雑魚キャラだ。


 女の方は前のように状態の変化で無力化して、戦士の慰み者にしておけばいい。

 手持ちにはSRのメダリオンが3つ。この二人を殺害すれば五つ。SRのランクアップ条件に一歩近づける。SR×5、SSR×1。


 そう考えている間に魔法使いの女はエーテル塊を「三発」放出した。

 鳥の形に成形したエーテル塊を発射して目標にぶつける。

 おそらくそれがあの女の特殊能力。


 能力の一つであろう箒は先程「状態の変化」で無力化した。

 あとはこのエーテル塊を無力化すれば勝ちも同然だ。


 能力を解析すると「四大元素」のどれかに分類される。

「四大元素」とは何なのかは実のところ分からない。


 能力の効果により、そういうものという分析結果が得られるだけだ。


 まあ、別にどうでもいい話だ。


「解析の完了」という結果さえ得られれば、あとは好きなように状態を変化させたり分解を出来るのだ。


 女が出したエーテル塊は土属性と分類された。


 土?


 やはり解析など何のあてにもならない。


 鳥のような形状で風を切ってくるエーテル塊のどこに土要素があるというのだろうか。

 だがどうでもいい。土と分かればそれだけで霧散させることが出来る。


 三発のエーテル塊を霧散消滅させると女の表情が変わった。


 いいぞ、その自信が崩れる表情は。

 幼児体型は気に入らないが、顔はなかなか悪くない。

 殺害前に無理矢理行為へ及んで絶望の表情に変わるのを愉しんでみるのも悪くな――


 突然に膝の裏に激痛が走った。


 意識と関係なく足が前方に跳ね上がり、体が後ろ向きに倒れている。


 何が起こった?足をすくわれた?


 エーテル塊が弾けた残骸の試料が足下に漂っている。


 膝の裏にエーテル塊の直撃を食らってその衝撃で吹き飛ばされたとしか考えられない。


 間髪を入れず右肩に激痛。またエーテル塊の直撃だ。一体どうなっている?

 思考を巡らせる隙もなく、今度はエーテル塊が杖の真上に直撃した。

 激しい振動が杖に伝わってきて持っていることが出来ずに手放してしまう。

 杖は大きな音を立てて床に落下した。


 エーテル塊の三連発!?


 能力の発動には最低30秒のチャージタイムが必要のはずだが、状況から察するに、チャージタイム0で能力を再発動したとしか考えられない。


 だが、幸いにもあの女が使うエーテル塊の攻撃力は低い。

 直撃を食らったにも拘らず激痛程度で済んでいる。骨が折れたり血が噴き出すような動脈への傷は負っていない。

 体勢さえ立て直せば反撃の機会はある。


 そう思った直後に全身が虹色に光るレーザー何かに覆い尽くされた。

 杖――いや箒から放出された光線に僕の全身がチリチリと全身が焼かれている。


 次から次に、手を変え品を変えやってくれる!


 これがあの女の3番目の能力なのか?


 だが、これも威力は相当低い。


 全身を覆い尽くすレーザーという派手さな演出の割には攻撃力は相当弱い。

 レーザーによる熱と圧力で体のあちこちから血が噴き出しはいるが、耐えられないレベルではない。

 十秒程で光線は消えていた。

 全身のあちこちに小さい火傷と裂傷を負っているが、僕はまだ動ける。


 能力の再発動の間隔を考えるなら女に出来ることはもうないはず。


 鳥、箒、レーザー、全て潰した。

 僕の最大の攻撃で死んでもらう!

 目を開けて女を睨み付ける。強い光を受けたからか色が抜け落ちて白黒が反転したようになっている、女がそこにいることははっきりと確認できる。


 ――見えたのは女の姿だけではなかった。

 女の背後には無数の黒い鳥の群れ。

 そして巨大な列石が立ち並ぶ不気味な光景。

 列石の中央には石造りの祭壇が設置され、その奥には黒いシルエットよりなお黒い、果てしない空虚……


 これは実体ではない。「解析」が出来る僕だけに見える光景――


 鳥の群れは僕が「見えている」ことに気付いたのか、空中にも関わらずその羽ばたきを止めて一斉に停止した。大きな光る目と小さい嘴にそぐわない巨大な口を開けて一斉に僕を視る。


「ひっ」


 思わず悲鳴が出た。

 その時、首の後ろに激痛が走り、僕の意思は落ちた。


   ◆ ◆ ◆


 群鳥の三羽が、何も出来ずにいきなり消滅させられた時には焦ったが、念のために後方へと回り込ませていた二羽と最初に出した二羽……合計四羽と極光での連続攻撃で敵の魔法使いを無力化させることに成功した。


 群鳥の火力は低く、何発か直撃させても死ぬことはないと予想はしていたので、回避できないように四方八方の死角から滅多に食らわせたが、メダルは出現しなかった。


 つまり死んでいない。セーフである。


 敵の魔法使いなんてものを自由にさせておいたら、何をやってくるか分かったものではない。


 全力で速やかに片付けたのは俺の鋭い観察眼の賜物であるといえる。

 これは決して逆恨みなどではない。

 誰がマニアックで幼児体型だ陰険眼鏡め!

 何度も言うがこれは決して逆恨みなどではない。少しくらい胸もくびれもあるわ!


 さて、残る敵はあの鎧男と黒ずくめ全身タイツ男。


 ハセベさんとエリちゃんは鎧男とまだ戦いを続いていた。


 二対一なので圧倒的に有利かと思われたが、鎧男は思っているよりも対人戦に慣れているのか、相当上手く立ち回っているようだ。

 また未知のスキルを警戒してか攻めあぐねているように見える。


 ハセベさんが踏み込むが鎧男が剣でそれを受ける。逆に振りかざされた剣を刀で受け流す。

 エリちゃんがその隙に側面へと回り込んで蹴りかかろうとするも、鎧男が空いた左腕の手のひらをエリちゃんに向ける。

 何かされることと、剣と徒手空拳とのリーチの違いもあって警戒して引く。


 そう言った地味な牽制が続いている。

 ただ、これはどちらかが隙を見せれば一気に動きがあるだろう。


 モリ君はというと、後方に控えてたまにプロテクションを飛ばして支援に徹している。


 群鳥の誘導弾は、ある程度は自由に動かせるものの、そこまで緻密なコントロールまでは出来ない。


 敵も味方も激しく入り乱れている今のような状況だと、誤射で味方に直撃させてしまう可能性の方が高い。俺も戦闘に参加するのは無理だろう。


 全身タイツマンは……いない?


 ここで全身タイツマンが姿を消していることに気付いた。

 群鳥の三連打と顔面への飛び蹴りで動けなくなり、そこらでのびていたはずだったが、いつの間にか姿を消している。


 タイツマンの見た目から推測するに、あれは陰に潜んで奇襲を得意とする暗殺者タイプだ。

 やはり、今もどこかに物陰に潜んでおり、こちらが隙を見せたタイミングで奇襲してくる可能性は高いだろう。


 逃げてくれたのならばそれで良いのだが。


「魔法使いは既に倒した! 戦局についてはこちらが圧倒的に有利だ。今すぐ引いてくれるならこちらも追撃はしない」


 鎧男と、どこかに潜んでいるであろう黒ずくめに呼び掛ける。


 鎧男からの返答はない。

 もちろん黒ずくめが声を出して位置を教えてくれるということもない。


 とりあえず新しい群鳥を五羽を出現させて頭上で旋回させた後にモリ君の近くに駆け寄る。

 相手がどこに隠れているか分からない以上は俺とモリ君、どちらも孤立している方が危険だろうという判断だ。


「モリ君、タイツマンが近くにいるはずなんだが?」

「黒いやつのことですよね。俺も分かりません。急に姿が消えました」

「多分奇襲をかけてくると思う。警戒して欲しい」


 鳥を偵察に出すか、それとも極光を手当たり次第に放って偶然当たってくれるのに期待するか。

 タイツマンの位置をどのように探すが思考を巡らせる。


 だが、これという決め手は思い浮かばない。


 その時、鎧男と闘っていたエリちゃんの動きが急に停止した。

 蹴りのポーズで足を振り上げたまま一歩も動かない。

 顔には苦悶の表情が浮かんでいる。

 片足だけではバランスを維持出来ず、バランスを崩して転倒しそうになっている。


 鎧男か、タイツマンか、どちらかのスキルを食らったのか?


 何にせよ、鎧男の前で無防備な状態のまま動きを止めてしまうのはまずいだろう。


「群鳥っ!」

「プロテクション!」


 鎧男からの攻撃を防ぐためにエリちゃんの方へ鳥を飛ばす。


 モリ君も同じことを考えていたようで、鎧男とエリちゃんとの間に光る壁が現れる。プロテクションのスキルによる壁だ。


 何が有ったのかは分からないが、とにかくエリちゃんを一度後ろに下がらせよう。


 そう思った刹那――


「まずは一人!」


 何もない虚空からタイツマンが突然姿を現した。


 ……こいつ、姿を消せる能力があるのか?


 ナイフをエリちゃんに振り下ろしている。

 ハセベさんがカットに入ろうとするが間に合わない。

 無防備な体勢のエリちゃんの肩口にナイフが突き刺さり、鮮血が勢い良く吹き出した。


 エリちゃんはスキルによる硬直で声を出すことも出来ないのか、何も発することなく、そのままの体勢で崩れ落ちていった。


 倒れてもなおピクリとも動かない。


 だが、吹き出した血の量はただ事ではない。刺さった場所次第では致命傷になるかもしれない……


「女は潰すなっつってんだろ! 先にこっちの侍をやれよ!」

「お前の事情など知らん。隙の見せた方を潰す」


結依ユイっ!」


 モリ君が槍を片手に駆け出す。

 ハセベさんもタイツマンに刀で斬りかかるが、避けられてしまう。


 エリちゃんへの更なる追撃を防げたのは良いが、状況は全く好転していない。

 むしろエリちゃんが負傷、モリ君は武器なしで鎧男とタイツマンが相手……


 早く治療しないとエリちゃんを助けられない……


 オウカの遺体が脳内にフラッシュバックした時、プチンと何かがキレる音がした。


 ……いやもういいだろう。

 乱戦で味方に誤射する可能性があるからとか、何か話が聞けるかもしれないとか、そんな詭弁は要らない。


 俺がさっさとこの乱入者どもを片付けていればエリちゃんは刺されずに済んだのだ。


 ハセベさんは二羽までとか言ってたっけ……


 エリちゃんの側に飛ばした鳥を手元に戻し、そのうち「三羽」の鳥達を箒の前で高速旋回させる。


 《三羽なら大丈夫。エリちゃんも霧にはならない》

 《他は牽制に回れ……散れ!》


 頭が妙に冷静になっていく。


 昨晩と同じように腕に……顔に……全身に光る紋様が浮かびあがっていたが、気にするようなことではない。

 痛みはないので、紋様が浮かんだところで集中が乱れる要素はない。


 群鳥を二羽を移動させて姿を見せたタイツマンと鎧男の近くに着弾させると、鎧男とタイツマンの注意がこちらを向いた。


 危険なのは《僕》の方だとようやく理解したのか。


 五羽を追加召喚。


 鎧男とタイツマンの近くに更に二羽を着弾させ、ハセベさんから距離を取らせる。

 同時に残り三羽を誘導して二人が直線上の位置に移動させる。


 モリ君はエリちゃんに駆け寄っているから動かす必要はないね。


 ハセベさんは……空気を読んで下がってくれたようで、助かる。


 せっかくの水源である泉を巻き込んでしまうが、《他所の神の偶像など消えても良い》し、今はそんなことは気にしなくても良いだろう。


 タイツマンはこちらの行動を阻止しようとこちらに向かってきたようだが、既に手遅れだ。


「三羽を解放リリース

 三羽の鳥が霧状になって消えた。


 続いて泉の近くに生えていた草や小動物、

 エリスの流した鮮血

 僕を中心に次々と周辺の弱い生命から順に霧と化して溶けていく。


 霧になった生命は箒の前に現れた人の頭ほどの大きさの黒い球体にうめき声のような空気を震わす音を立てながら集まり始めた。


 これから発動する能力の反動に備えて箒を両手で掴み直す。

 視線と箒を黒い球体を「敵」に向ける。


「避っ」


 もう遅い――形は変わったとしても極光の性質に変化はない。


 極光の速度は光速だ。


 黒い球体は一度大きく膨れた後に収束し――一条の熱線へと変わった。


 刹那、全ての音が止まった。


 岩をも溶かす超高熱の熱線は放電プラズマを纏いながら空気を、音を、鎧の男を、背後の泉を、そして遺跡の壁を貫き、軌跡にある全てを焼き尽くして彼方へと消えていく。


 熱線が作り出した真空状態に一気に空気が流れ込むことで、発生した超高熱は全て押し流された。


 獣の断末魔のような音が響き渡り、様々なものが蒸発し、融解し、燃えたことにより発生した刺激臭があたりに漂い始めた。

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