Chapter 2 「ハロウィンです。クッキーをどうぞ」
「誰かいるのか?」
「えっ!? なんで? 今になって誰か来たの?」
状況が分からず呆然と立ち尽くしている俺に、高校生くらいの男女二人が俺の方へ小走りで駆け寄ってきた。
年齢や風貌からして、先程俺が発した「誰か説明しろ」の言葉に反応して駆けつけてきたとはとても思えない。
対応方法を逡巡している間に近寄ってきた少年が俺の手を取った。
そのまま手をブンブンと力強く振られる。
「えっと……何かな?」
「ありがとう……本当にありがとう……」
少年は感極まったかのような声を出して突然感謝の辞を述べて涙を流し始めた。
特に俺は何もしていないのだが、この過剰な反応は何なのだろう。
少年の年齢は高校生くらいだろうか?
黒髪短髪の活発そうな少年だ。
身長はかなり長身に見える。
俺の身長と比較すると頭1つ分は大きいので、おそらく190cmくらいは有るのではないだろうか。
……いや違う。俺の身長が縮んでいるのだ。
少年の身長はあくまでも普通で、少女の身体になった俺が小さいだけだ。
少年の身長を170~175cmと仮定するならば、今の俺は160cmくらいなのだろう。
少年の顔は田舎で素朴に育ったという雰囲気だが、人柄が顔に出ているのだろうか?
優しそうな雰囲気で悪い印象はない。
一応は爽やかイケメンの部類に含めても良いだろう。
ただ服装が何かおかしい。
パっと目に付く茶色いポンチョはアウトドア用品店などでもキャンプ用品として売られているので、アウトドアブームに乗っかり、それをファッションとして着ていてもおかしくはない。
だがポンチョの隙間から覗く胸や二の腕に付けている金属の鎧は何だろう? コスプレだろうか?
むしろ、コスプレ以外に合理的な説明を付けられない。
「本当に良かった……」
少女の方も、やはり何かの感情を堪えていたのが一気に溢れ出たのか、突然にポタポタと大粒の涙を流し始めた。
「あの、どうされましたか?」
「いえ、大丈夫です……これで助かるって分かったら、急に涙が」
何故泣き始めたのについてはさっぱり分からないが、泣いている少女を放置するわけにはいかないだろう。
俺はポケットから汚れたハンカチを取り出して少女に差し出す。
「汚れているものですけど、良ければ使って」
「ありがとう……」
少女はハンカチを受け取りはしたものの、
「本当に汚れていますね……お気持ちだけで十分です」
そう言うと、急に真顔になってハンカチを使うことなく返してきた。
涙はいつの間にか止まっていた。
「アッハイ」
俺はハンカチを受け取る。
うん、まあ、正直でよろしい。
少女は少年と同じく高校生くらいだろう。
美人が可愛いかと聞かれると可愛い寄り。
目つきは若干吊り目気味だが、あまり性格が悪そうな感じはない。
髪の色が薄い茶色なのは染めているのだろうか?
長い横髪をお下げにしてまとめている。
少女は今の俺より若干背は低いので、155cmくらいか?
スポーツウェアのような薄手のシャツとホットパンツの上に白のパーカージャケットを着ている。
服装に関しては、都会の繁華街にいてもそれほど違和感はない。
しかし、この少年少女は何者なのだろうか?。
俺がこのよく分からない場所にいるのと何か関連性があるのだろうか?
「
「そして俺は
少年少女が自己紹介を始めた。
「ああ、小森……」
小森くんの名前を呼んだ途端に突如、ズキンと頭痛がした。
何か重要なことを忘れているようなそんな感情が湧き上がってくる。
「あの、大丈夫ですか?」
「いや、もう大丈夫。寝起きだからかちょっとまだ目が覚めていないだけだと思う、俺は
「上戸さんですか」
「少し聞きたいんだが、一体ここはどこなんだ?」
「そうですね……眠っている間に夢を見ませんでしたか?」
「夢……というと、あのソシャゲのガチャみたいなやつ?」
「ガチャ演出の後に、魔法陣の中から魔女みたいな格好をした、白いボサボサ髪の女の子が出てきたと思うんですけど。中学生くらいの」
小森くんの言葉を聞いてハッとなった。
確かに夢の中でソシャゲのガチャ演出があり、その後に魔女の姿をした少女が出てきた記憶が蘇ってきた。
「俺達も同じです。夢の中でソシャゲのガチャ演出みたいな映像を見せられた後に、気付いたら、そのキャラの姿に変えられて、ここに投げ出されました」
小森くんが一枚のカードを取り出す。
そこにはキャラの名前らしい文章の下にイラストが描かれていた。
イラストと少年の服装は完全に一致している。
続いて赤土さんも同じようにカードを取り出したが、やはりそのカードに描かれているイラストと同じ服装をしていた。
まだ現実を理解できない。
これはまだ夢の続きだと考えるのが自然だ。
「そもそも、こんな鎧をファッションでわざわざ着ると思います?」
小森くんが言う通り、現実離れしたファンタジー金属鎧にポンチョという扮装は、現代日本ではコスプレ会場以外で身にまとう機会があるとは思えない。
赤土さんの方も、一見すると繁華街でよく見かける服装だと思っていたが、よく見ると腕に赤く大きな宝石のようなものが埋めこまれた金属製の手甲を付けている。
服装は普通の現代人だけに、現実離れしたその手甲の異物感がより強まっている。
状況から察するに、小森くんと赤土さんもコスプレなどではなく、俺と同じようにガチャから出てきたキャラの姿に変えられてしまったのだろう。
無意識に両手を胸に当てる。
夢だと思いたいが、両手から伝わってくるちっぱい
……否、おっぱいの感触がそれを否定している。
やはりこれは現実なのだ……
どういう原理なのか分からないが、どうやら俺はカードの通りラヴィ(ハロウィン)という魔女の少女に姿を変えられてしまったようだ。
嘘でしょ?
俺は23歳のおっさんだぞ。
ガワだけ少女にして誰が得するんだよ。
そういうのは、お姉妹のおにいちゃんだけで十分なんだよ。
心の中で憤慨するが、だからどうなるというものでもない。
付き合いの長い気の置けない友人はマニアックなキャラを好んでいるが、その友人ですら中身が俺で見た目はマニアックというの娘が出たとしても、どん引きして終わりだろう
『もう女の子が可愛ければ、ジャンル問わず愛でることにしている』
友人の妄言が脳内で再生されたが気にしないことにした。
やるせない怒り、悲しみ、様々な感情がこみ上げてくるが、それを解消する方法はない。
気を落ち着かせるためにもう一回胸を揉んでみるが、やはりロープのゴワゴワとした生地の感触しか伝わってこない。
薄いのだ。
あまりにも薄いために、ローブの生地の厚みに負けてしまっているのだ。
なんだろう、このどこからともなく湧いてくる敗北感は……
「えっと……もしかしたらごめんなさい」
少女が無言で胸……もとい、ロープの生地を揉んでいる俺に怪訝な顔をして声をかけてきた。
「念のため確認なんですけど、上戸さんって中の人も女の子で良いんですよね」
「男ですけど」
少女に俺は事実を即答する。嘘は良くない。
「男?」
「はい」
「中学生くらい?」
少女と目が合ったので満面の笑顔で答える。
「23歳ですけど」
「変態だーっ!」
変態とは何だ。何もおかしなことはしていない。
そう弁解したかったが、冷静かつ客観的に見るならば、いきなり少女の胸を揉んでいる俺の行動は変態でかつ不審者以外の何者でもない。
胸から手を離し、床に落ちていた帽子を拾い上げ、被り直す。
「ただちに影響はありません。無害です」
「近寄るなこの変態!」
「ごめん」
どうやら赤土さんには嫌われてしまったようだ。
赤土さんは小森くんの後ろに隠れて次々に俺へと罵倒の言葉を飛ばしてくる。
やはり思春期の女の子の扱いは難しいものである。
「上戸さんも少し混乱しているだけなんだよ。俺達も最初はそうだっただろ」
「うん、まあそうなんだけどさ」
「俺達はこれからしばらくの間は仲間なんだから仲良くしよう。恵理子も、上戸さんも」
小森くんはそう言うと、俺と赤土さんの肩へ躊躇することなく手を延ばしてきて両脇に抱き抱えた。
いや小森くんよ。
赤土さんとの仲を取り持ってくれる君の行動には感謝しかないのだが、だからと言ってボディタッチを女の子……俺にはいきなりするのは流石に問題があるのではないだろうか。
今回の場合は中身が23歳男性の俺なので、そこまで気にはしないが、年頃の女子が同年代の男子にボディタッチされることは嫌われる要因なのではないだろうか?
このように距離感を読めずに過剰な接触をするからセクハラ魔神と罵られるのではないだろうか?
実際、赤土さんも少年の急な行動に驚いて――
――驚いていると思ったのだが、赤土さんは小森くん肩を抱かれても特に抵抗する気配もなく、満更でもない顔で頬を赤らめていた。
「俺達だって最初にここへ連れてこられた時はパニックになって大騒ぎだっただろ。この人も同じで、あまりの急な環境の変化についおかしな行動を取ってしまっただけなんだよ」
赤土さんは何か言いたいことがあるのか、しばらくは口をパクパクさせていたが、大きくため息をついたあとに俺の方に手を伸ばしてくれた。
「エリスと呼んでください。よろしく」
まだ納得はしていないという表情だが、それでも何とか歩み寄ってくれるようだ。
それを拒否する理由はない。
俺も握手を返す。
「こちらこそ不審者みたいな行動をしてごめん。出来れば仲良くしてほしい」
ともかくこれで仲直りだ。
思春期の少年少女と付き合うのだから、こちらも見える範囲では変に見える行動はなるべく控えて、頼りになる大人であるよう行動したいところだ。
「それはともかくとして、何か食べ物を持ってないですか?」
「食べ物?」
思わず鸚鵡返しに返す。
初対面の相手にいきなり食べ物を要求するなど、余程の事情がなければすることではない。
逆に言うと、余程の事情があるということだ。
「実は俺達はこの部屋に閉じこめられてから三日間、何も食べていないんです」
「三日!?」
三日も閉じ込められるとは穏やかではない。
一体何が有ったというのだろうか?
「水はそこの隙間から湧いてくるんですけど」
赤土さん……もといエリスちゃんが指差した岩壁には小さな亀裂が入り、そこからわずかに水が染み出していた。
何も食べていないという発言を聞いてから、改めて小森くんとエリスちゃんを見ると、若干やつれているように見える。
エリスちゃんが、さっきからカリカリと苛立っているように見えるのも空腹のためだったのだろうか?
だが三日間閉じこめられていたというのがどういう状況なのかイマイチ把握できない。
より詳しく話を聞きたいところだが、まずは御要望通りに何か食料を所持していないか確認することにしよう。
「何か持っていたら良かったんだけど」
普段使っている通勤鞄には、急な仕事で昼食を食べに行く時間がない場合に備えてバランス栄養食を何個か詰め込んではいたのだが、生憎その鞄は手元にはない。
ローブのポケットの中は弄ったので、何も持っていないことに間違いはない。
その時、天啓的に閃きが降りてきた。
いやまさか……だけど、もしかして。
「小森くん、このカードに描かれているアイコンの能力の使い方ってわかる?」
俺はカードに記載された2番目のアイコン……ハートの形をしたクッキーを指差しながら少年に尋ねる。
「俺達はそれをスキルって呼んでます。意識を集中させてスキルを使おうと念じれば、それだけで使えますよ」
「意外とシンプルなシステムだな」
ダメ元で試してみよう。
「能力ぅー! 発動ーっ!」
足をがに股にして中腰になり、両手の掌を体の全面に突き出し、眉間に皺を寄せて力を込めて叫ぶ。
「出ろー出ろー」
「声に出さなくても使えますよ。というかなんですかそのかけ声」
しばらく唸っていると、右手の指先にほんのりと暖かい、何か硬い物を摘まんでいるような、感覚を覚えた。
何かを掴んでいるという感覚を頼りに『それ』を引っ張り出すイメージを脳内で描く。
「まさかとは思ったが本当に出たよ」
スキルは俺の予想した通りの効果で発動出来たようだ。
親指と人差し指の間に出現したハートの形をしたクッキーを小森くんに差し出す。
「ハロウィンです。クッキーをどうぞ」
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