収穫祭の魔女 -TS魔女 帰郷の旅路

れいてんし

Halloween Witch Lavinia

Chapter 1「魔女」

「ふべっ」


 床に身体を叩きつけられた衝撃で俺は目を覚ました。

 よりにもよって顔面から落ちたらしくて、鼻のあたりがヒリヒリと痛む。

 

「ああ、くそ。今は何時なんだ? 明日朝も六時起きだぞ……」


 ズキズキと痛む鼻と額を右手で抑えながら、左手でベッドの縁を掴もうとして、空ぶった時に違和感に気付いた。

 

 当初は寝返りを打ってしまい、ベッドから床に転がり落ちたのだと思っていた。

 だからベッドに戻るために手を伸ばしたのだが、有るべき場所にベッドがない。

 それだけではない。ベッドも、枕元にあるはずの目覚まし時計も、そこらに充電ケーブルに刺さったままの状態で転がっているはずのスマホもない。

 

 右手の指の隙間から床に目をやると、そこは見慣れたマンションのフローリングではなく、何やら石畳のようなものが敷かれている。


 ここは自分の部屋ではないぞと慌てて周囲を見渡す。


 どうやら俺は岩盤を削って作られた、巨大な部屋の中にいるようだ。

 手掘りで切り出されたのか、壁面にはゴツゴツとした岩肌がむき出しになっていた。

 小学校の遠足で行った炭鉱跡に作られた資料館もこのような壁面だった。


 何故、俺がこんなところに居るのだろうか?

 夢遊病か何かで無意識にこんな場所に来てしまったのだろうか?


 それにしても炭坑跡にしてはかなり明るい。

 何か照明が点いているのだろうか?


 疑問を解消すべく天井を見ようとするが、帽子の縁が邪魔で真上を見ることは出来なかった。


 無造作に帽子を掴んで脱ぐと、今度は前髪が垂れてきて視界を邪魔する。

 邪魔にならないように伸びた前髪を帽子の中に押し込んでいたのだろう。

 無意識に横に除けて耳にかける


 壁面と同じく、やはり岩肌がむき出しの天井には四角い穴がいくつも開けられていた。

 そこにはガラスだかアクリル板だかの透明の板がはめ込まれており、そこから陽光が差し込んで内部を明るくするための仕組みが取り入れられているようだ。

 ようは天窓である。


 ――帽子?


 そうだ帽子だ。


 先程まで眠っていたというのに帽子を被っているのはおかしいだろう。


 それに、前髪は目にかかって視界の邪魔になるほど伸びてただろうか?

 前髪のの色が白いことにも違和感しかない。

 多忙な社会人二年目といえ、まだ加齢やストレスで白髪が出てくる年ではないぞ。


 手に取った帽子に視線を向けると、それは真っ黒な魔女が被っているような三角帽子だった。

 こんな物を購入した記憶などないのだが……


 ――否、帽子よりも重要なことがある。


 この帽子を掴んでいる、まるで少女のような細くて小さい指は誰の指なのだろうか?


 何故、手首に少女向けのようなフリルが付いたブラウスの袖が見えるのだろうか?


 視線を下げると着衣は寝る前に着ていた寝間着ではなく真っ黒なローブに変わっていた。


 ――壮絶に嫌な予感がする。

 手に持っていた帽子を投げ捨て、両手を胸に当てる。


 毛糸を編んだであろうローブのゴワゴワとした生地が意外に分厚くて感触はわかりにくいのだが、それでもなお、両手に柔らかくふっくらとした胸の盛り上がりが伝わってくる。


「待て待て待て待て」


 KOOLだ! KOOLになれ俺!


 これはちょっとふっくらしただけだ。


 最近は少し不摂生な生活が続いていたので、気が付いていないうちに、太ったか、むくんだかして胸に余計な脂肪分が付いただけだ。

 それにこの程度の膨らみなら平坦と言えなくもない。


 まずは素数を数えて落ち着くんだ。


 1、2、4、6、8、10、12……素数ヨシ!


 ところでお客様の中に俺の息子様の居場所をご存じの方はおられませんか?

 どうやら家出されたようで、主に股間の部分に違和感があり支障が発生しております。

 助けてくださいお願いします。生まれてからずっと付き合ってきた大切な息子なんです。


 息子の居場所について、服を脱ぎ捨てて直接確認したい衝動に駆られたが、頭から被るタイプのローブの裾は脛までの長さがあり、これを捲り上げないとローブの下がどうなっているのかはすぐに確認できない状況だった。


 だが、その一手間がかかるおかげで逆に俺は冷静さを取り戻させた。


 もしすぐに服を捲り上げられる状況だったのなら、衝動的に服を脱ぎ捨てて下半身をチェックという社会的にも倫理観的にも絵面も完全にアウトな行動を取っていたかもしれない。


 思考が追いつかない。

 状況を整理するために、昨日夜からの行動を再度振り返ってみよう。


 仕事が終わった後に帰宅、残業で遅くなったので配信動画を色々と見ながらコンビニ飯を食べているうちに時間はAM2:00になっていた。


 翌朝はAM6:00起床であり、睡眠時間を少しでも確保するために、友人からのショートメールに返信する気力もなく、スマホを握りしめたままベッドに倒れ込んだ。


 よし、ここまでの記憶はしっかりしている。


 俺は昨日はマンションの自分の部屋で眠った。


 マンションは一人暮らしなので、合鍵を持っている家族か友人以外は誰も入ることはない。


 前日に飲み会などで酒を飲みまくって泥酔して、途中から意識がありません、もしくは前日晩の行動がはっきりしませんという状況ならば、変な場所で寝ていてもおかしくないのだが、前日に酒を飲んだ記憶はなく、寝る直前までの行動もはっきり記憶している。


 友人から「明日はハロウィンだからカボチャ料理を作れ」などと無茶な要求が書かれたメールが届いたのも覚えている。


 会社帰りに作れるカボチャ料理って何だ?

 うん、スイートポテトならぬスイートカボチャならば、レンジを駆使すれば半時間もあれば作れるな。後は会社帰りにカボチャを売っている店が開いているかどうかだが……


 いや、今は友人からのメールの話はどうでもいい。

 

 スマホがあれば現在どこにいるのか分かるのだが。

 そう考えて、どこかにスマホを持っていないか全身を弄ると、ローブの腰の辺りにポケットのようなものが付いていることが分かった。


 ゴチャゴチャとポケットの中に詰め込まれているものを一通り取り出す。


 汚れたハンカチ、ドングリ、落ち葉、くしゃくしゃに丸められたメモ用紙と短いえんぴつ、曲がった銀色のスプーン。ゴミばかりだ。


 メモ用紙を開くと日本語でもアルファベットでもない、何語かよくわからない文字で文章らしいものが書きなぐられていた。

 ただ、何の文字なのかすらわからないので読めそうにない。これもゴミか。


「それに何かのカード」


 最後にポケットの奥から出てきたのはラミネートコーティングされたような一枚のカードだった。

 サイズは名刺よりは一回り若干大きい。

 トランプやカードゲームのカードくらいのサイズがある。


「[ラヴィ(ハロウィン) SR]……なんだこれ?」


 カードにはキャラの名前らしき文章の下に箒を持った少女のイラストが描かれていた。


 頭には黒い三角帽子、飾り気のない黒い貫頭衣のローブ、手には箒という『魔女』という単語を聞いたら誰もが最初に思い起こすであろう変化球なしのド直球な服装。


 顔や体型から推測するに年齢は中学生か高校生くらいだろうか。

 まだまだ大人の女性と呼べないそんな年代。


 ただ、無造作に延ばして特に手入れもしていないであろう、癖の強いボサボサの髪は老婆のように真っ白で、半眼で眠たそうな表情と若干猫背気味の姿勢の悪さも相まって、あまり十代特有の瑞々しい若さは感じられない。


 目にかかるくらい伸びた前髪の間から覗く瞳の色は赤。イラストの雰囲気もあり、ホラー映画の登場人物のような不気味さを感じる。


「いや、もしかして……まさか、俺の今の身体は『これ』なのか?」


 服装や白い髪などの特徴は一致している。

 目の色までは自分では確認できないが、おそらくこのイラストと一致しているのだろう。

 箒は……最初に落下した時に手放してしまったのか、先程投げ出した帽子と一緒に足下に転がっていた。


 何が起こっているのかさっぱり分からない。


 何故、俺は少女の姿になっているのか?


 ラヴィは名前として、その後ろの(ハロウィン)とは何なのか?

 SRは……ソシャゲのガチャなどにあるレアリティだろうか?

 そう思って改めてカードを見直すと、ソシャゲのガチャで出てくるキャラクターのステータス画面を印刷したように見えてくる。


 今のところの唯一の情報源はこれしかないとカードに他にヒントがないか隅から隅まで凝視する。


 イラストの下には何かのアイコンらしきものが三つ並んでいる。


左端は飛んでいる鳥

真ん中はハートの形をしたクッキー

右端は何かビームのようなものが発射されている絵


 カードのアイコン部分を指で押してみるが、何の反応もない。

 カード自体は本当にただの印刷した紙でしかないようだ。


 その下にはキャラの紹介のような文章があるが、


「ハ、ハロウィンです。クッキーをどうぞ」


 それだけである。それしか書かれていない。


 カードを裏返してみるが、そちらは無地で何も記載されていない。


 今のところ、キャラの名前と外観と「ハロウィンだからクッキーをどうぞ」以外の情報が何もない。


「誰か! 誰でもいいから出てきて今の状況を説明してくれ!」

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