愛がないくせに独占欲の花を咲かせないで
弥生あやね
第1話:興味
1
好きじゃない人と身体を重ねた。何とも思わなかった。大人になったんだなと思った。
「寂しさ紛れた?」
そう言って頬に触れてくる手は優しい。
「…別に、寂しくありませんでしたけど。」
「生意気ー。」
ケラケラ笑うとその男はさっさと浴室に消えて行った。ピロートークもない。なんて呆気ない。だけどふわふわとした妙な怠さに抗えなくて、私は素っ裸のまま瞼を閉じた。
*
その男は新卒で入社した会社の二つ上の先輩だった。色素の薄い少し長めの髪がふわふわしていて、髪がその人を表しているかのようだった。
私たち新入社員は一月の新入社員研修後に各部署に配属された。その新入社員研修に部署代表で参加していたのが紫田さんだった。営業マンに相応しい人懐っこさと口の巧さに感心したものだ。
私は隣の部署の配属になった。営業一課の私と営業二課の紫田さんはもう関わり合いにはないないものだと思った。だがそれは私の大きな勘違いだとすぐに気が付いた。
一課はいわゆるインサイド営業担当で商談まで繋げることが仕事だ。そこから先は二課の仕事。いわゆるフィールド営業担当だ。商談から契約、商品導入までを担当する。そこから先のいわゆるカスタマーサクセスとカスタマーサポートは他部署の担当になる。
こうして流れで見ると分かるが一課と二課は部署は違えど切り離せない関係にある。一応担当先ごとにチーム分けはされているが、私は見事紫田さんと同じ担当先チームになった。要するに紫田さんとは仕事においてむしろ超関わり合いになる人だった。
「
そう声をかけてきたのは(勝手に私の中で)渦中の紫田さんである。一つ今日の仕事が片付いて、背もたれに背中を預けて溜め息を吐いた時だった。
「んぇ? だって終わらないんですもん。」
「無理だって、無限にあんだぞ?」
「なんで無限にあんの…。」
つい心の中で舌打ちする。やってもやっても終わらないとはまさにこのことである。顧客獲得のためにあの手この手でアプローチしなければならないという性質上、一課の仕事に終わりはない。なんでこんな部署に配属されたんだ。明らかに人手不足だ。いつの間にか定時も過ぎている。
「紫田さんは帰らないんですか。」
「うん。明日のとこ、もうちょっとで契約取れそうなんだよね。もう少し資料とか練っときたくて。」
そう苦笑した紫田さんはプライベートこそ変に有名だが、仕事にはすごく真面目な人だ。仕事とプライベートにそこまでギャップがあるのが少し不思議だ。まぁ顔は良いし、先述の通り人懐っこさも口の巧さも持ち合わせている。気配りもできるし、仕事よろしく丁寧な対応なんてされたら女性の方が勘違いするだろう。要するに、彼はモテるのだ。
「A社ですよね? せっかく私が商談に繋げたんですから、ちゃんと契約取ってきてくださいよね。」
そう言うと紫田さんは一瞬キョトンとした後吹き出して笑った。
「生意気だぞ〜。」
くしゃりと私の頭を撫でてデスクに戻って行く背中を見送る。こんな生意気な口をきけるのも、相手が紫田さんだからだ。
「さて、っと。」
少し伸びをして私も自分の仕事に戻った。
*
それがつい先週のことだ。それから1週間しか経っていないというのに、私は噂の紫田さんと裸のお付き合いをしてしまった。なぜか。それは単純な理由だった。
『A社無事契約取れたぞ〜!』
『おお、おめでとうございます。』
『藤島が初めて商談に繋げた会社だもんな。俺もほっとした。』
そう言われたのは昨日のことだ。
『明日祝杯でも上げに行くか。』
モテる男は誘い方がスマートである。そして相手の気持ちに寄り添うのが上手い。なんなら後輩を持ち上げるのも上手い。私が密かに心の中で嬉しくて小躍りしているのを見透かされた気分だ。
そして今日、紫田さんと飲みに行った。遠慮なく飲み食いして、場が温まってきたタイミングで紫田さんは意地悪く笑って言った。
『お前そんな飲んでると彼氏に怒られるぞ。』
『先週振られたんで大丈夫です〜。』
『マジか。』
『そうです! 寂しい独り身です。』
自分で自分を抱き締めて、ついでにクスンと泣き真似をして見せる。そしたら紫田さんはこう言った。
『慰めてやろうか?』
どこまで本気でどこまで冗談だったのかは分からない。だけど思ったんだ。それもいいかもしれない、と。
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