第13話

 体育館。学生特有の体育座りで集められたそこにはむさ苦しい男どもが集められていた。なんでも、体育祭の男子全体種目について簡単に説明するらしい。一度は廃止された騎馬戦の復活と聞き、周囲の男子生徒は隠せない盛り上がりを見せていた。


 確かに騎馬戦といえば運動会の花形競技というイメージがある。それが理解できない僕ではないのだが、いかんせん痛そう、怖そう。伊達に一度廃止されていない筈だ。出席番号順(うちの学校では五十音順)で座らされているため、國代とも離れてしまっており、これといった気晴らしの手段もない。ただ憂鬱な気分で教師の到着とチャイムを待っていた。


 そんな僕の視界の片隅にチラリと動く影。体育館の入り口から3人の教師が入ってくるのが見えた。その内2人は先日色々あった校長と体育の丸山先生である。


「挨拶はいい。それじゃあ、体育祭の騎馬戦について説明するぞ」


 言葉を発したのは校長でも丸山先生でもない教師。確か、生物担当の横山先生だ。僕は物理選択なので授業を受けたことはないが、すごい分かりやすい授業をすると評判らしい。50そこらの歳だと思うのに、背筋がしっかりと伸び、清潔感のある姿が若々しさを感じさせる様な人だ。白衣と眼鏡がよく似合っている。なんなら眼鏡が本体かもしれない。


「さて、分かってるとは思うが、騎馬戦は体育祭の競技の中でも随一の危険度だ。少しでも気を抜けば大怪我に繋がりかねない。また、競技中にふざけるのも当然なしだ。そのあたりしっかり理解した上で取り組む様に」


 前置きを済ませた横山先生は手にしたプリントを丸山先生と手分けして配り始めた。テスト用紙を送る要領で全生徒にプリントが行き渡ったのを確認して横山先生が口を開く。プリントは競技のルールなどについて記したものの様だ。


 騎馬戦の形式として、複数の騎馬が順番など関係なくグラウンドで思い思いにぶつかる総当たりタイプと、剣道などの様に先鋒、中堅、大将などの騎馬が順に出撃し一対一で戦うタイプが有名である。今は教員数の減少などもあり、危険性がより高い総当たりタイプは滅多に見ることがないのだが、本校もその例に漏れないらしい。見る側としては前者の方が面白いだろうし、戦略の幅も広いだろうが、僕としては総当たりではない方がありがたい。挟み撃ちとかごめん被りたいし。


 今回の場合、あらかじめ各軍の騎馬数騎がラインに沿って整列し、合図と共に駆け出す。その際、右端の騎馬は相手の左端の騎馬と、中央の騎馬は中央の騎馬と、というようにあらかじめ対戦相手となる騎馬が決められた状態になっている。言わば、総当たりと一騎討ちの折衷案みたいな形式をとるらしい。とはいえ、流石に安全性や職員の数の問題があるので一度に全生徒分とはいかず、2、3回程度に分けて多数の騎馬が闘い、最後に大将騎同士が一騎討ちするそうだ。有志として保護者も数名サポーターとして教職員の手伝いをするらしい。なんでそんなに乗り気なのだろうか。


 気になる勝利条件は基本的に騎手の頭の鉢巻をとるというスタンダードなもの。昔は騎手の落下と騎馬の崩壊以外敗北にならないというガチ具合だったそうだが、それが適用されずに何よりだ。まあ、適用したところでそれこそクレームの嵐だろうが。


 ひとしきり説明が終わった後、紅白それぞれ別れて騎馬の組み合わせを決める流れとなった。ついこの間まで募集されていた応援団が早速場を仕切り始める。


「よーし、やる気のあるやつ挙手だ!」


「あんた言葉が少ないのよ」


 なんかいるだけで温度が上がりそうな男子を隣の女子がなだめる。聞けば、あの2人が団長と副団長らしい。……いかにも突っ走りそうな男子を上手く抑える冷静な雰囲気の女子。いいコンビかもしれない。


 なんだかんだ微笑ましく見えるそのやりとりを眺めていると、トントンと肩を叩かれた。


「よお、世良町。元気か」


「……丸山先生、こんにちは。元気ですよ。先生もお変わりない様で」


 丸山先生はあの避難訓練から多少距離が近くなり、見かければ軽く話をする程度にはなった。今日もわざわざこうして声をかけに来てくれたらしい。


「ところで、なんでまた騎馬戦が復活したんですか」


「ああ、生徒会を中心として一部の生徒、特に3年生がやりたいって強く要望を出してきてな。そこまで言うならって教師も協力してPTAとか説得したんだよ。高校最後の体育祭だし、できれば希望に沿ってやりたいしな」


 おのれ余計なことを……そんなことしなくても他に思い出作れるだろ。もっと違う方向で力入れてよ。


「露骨に嫌そうな顔をするな。何事もやってみれば案外達成感とかあって気持ちいいもんだぞ」


 はっはっはと笑いながら背中を叩かれる。痛い痛い。ひとしきり言いたいことを言い切ったのか、丸山先生は離れていった。


 その後間もなく、具体的に方針が決まって指示を受けた。基本的に学年ごとに纏って騎馬を作ることになったらしい。こうなるとクラスごとに集まりができる傾向になるのは仕方のないことで、ついこの間までいじめを受けていた僕からすれば気まずいというか息苦しい。心なしか向けられる視線も冷たいというか訝しげというか……どうしたもんかと思っていると、肩をポンと叩かれる。


「世良町。一緒に組もうぜ」


「國代。いいのか?」


「ああ。ただ、他のメンツは同クラ以外から見つけねえとかもだけど」


「ああ……悪いな。苦労かけて」


「気にすんなって。俺、これでも交友関係広いからさ。ほら行くぞ」 


 孤立気味の僕に対して國代は早速フォローをしてくれた。そういえばこいつはこんなふうに気遣い上手なんだった。周囲のこともよく見ているタイプで、気さくな性格で人脈も広い。……それゆえ、僕との関係にもいろいろ悩んでいたんだろう。


「ありが───」


「なあ世良町。お前騎手でいいよな?」


「は?なんで」


 お礼を言おうとしたら、國代はいつの間にか2人程捕まえていて、そんなことを言い出す。動き速いなオイ。


「いや、こいつらガタイ良いから上無理だろ?で、俺とお前ならお前が上の方が騎馬のバランスが良い」


 確かに國代の連れてきた2人はがっちりした体格だ。騎手にできれば強力だろうが、それにはちょっと馬の負担が大きい。で、僕と國代なら國代の方が背が高く、連れてきた2人とも近しいと来た。……困ったな、反論の余地がない。


「……仕方ないか」


「そう嫌な顔すんなって!大丈夫さ」


 そんな流れで僕はめでたくあぶれることなく騎馬戦への騎手での参加が決定した。國代はそのまま騎馬が決まったことを応援団長たちに伝えに行く。


 そして、國代が離れた後。背後から声がした。




「やっ、世良町君。久しいね」


「……は?」


 片手を挙げてややねっとりとした口調で告げるそいつ。


 おかしい。ここは男子の区域だ。なぜこいつが?偽物?そもそもこいつがこんなところにいるのか?そのように思考がフリーズしたその時。


 ───突如、僕の体が何かに串刺しにされたかのようにぴたりと動かなくなった。


「……ッ!」


「ダメじゃないかぁ、世良町君。こんな時に考え事なんて」


「誰だよお前」


「忘れたのかい?悲しいなぁ」


「肉体も空気も、この目に映る情報は確かにお前が彼女だと言っている。だけどな、僕の魂が否定してるんだよ!答えろ!お前は誰だ!」


「……いや、私だけど」


「ウッソだろお前。ここまで乗ったのにそこで梯子外すか?」


 この後一番大事なセリフだろ。こっちはわざわざ前かがみで、ちょっときつい体勢までとって付き合ってやったのに。回りが話し合いに夢中でさほど目撃者がいないのが救いか。


 別に呪力も動きも封印されていない僕は楽な姿勢になって、目の前の特級呪霊もどきに向き合った。


「ここ男子エリアなんだけど」


「女子が来ちゃいけませんとは言われてないよね?」


「その上げ足取るようなの良くないぞホント」


「ふふっ」


 彼女は小さく笑いながら体育館の壁際まで歩いていく。そしてそのまま体育すわりで腰かけ、ポンポンと隣を手で叩いた。僕は小さくため息を吐き、彼女の隣に座る。


「お前、種目説明会に参加してたんだな」


「個人種目は挙手制って聞いてたからね。変に休んで、やりたくもない種目参加になるのは嫌だし」


 ああ、確かに。団体種目とか向いてなさそうだもんなこいつ。しかし……


「てっきり体育祭自体を休むもんかと」


「うーん、面倒なのはそうなんだけど何事も経験って言うじゃない?面白いの見れるかもしれないし。公開告白して失敗とか是非一度生で見てみたいよね」


「人の心はねえのか」


「そこになければないですねー」


「100均の店員やめろ」


 在庫調べろ在庫。あと語尾伸ばすな。そういえば、あの返しするならせめて申し訳なさそうな表情しろと思うのは我儘だろうか。いや、店員が悪いわけじゃないんだけど……


「そういえば君はどの種目に出るの?」


「男子全体の騎馬戦と短距離走だけ。少ない部類だな。そっちは?」


「えー、内緒。当日のお楽しみってことでどうよ」


「別に楽しみにするほどのもんでもないと思ったが言わないでおこう」


「出てる出てる」


 時折冗談を交えながら、彼女との会話は続く。


「私からすれば、君が運動会に積極的な方が驚きだよ」


「え?」


「だって、この前の教室の空気からすると青春謳歌!って状況じゃないでしょ?行事の一つや二つ休もうと思っても不自然じゃないなぁと」


「……」


 そういえば、あれだけ苦痛に感じてた学校生活だったのに行事どころか学校そのものを休もうと考えたことはなかった。休もうとすら思わない、これが日本の社畜精神だろうか。


「私に会えるかもって実は期待してたりしてー」


「……ああ、ごめん。聞いてなかった。なんだって?」


「難聴系主人公になろうなんて100年早い」


 そういや最近見ないな難聴系。一時期はよく見かけたもんだが……100年経ったら『難聴系ってなーに?』って子どもから聞かれてジェネレーションギャップを感じるに違いない。いやそもそもそんなに生きない気がする。人生100年時代とかいまだに信じられないんだよなあ。


 そんな風に思考を紛らわせ、彼女の発言から目を逸らす。期待していたという図星に恥ずかしさを覚えながら。

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