第3話ー8 腹の中

 

「おーい、おい。無事かルビィ」

「……」

 

 姫様抱っこスタイルで抱きかかえたルビィよ反応が無いので、俺は胸元を開く事にした。


「――そこは――そんなやったら――なんでやね、痛ッ」

 

 急に飛び起きるルビィ。その拍子に顔を覗き込んでいた俺の胸元にぶつかる。

 

「イッタ――あ、ヨーイチ君やん…………まだウチは夢見とんかな」

 

 鎧の胸元を開き、その中身が空っぽの代わりに触手みたいなケーブルがウネウネしているその姿が、どう写ったのか。

 

「ヨーイチ君の姿をした魔物か! それとも中身が食われたのか!?」

「ちょ、ちょっと待った! これは、その説明するから!」


 説明した。


「なんやその、けったいなやな。動いとる鎧の魔物は知っとるけど、人間みたいに会話も出来るとか知らんよ」

「魔物じゃなくて、一応魂は人間なんだよ」

「ふーん……まぁいっか。ウチの事を助けに来てくれたし、些細な事は気にせん事にするわ」

「些細な……」

「いやこの状況考えたら些細やろ」

 

 そう言われ辺りを見渡す。

 魔力の光源に照らされたそこは、坑道の中みたいに薄暗く、そして広い。地面や壁は一見、岩のようだがドクンドクン――と脈打っている。

 

「ここは、あの化物のハラん中か」

「その通りでゴザル」

「うわっびっくりした!?」

 

 俺の前に現れたのは、忍者である。

 

「なんやお前! 誰や!」

「この人は忍者のヤスオさんだ」

「某は先程、主らの前でこのクイーンマインに喰われたマヌケでゴザル……」

「――あー。居たなぁそんなの」

「俺がここへ来た時に、ここの危険性を教えてくれたんだ」

「危険性?」

「そうでゴザル。まずはコレをご覧頂きたい」

 

 ヤスオは黒い短剣――つまりクナイを1本、地面に落とす。

 するとクナイは地面に刺さらず、そのままドロドロと溶けて――地面に染み込んでいった。

 

「怖ッ!?」

「岩や鉄みたいな無機なるモノ、動物の革など生き物の製品も同様になるでゴザル」

「じゃあなんで、ヤスオは大丈夫なん?」

「どういうワケか植物由来のモノは吸収できないでゴザル。あと、魔力纏オーラでガードしても同様でゴザル」

 

 そう言ってワラを編んで作られた草履を見せる。

 俺も足にオーラを集中させている状態だ。

 

「ヨーイチ殿。調査の結果……出口は無さそうでゴザル」

「そうか……」

「生き物であれば食べた物は次の消化器官に送られるでゴザルが、コイツは見ての通り直接溶かして吸収する。つまり、排便はしないでゴザル」

「俺らが落ちて来た穴も塞がってるよな」

「ヨーイチ殿達が落ちてくる前に某も脱出を試みたでゴザルが、弁のようなものでコチラからは出られなかったでゴザル……」

「そしてニンジツをこの壁に叩き込んだでゴザルが……」

「ダメだったか」

「傷が少し付いた程度で、それもすぐに直ったでゴザル」

 

 足裏からオーラが、少しずつ地面へ吸い込まれている感覚がある。

 この内壁は魔力も吸収するのだろう。他に比べると吸収は鈍いようだが。

 

「――万事休す、か」



  ◇◆◇◆◇◆◇




「へー。クーロン国には忍者の里があるんだな」

「あった……というのが正しいでゴザル」

 

 その辺に落ちていた枯れた大木に腰掛け、俺はヤスオと世間話――もとい情報収集をしていた。

 

「かつてはエルフの森と呼ばれていた場所で、そこでは魔王軍との戦いの為に異界から勇者を召喚する研究がされていたでゴザル」


 ただの召喚ではなく、異世界から人間1人の召喚となると膨大な魔力が必要らしく、魔力容量が人種族の中でダントツ1位のエルフが主導して行っていたらしい。

 

「異世界から召喚された英雄は自身をニン者と名乗り、その知識と技術とエルフ達に教え――いつしかエルフの森はニン者の里となっていたでゴザル」

「うーん。確かに山奥とか森の隠れ里に住んでいて、魔法みたいな術を使えるし、手先も器用。弓などの武器も扱いが上手い――確かにエルフに近いものがあるかも」

「しかし近年、魔王軍との戦いが終結してしまい、収入源であった依頼は冒険者に回される事が増え――」

「解散したとか?」

「おいでよニン者の森、というテーマパークに生まれ変わったでゴザル」

「えっ」


 その微妙に如何わしい名前に思わず声が漏れる。


「外部と拘りを持たぬような古来からの生き方は古い、危険な仕事はしたくないという若者が増え……さらにニン者の長までがその考えを支持するようになり――結果、一部は頭領みたいに外へ出て独立する者が出たでゴザル」

「という事はヤスオさんもエルフ?」

「もちろんでゴザル」

 

 装束の隙間から長耳が飛び出す。

 

「と言っても純血ではなく……祖先からしてノーマンとエルフのハーフでゴザルし、他の強い他種族との交わりを繰り返してきた、言わば雑血エルフでゴザル」

「なるほどなぁ」

「2人共……呑気やな……」

 

 俺の後ろで丸くなり座っていたルビィがボヤいた。

 いつもの覇気は無く、ただでさえ小さな身体がより小さく見える。

 

「ウチはもう、元気のうなったわ」

「どうしたんだよルビィ。お前らしくもない」

「ヨーイチ殿。もしかしたらルビィ殿は、エレメントが減っているかもしれないでゴザル」

「エレメントって属性魔力だっけ」

 

 図書館で調べたり、あとはステラから聞いた。

 この世界の人間は生まれながらに1つか2つのエレメントと縁があるという。

 ステラの場合は火――それらを用いて魔法を使うのだという。縁のあるエレメントは簡単な魔法なら呪文を唱えなくても発動できる。

 仮に縁の無いエレメントでも、その属性の魔鉱石や宝石を身に付けることで同様に魔法が使えるが、そこまで便利にはならないらしい。

 

「この化物は土のエレメントを吸い込んだ。という事はこの壁は土のエレメントに限定して今も吸い込んでいるのでは!?」


 ルビィの衰弱具合を見ると、その仮説は正しいのかもしれない。

 

「体内のエレメントが無くなる――というのは聞いたこと無いでゴザルが、今のルビィ殿の様子を見ると……」

「なんか、力が抜けてく感じがする……魔力も少ななってんかも」

「これは世間話なんかしてる場合じゃないな」

「同感でゴザル。しかしどうするでゴザル?」

「こうする」

 

 俺は胸元を開放し、ルビィを中へ入れる。

 

『搭乗者を確認――ルビィを登録しました。魔力が減少している為、供給は停止します。操作は?』

 

「とりあえず俺だ」

 

『了解。ヨーイチの操作を継続します』

 

「ルビィの祝福ギフトを確認してくれ」

 

『了解……完了しました。彼女の祝福ギフトは――』



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