欠けた色と他の色の組み合わせ

kar1neko

第1章「 瓦解する日常(前編)」

 今日も、何の変哲もない日が始まる。

 だんだん残暑特有の蒸し暑さもなくなり、冬に入っていく。

 私焚 碧海そよぎ あおいは今日も見慣れた道を通ってこの辺りで2,3番目に大きい高校へと歩いていく。

 この辺りはあまり治安がよくない方だが、流石に朝となると静まり返っている。

 転校したことによってがらりと風景が変わったとはいえ、2か月もすれば流石に飽きてくる。なにか非日常的な出来事は起きないだろうか。

 そんなことを考えながら歩いていると、誰もいない公園のベンチにただ一人座っている女の子を見つけた。

 これもまた同じ日常。昨日と全く同じだ。

「有珠、おはよ。」

 笑い方を忘れたような顔をして座っている女の子は草薙 有珠くさなぎ ありす

 俗にいう「親友」ほどではないが、一緒に登下校するほどには仲がいい。

 なぜ話もしないのにそこまでの関係になったか、と聞かれればよくわからないと答えるしかない。なにか気が合ったのだ。

 だいぶ曖昧な回答だが、それは有珠も同じであるはず。雰囲気のようなものが似通っているのだと勝手な解釈をしている。

「おはよ。」

 そう言って有珠が立ち上がる。

 挨拶の後二人とも何も話さずに見飽きた道を進んでいく。

 もともと二人は会話があまり得意ではない。決して話せないというわけではないが、わざわざ自ら話しかけることをしないだけだ。

 だから学校ではあまり『話せる友達』というのがいない。

 いつも通りの時間に学校に着き、誰とも話さずにいつもの席に座る。

 朝のホームルームが終わり、授業が始まる。

 時間が経てば当たり前のように終わっていく。

 授業を聞き流しながら学校の外を見てぼーっとしているとあっという間に下校時刻が近づいてくる。

 部活は入っていない。理由はわかるだろう。コミュニケーションが取れなければ部活動として成立しない。

 校門の近くで有珠と合流し、二人で下校する。

 季節が冬に近づいているせいか、もう空がオレンジがかっている。

 また同じような日常が繰り返されるのかと思うと少し憂鬱になってしまう。

 朝合流した公園に着いた。

「じゃ。」

「ん。」

 ここで有珠と別れる。

 そして碧海は再び帰路につく。

 家に着き、ポケットから家の鍵を出し、開ける。

「ただいま。」

 誰もいない薄暗くなった家に向かって細い声で言う。

 親は私が幼いときに他界してしまっている。その後、小学校を卒業するまでは足腰が不自由な祖父母のとこで生活していたが、祖父母の家から中学校までは6,7kmちかくある。

 さすがにその距離を毎日登下校するのは大変だろうということで深禽と一緒にアパートの一室を借りて生活している。

 深禽は、というと、一日中仕事でいろいろなところを回っている。大体1日で帰ってくるが、少し遠方に行くとなると2,3日は帰ってこない。

 数日家を空けることになると事前に私に教えてくれる。そのおかげである程度安心して生活ができる。

 なので一日の大体は一人で生活する。自分でご飯を作り、自分で風呂を沸かす。自分で洗濯をし、一人で寝る。

 ある意味何にも縛られない自由な生活を送っている。この生活に特に不満は持っていない。

 一通り家事を終わらせ碧海が寝ようとしたとき、家のドアの鍵を開ける音がした。

 深禽だった。

 深禽が私たちがいつも寝ている寝室に顔をのぞかせる。

「あっ、起こしちゃった?ごめんね!」

「ううん、大丈夫だよ。おかえり、お疲れ様。今日も作ってあるから温めて食べてね。」

 ちょうど1か月前くらいからこの生活にも慣れ、深禽の分の晩御飯も作るようになった。

「ほんと!?いつもありがとうね。いただきます。」

「全然大丈夫。このくらいもう習慣の1つだよ。最近また帰ってくるの遅くなったよね。お姉ちゃんも無理しすぎないでね。」

「心配してくれてありがと、でもまだ大丈夫!碧海も前みたいに我慢しすぎないでね。もう遅いから早く寝なね。おやすみ。」

「わかってる、もう我慢しない。おやすみ。」

 今のところ私にとって唯一気軽に話せる相手といえば碧海の実姉である梵 深禽そよぎ みどりだろう。

 碧海は中学1年のころ口下手な性格が災いし、いじめられていた。

 相談できる相手もおらず、学校へ向かうと気持ち悪くなってしまい、近くの公園のトイレで朝食べたものを戻してしまうということが起きるまで悪化していた。

 たまたま碧海の忘れ物に気づき、後ろから追っていた深禽が異変に気付き、話を聞いてくれた。

 最初は抵抗があったが、急かさずにゆっくり話を聞いてくれる深禽に段々と心を開いていき、最終的に転校をするという判断をしてくれた。

 深禽に気づいてもらえていなかったら私は自殺していたかもしれない。

 要するに命の恩人に近いものだ。

 リビングの方から深禽がご飯を食べたりする物音がする。

 いつもなら寝るときに他の音がするとうるさいとしか感じないが、この音は全然違う。

 安心感が増す音だ。

 碧海はこの音を聞きながら寝入っていった。


 翌日。

 カーテンから漏れる日の光で目が覚めた。

 時刻は午前7:30。

 いつもより1時間遅い。

 昨日はアラームをかけないまま寝てしまった。

 ここから学校まではゆっくり歩いて45分くらい。学校の始業時刻は8:30なので走らなければいけないわけでもない。

 でも有珠がいつもの公園で待っている。少し急がなければ。

 いつもならちゃんと卵焼きなどを焼いてゆっくり食べるのだが、今日はそんな時間はない。

 深禽はもう家を出ているので後のことは考えなくていい。

 汚れた皿などは今は水につけておくだけにして学校から帰ってきた時に洗おう。

 そう考えて碧海は食パン1枚だけを食べて家を出発する。

 少し早歩きで有珠がいる公園に向かう。

 今日は座らずに立って待っていた。

「おはよ。」

 いつも通り挨拶をする。

「おはよ。」

 いつも通りの返事をされる。

 二人とも何も話さずに学校へ歩き出す。

 歩き出して大体5分後くらいに、

 「...今日、寝坊したの?」

 と、有珠が口を開いた。

「えっ...うん。今日はいつもより遅く起きちゃって。」

 よく気付いたな、という有珠の異常な勘の強さに対する少しの恐怖と珍しく登校中に会話をした、という驚きの2つの感情で困惑していると、

「なんか、私のことを考えて急いできたって感じする。」

「雰囲気でそんなことわかるの?」

「なんか、そんな感じがした。ただの勘。」

「まぁ、あってるけど。今日アラーム掛けるの忘れちゃったんだよね。」

「そうなんだ。」

 今日の会話はこれで終わりだった。

 でも一緒に登下校をし始めた有珠と2か月で会話をしたのは片手で数えられるくらいだ。

 でも非日常を求めていた私にとって、少しの刺激になった。

 学校に着いた後は特に何も起こらず、ごく普通の日常に戻った。

 普通に授業が始まり、終わっていく。それを6回繰り返すだけで学校は終わる。

 また有珠といつもの公園で別れた。

 道中、歩いているとなにか近くに自分以外の誰かが居る気がした。

 こんな時間にこの道を歩く人はあまりいない。

 なぜならここは家しかないからだ。家があると言っても7,8割はもう

 対象が自分でないことを祈りつつも、いつもより少し早歩きで家に帰る。

 家に着いたあとすぐに鍵を閉める。

「ただいま。」

 返事はない。

 今日はいつもより難易度の高い料理をしてみようか。

 そう思いを巡らしながら冷蔵庫を見たがあまり食材が残っていなかった。

 今日はなにか買いに行かなければならなさそうだ。

 近くのスーパーに行くことにした。

 今ある食材で晩御飯を作れないことはないが、スーパーは遠くないから大丈夫だろう。

 マイバッグとお金を持つ。

 外に出ると一段と冷たくなった風を体全体で感じた。夏の面影はもうすっかりなくなっている。

 寒さから逃げるように小走りで最寄りのスーパーへ向かう。

 スーパーはここからだいたい1kmくらいだ。

 走れば10分弱でつく。

 店に入るとこたつの中に入ったような暖かみを感じる。

 寒さで強張った体をほぐしながら商品をかごに入れ始める。

 深禽も体を冷やして家に帰ってくるだろう。肉じゃがでも作ってみようか。

 一通り買うべきものを揃え、レジに向かう。

「ありがとうございました!」

 お金を払い、スーパーを出る。

 暖房によって守られていた体が一瞬にして寒さに包まれる。

 身を震わせ、また小走りに家に帰る。

「ただいま。」

 また誰もいない家に向かって言う。 

 さっき買ってきたものを使いつつ、携帯でレシピを見ながら肉じゃがを作ってみる。

 やはり『煮る』というのは難しい。

 早ければ食感は固くなってしまうし、遅ければ崩れてしまう。

 

 まぁ、初めてにしては上手いほうではないだろうか。

 自分で自分を励ましながら晩御飯を一人で食べる。

 その後風呂に入り、布団に入った。

 今日は碧海が寝るまでに深禽が帰ってくることはなかった。

 

 次の朝。

 今日は寝坊せずに起きれた。

 洗面所で顔を洗い、自分の朝食を作るために台所へ行く。

 いつも深禽が朝食を食べるときに使った皿がシンクに置いてあるのだが今日はそれがなかった。

 昨日は帰ってこなかったのだろうか。

 なにか違和感を感じる。

 携帯に入れてあるSNSを見たが深禽から新着メールは入っていなかった。

 数日家を空けるなら必ず事前に連絡をくれたのだが昨日はそれがない。

 碧海の心の中で段々不安と恐怖が積み重なっていく。

 なにか急遽仕事が入ってしまったか何かだろう。

 そう信じて有珠がいる公園へと向かった。

「おはよ。」

「ん、おはよ。」

 また有珠に何か勘づかれるかと怯えていたが、何も起こらなかった。

 気づかれないように隠していたのもあったのだろうが、流石に全てに勘が働くというわけではないらしい。

 そんなことを考えているうちに授業が始まる。

 1限目は社会だ。

 テスト範囲のワークにある覚えるところを覚えればテストで点数はとれる。

 しかしノート提出による評価がある。それが一番めんどくさい。

 なぜちゃんと板書しているか確認するのか。意味が分からない。

 そんな不満を覚えながら授業を聞き流していく。

 

 ――今日も今日とて長い学校が終わった。

 帰ったら深禽が帰ってきているかもしれない。

 はやる気持ちを抑えながら有珠と下校する。

「碧海、少し歩くの早い。昨日やっぱりなんかあった?」

「...え。」

「もしかして、朝から気づいてた?」

 碧海が有珠の顔に目を向ける。

 有珠も碧海を見ていた。

「もちろん。朝はなにかに思い詰めてる感じだった。今はなにかに期待してる?」

「よくわかるね...」

「聞くよ。いつでも。」

「ありがと。でも今はいいかな。」

「...そっか。」

 有珠が地面に目を向ける。有珠が少し悲しそうに見える。

 有珠は碧海に頼ってほしいようだ。今までそんな様子を見せたことはなかった。

 有珠にも少し可愛いところもあるんだ。意外。

 自然と笑顔になる。

 それ以降は特になにも変わらず黙って歩いていた。

 公園の近くで別れる。

「じゃあね。」

「じゃ。」

 そうやって碧海はまた自分の家へと向かう。

 「ただいま。お姉ちゃん帰ってる?」

 言葉の端に期待を含ませながら少し大きな声で言う。

 しかし返事が返ってくることはなかった。

 冷蔵庫の中に入れておいた肉じゃがもそのままだった。

 事前の連絡がなかったことを除けば一日家を空けることくらい何回もあった。

 逆に夕方に帰ってくることの方が少なかったくらいだ。

 そうやって自分を信じ込ませるように心を落ち着かせて、家事を始める。

 今日は特に家の中が静かに感じた。

 一人静かに食事をする。

 寝るときも深禽は帰ってこない。

 碧海は深禽にメッセージを送ってから寝ようと考えた。

 今までは仕事の邪魔をしては悪いと思い、避けていた。

 深禽の安否を知りたい、というのももちろんあるが、碧海が自分の心を落ち着かせたいという気持ちが大きかった。

『お姉ちゃん、大丈夫?』

 とメッセージを送り碧海は眠りについた。

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