眠れる王女と眠れない王子

維社頭 影浪

眠れる王女と眠れない王子

コツコツと控えめな足音が近づいてくる。

今夜も彼がやってきたようだ。


「こんばんわ」


優しい声。

同じように優しい瞳はきっと私を見ている。


「今日はね、新月だよ」


そういえばもうすぐ新月だと言っていたか。


「満月の夜は明るいし、気が楽だ。でも、新月は何もない。宴だって新月にはしないだろ??」


そう私に語りかける。

確かに私の記憶上もそうだったような気がする。

あのときは新月と満月の違いなんて考えたこともなかったけども。


「はぁー」


どさっとくぐもった音が聞こえた。

彼は今日どうだったんだろう。


「今日は疲れたよ。少しでいいから眠りたい」


じゃぁ眠ればいいじゃない。

彼のことを知っていながら私はそう思った。

彼はそうやってわざとらしく言うところがある。


「今日はね、魔女の城に行ってきたんだよ」


彼の言葉には抑揚がない。疲れているのは確からしい。


「まだ魔女の残党が残っていたから。あんまり聞き分けのいい人たちじゃなかった。今日は扉全部を閉めて、城からでれないようにしてきたよ」


多分、そこに至るまでが大変だったのだろう。

私の父の兵を連れているだろうから、魔女を倒したものの、私を目覚めさせることができなかった彼は、少なからず反感を買っている。

それは彼らが彼のことを知らないからだし、彼が彼らに言わないからだ。


「あー寝たい」


始まった。

彼はこうやって同じところを堂々巡り。


「君はいつも眠れていいよなぁ・・・」


そんなことはない。

こうやって起きている時だってあるのに。

彼が知らないだけだ。


「意識はあってもいいから、体を休めることができればいいのに・・・」


意識があるのに体が動かせない、話せないというのはつらい。

いっそ意識がなければいいのに。


「でも周りはみんな心配している。君を育てた乳母達がね」


彼も含め、皆私が意識なく眠っていると思っている。

でも実際は、本当の意味で寝ているのは数時間。

もちろん自分でコントロールすることはできない。

だから、少しずつ起きる時間がずれてきている。

彼が来る時間に意識があるようになったのもここ数日の話だ。


彼は私と逆。

私が眠り続ける呪いをかけられたのに対し、彼は眠れない呪いをかけられた。

呪われた私を助けるために魔女と戦い、勝った彼に魔女は死ぬ間際に呪いを掛けた。

そのせいで、彼は眠ることができなくなった。

横になり目を閉じると、体がむずむずするらしい。

足から始まり、手、腹、胸、頭。虫が髪の間をすり抜ける感じがするらしい。

動き続けたり、立つ、座ると楽になると言っていた。


そんな彼は夜が苦手になった。

周りのみんなが寝てしまう夜。

だんだん眠れないつらさがわかったらしい。

そんな彼は私のところにくるようになったようだ。


同じ魔女に呪いをかけられた私のところに。


それならさっさとキスをしてくれれば呪いが解けるというのに。

まさかそれを知らないのだろうか。

それとも魔女を打ち倒したというわりには勇気がないだけなのだろうか。


「夜は長い・・・君にはこの気持ちがわからないんだろうね」


それはお互い様だ。

私は動けない。こんなにもたくさんのことを思っても、何一つ伝えることはできない。

目を見ることも。

誰かが私の瞳を開いてくれないとかなわない。

1日1回、医者の顔とまぶしい光しか見ない。


暖かい手が私の手を握った。

今だって握り返すことはできない。

これならいっそ寝てしまったら楽なのに。

何度そう思ったことか。

でも意識は落ちない。


「でもなぜだろうね、君の部屋にいると落ち着くんだ」


彼も一国の王子だ。

夜も命令一つで人を何人も呼び寄せて暇つぶしできるだろうというのに。


「周りの皆がね、君にキスをすれば生き返ると言うんだ」


何だ、きいていたのか。


「いくら君がきれいだからって、突然そんなことはできないさ。できれば、君が起きてからがいい。でも、君が起きれば私の呪いも解けるんじゃないかとも思うんだ」


それは知らない。

でも私の許可はいいから早く解いてほしい、この呪いを。

まぁただ彼がそれだけ優しいと言うことだろう。

ならばなおさら。

なおさらキスぐらいしてほしい。


あとは彼の顔さえ普通以上であれば結婚となるだろう。

一国の王子だ。

それなりの顔であってほしい。


「はぁ」


手が持ち上がって、彼の吐息らしい風が私の甲に当たった。


「どうすればいいかわからない・・・」


夜は人の心の深層まで明るみにする。

多分、夜の暗闇と心の暗闇が同化するからだ。

そこが見えやすくなる。


いつも張っている防御が簡単に透けてくるのか、本人がさらしてもいい気持ちになるのだと思う。


「そこで考えたのは」


彼の何かが甲に当たった。

多分唇だ。言葉と共に動いている。


「魔女の残党に区切りをつけたらキスをしようかと思う。君が目覚めた時に君を邪魔するモノをなくすために。それが王子としての私の役目だ」


私のことを認めてくれる可能性が高くなるしね、と囁く。

目覚めたら褒めてやろう、認めてあげよう。

私はそう思った。


「うーん。君を目覚めさせてたら、私の呪いも解けるような気がしてきたな」


彼の手が優しく私の胸へと手を戻す。


「明日もまた出かけるだろうしね。少し準備をしてくるよ」


彼にしては珍しい。

もう出て行くのか。

いつもは朝日が出た、というところまでいるのに。


「おやすみ眠り姫、っともう寝てるけど」


こぼして落ちた笑いを私の部屋に残し、彼は出て行った。

そうだな、寝よう、と私は思った。


次に意識が戻った時は彼と喋れるかもしれない。

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