アイリッシュ

諏訪彼方

プロローグ

 私は、作り続けなくてはならない。私は歌い続けなくてはならない。誰かを繋ぎ止められるような曲を。音楽を。メロディーを。


 良かれと思ってやったことが最悪の結果の齎すことだってある。取り返しのつかない事態を巻き起こすことはある。


 ※ ※ ※

1年ほど前のこと


「先輩っ!」

 

 マンションの一室、とある階の先輩が住む部屋のバルコニーで、私は絶望的な表情を浮かべながら声を張り上げた。止とめなければと、人生で一番の大声を出した。

 

 

「ちゃんと来たんだね、逢花あいか

 

 バルコニーのフェンスの、その外側に、1人の少女が立っていた。私は、部室に残されていた私宛の手紙。それに導かれてここに来た。

 先輩はフェンスの外側。つまり、彼女が飛び降りる気ならばいつでも飛び降りれる、そんな場所にいる。

 

 

「ねぇ、逢花どうして私がこんなことをしてるか、分かる?」

「…くっ、先輩!止めて!戻ってきて!」

「それ以上近寄らないでね。後一歩でも私に近づいたら、私はここから飛び降りるから。分かると思うけど、脅しじゃないからね」

「……っ」

 その発言が本気で本心からの物だなんてこと、一瞬で分かった。それが分かるくらいには私たちはかけがえのない仲間で、深い関係を築いていた。


「ねぇ、逢花。どうして私がこんなことをしてるか、分かる?」

 先輩はもう1度、同じ質問を投げかけてきた。

 『どうして私がこんなことをしてるか、分かる?』

 「それは、」

 

 何も言えない。

 それ以上の言葉を紡げなかった。

 

「ねぇ、逢花、私は、あなたの作ったあの曲たち、全部好きだよ?」

「……先輩?」

「聞いてると幸せな気分になれるし、満たされた気持ちになれたからさ。……ほんと、大好き。でも、さ。逢花の曲は、素人の人間が作れる曲じゃ、ないよ?」

「え、なに、を……何を、言…」

「逢花は私を軽々と超えていったんだよ?」

 

 凡人が努力したところで決して天才には届かないと分かってしまったのだ。先輩と逢花に呼ばれるこの少女は。自分は一生、この悔しさを忘れられないで引きずって生きるしかないのだということを。

 

 少女も逢花も演劇部に所属していた。本来、少女が演劇に使用する曲作りを担当していた。ただ、今回少女は冠婚葬祭の都合で数日休んだ。そのたった数日で、他の部員に頼まれた素人のはずの逢花が劇中音楽を全て代わりに作ってしまった。しかも、素晴らしいクオリティのものを。


「……ほんと、何だったんだろうね?私の今までやってきたことって。ほんと、演劇に費やしてきたこの日々は、なんだったのかな」

「わたしの、わたしのせい…ですか…?」

「ううん、違うよ。違うんだよ、逢花が悪いんじゃないよ」




「……逢花のその才能が悪い」

「……っ!」

「作り続けるといいよ。いや、曲を作り続けなきゃいけないよ。たとえ拒んだって、私はあなたをそうさせるから」

そう言って、少女は空に身を投げた。

 逢花の視界から少女がいなくなり、やがてかなり大きな衝突音が響いた。



 ※ ※ ※

 その日から、私は取り憑かれたように曲を作っては、SNSに投稿する日々を過ごすようになった。演劇部も辞め、極力誰とも関わらないようにして、ただただ曲を作り続けてきた。




 

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