39:軽薄な公爵令息様に「絶対君を虜にしてみせるから」と甘やかされて困ってます

「どう? 俺のこと、そろそろ好きになってくれたでしょ?」

「迷惑です。ふざけるのも大概にしてくださいっ!」


 スプーンでデザートを『あーん』されながら、私はいやいやと首を振る。


 「嫌がっているようには見えないけど」と揶揄うように意地悪く笑うニルス様。その美しさに目を焼かれそうになったがこらえた。


 これをおとなしく受け入れ、絆されるわけにはいかない。

 たとえすでに手遅れだとしても――。


  ◆


 名門公爵家の嫡男にして女好きの放蕩息子。そんな悪評を持つニルス様に目をつけられてから、しばらく経つ。

 彼に執着されるきっかけは、とある夜会での出来事だ。


『俺と一緒に踊らない?』


 当たり前のように誘われたのを、私はバッサリ切り捨てた。


『お断りします』

『そう言わずにさぁ。君みたいな可愛い子が壁の花なんててもったいない』

『私は壁の花で構いません』


 初対面なのに口説いてくる彼の軽薄な態度が気に食わず、塩対応をしたのだ。


 でもニルス様は首を縦に振らないどころか、他の令嬢と違って簡単に靡かない私が面白いとかで『絶対君のことを虜にして見せるから』などと言い出す始末。

 そしてニルス様からの溺愛が始まり、今に至る。


 大勢いた遊び相手の令嬢は、いつしか彼の周りから消えていた。


「いい加減、踊るくらい許してくれてもいいんじゃない?」

「ダメです。私、貴方のことが嫌いなので」


 触れ合いそうな距離。耳元で囁かれる心地のいい声。胸がキュンキュン高鳴り、意識せずにはいられない。

 それでも私は「嫌い」と繰り返す。


 拒絶し続けなければきっと好きになってしまう。

 それだけは避けたかった。


  ◆


「ニルス様、お願いです。もう、終わりにしてください」


 そう頼み込んだのは、ニルス様に絡まれ始めて半年になる頃だった。


「嫌だけど。なんで?」

「――私、もうじき売り飛ばされるんです」


 没落間近の子爵家の娘である私は、身売り同然の結婚が決まっていた。

 嗜虐趣味があると噂の伯爵様の後妻として嫁ぐ。嫌だが拒否権はない。


 人妻になるのだから、ニルス様の遊びには付き合っていられなくなる。

 覚悟を決めて別れを切り出した……のに。


「ねえ、それ、俺じゃダメなの?」

「えっ」

「別にその伯爵を愛してるわけじゃないでしょ? 同じ嫌いな相手なら、俺を選べよ」


 ニルス様の両手が、私の肩を優しく引き寄せる。


「で、でも……」

「俺がなんとかする。だから、俺に任せて。こう見えても本気で君を気に入ってるんだ」


 そんな馬鹿な。

 そう思うけれど、ニルス様の瞳から嘘を感じられなくて。


 気づけば私は頷いていた。


  ◆


 ニルス様の動きは早かった。

 私が嫁ぐはずだった伯爵を、前妻に虐待と殺害をおこなっていたとして摘発、監獄送りにしたあと、私に縁談を持ちかけてきた。

 大量の支援金付きで。


 両親は大喜びで飛びついた。

 かくして私はニルス様の婚約者、不相応ながら未来の公爵夫人となったのである。


 婚約者として参加した初めての夜会で、私たちは手を取り合って踊った。


「ところでさ。俺のこと、好きになってくれたよね?」


 向けられるのは満面の笑顔と曇りなき眼。私の胸に想いがあると信じて疑っていない顔だ。

 そんな顔をするのは本当にずるいと思う。


「……大好き、です。自覚しまいとしていただけで、簡単に虜にさせられた雑魚ですよ私は。これで気は済みましたか!?」


 今まで我慢していた分、勢いよく本音が出た。


 言ってしまってから、かぁぁっと頬が赤らむ。

 さらにニルス様に「嬉しいな」と頭を撫でられ、羞恥心でどうにかなりそうだ。


 それでも私の胸は、どうしようもなくときめいてしまう。

 ニルス様の顔面が迫り、互いの唇を重ね合わせる瞬間も、ただただ嬉しかった。


 だって、もはや拒む理由など何もないのだから。

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