32:また


 小学生の頃、怪我をして近くの病院に入院する機会があった。その時に同じ病室にいた同い年くらいの少女を、僕は今でも忘れられない。


 彼女は治療が難しい病気らしく、長いこと入院しているとのことだ。僕は隣のベッドから、毎日彼女に話しかけた。学校や塾の話を、彼女は楽しそうに聞いてくれる。

 そのうち僕は退院することになるが、彼女の退院にはまだ時間がかかるらしい。

「また来てくれる?」

と彼女が言うので、

「また来るよ」

と言って病室を後にした。


 それから、時間があれば彼女のお見舞いに行った。帰るときには必ず、

「それじゃ、また」

と言って次に会う約束をする。進級するにつれ勉強や遊びでなかなか会えなくなるが、週末は会うようにしていた。いつのまにか、僕の人生にはいつも彼女がいるようになった。

 しかし、彼女の病状は悪化していく一方で、お見舞いに行っても寝ている時が多くなり、とうとうお見舞いも断られるようになった。

 そして、僕が六年生になったとき、彼女は亡くなった。僕がそれを知ったのは三日後のことだった。ある土曜日に彼女の両親がわざわざ僕の家に来てくれて、彼女の実家につれていってくれた。そこで初めて知ったのだ。

 遺影の彼女はいつものように笑っていた。それをみていると、彼女が亡くなった実感が沸かず、不思議と涙は出なかった。


 彼女が亡くなってから、僕は彼女の両親にお願いして線香をあげさせてもらうことになった。中学生になり部活が忙しくなったが、月に一回は彼女の実家に行くようになった。


 高校に入っても彼女の実家に行っていたのだが、二年生の時に同級生に告白をされた。彼女のことが未だに心に残っていたが、忘れられるいい機会になるかもしれないと思い、告白を受け入れた。人生で初の恋人ができた。

 自分のことを好きになってくれた恋人のことは大切にしていたが、いつまでも彼女のことは忘れられなかった。このままでは恋人にも失礼だと思い、別れる覚悟で彼女の話をすることにした。

 小学生の時に病院で出会ったこと、話しているうちに好きになったこと、今でも彼女の実家に線香をあげに行っていること。恋人は不機嫌な顔をすることなく、だまって聞いていた。

「君のことは大切に思ってる。でも、彼女のことが未だに忘れられない。僕はこれからどうすればいいかわからない」

 もしかしたら別れを切り出されるかもしれない、と泣きそうになっていた時、恋人は口を開いた。

「そんなに大切な人なら、忘れなくていいんじゃないかな。それでも私のことは大切に思ってくれてるんでしょ?」

 その言葉を聞き、僕は突然恐怖を覚えた。彼女はもうこの世にはいない。さらに、恋人まで失ってしまったら……

 今まで感じたことがなかった喪失感に、僕は無意識に震えだした。

「お願いだから、君はどこにも行かないで!」

 気がつけば、僕は泣きながら恋人に懇願していた。

「……私はどこにも行かないよ」

 恋人は優しく僕を抱き締めてくれた。


 それ以降、僕は恋人を悲しませないように頑張った。勉強にも部活にも、恋愛にも手をぬかなかった。恋人に配慮して、彼女のところには命日に墓参りするだけにとどまった。

 そして、お互い就職し、落ち着いた頃に結婚した。今では妻も、一緒に墓参りをしてくれる。理解のある妻と、心の中の彼女の存在が、今の僕を幸せにしてくれた。


 墓参りの後も、僕は「それじゃ、また」と言って彼女と別れる。


 僕は未だに、彼女に“また“をしている。


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