20:ひいらぎの詩
「俺、
お向かいに住む年下の男の子は、大学進学を控えた私にそう告白してきた。
「
まっすぐ偽りなく見つめてくる柊ちゃんに、言葉が詰まる。
卒業の雰囲気に当てられているのかもしれない。住み慣れた地元を離れることに寂しさを感じているのかもしれない。
中学を卒業したばかりの幼なじみの、幼かった瞳にはじめて異性を感じて戸惑ったのかもしれない。
落ちそうになった涙を見られたくなくて、私は思わず逃げてしまった。
柊ちゃんの、めずらしく大きな声が私の背中を追う。
「大人になって、また告白しにいくから!」
気持ちの整理がつかないまま地元を離れた私は、目まぐるしい生活の中でようやく落ち着きを取り戻していった。
柊ちゃんから届いた手紙に目を通しながら、懐かしさとむず痒さに笑みをもらす。
「昔の話ばっかり」
名前なんてこれまで呼ばれたこともなかった。
柊ちゃんの中の私は「姉ちゃん」でしかなくて、異性として見られていたなんてこれっぽっちも思ったことなんかなくて。
人見知りではないけれど友達付き合いの悪い柊ちゃんの、数少ない気心置けるお姉さんでいたつもりだったのに。
「わかるわけないよ、柊ちゃん」
私達の昔話が綴られた手紙には、柊ちゃん目線で見えた私のことばかりが書かれていた。
「しゃべるのは苦手なくせに」
そんなこと思ってたの? と恥ずかしくなりながらも、なんだか気持ちはあたたかかった。
いつだったか、あまりにも友達付き合いの悪い柊ちゃんを心配した時には「そういうのは、大事な人とだけすればいいから」と返されたのを思い出す。
それは、そういうことだったんだと、後になってようやく気づいた。
「不器用だなぁ……」
でも、そんな柊ちゃんは私をよくわかっている。
新生活ではじめての一人暮らしは、楽しくもあり心細くもあった。
そんな時に届く柊ちゃんの手紙は必ず私が中心にいる昔話で、むず痒く思いながらもいつも寂しさを埋めてくれた。
昔話じゃなくて柊ちゃんの過ごす今を書かれていたら、私は余計に寂しさを感じていたことだろう。
「不器用なんだけどなぁ……」
大きな休みがあれば、私はもちろん地元に帰った。
その時には絶対に柊ちゃんと顔を合わせるし、会わなかった期間だけの成長ぶりを見せられた。
驚く私と、いつもと変わらない柊ちゃん。やっぱり気まずくて避けてしまう私と、いつも通りの柊ちゃん。
地元への帰省は、毎回そんな感じだった。
「でも、柊ちゃんは変わらずに手紙をくれるんだよね」
不安になった頃合いに、ぴったりと合わせて届く。
不器用な男の子が考えに考えて
離れた期間に、新しい出会いもあったはずだけど。柊ちゃんは変わらずに私に手紙をくれる。
「手紙はまだ、くるのかな」
手紙がこない期間に不安を覚えたのは、いつからだろう。
季節は何度も巡って、まだまだ肌寒い春の前。
柊ちゃんは今日、高校を卒業した。
柊ちゃんが私の背を追い越したのは、いつだっけ。
柊ちゃんの視線に頬が熱くなるようになったのは、いつだっけ。
目も合わせられないのに、うまく話すこともできないのに、柊ちゃんを目で追ってしまうようになったのは、いつからだっけ。
呼び鈴が聞こえて、淡い気持ちから引き戻される。
誰だろうと扉を開いた私は、驚いた。
「おまたせ」
柊ちゃんがいた。
高校の制服姿のまま、かばんもそのままで、賞状筒を持って。息を上げた柊ちゃんは、もっと見上げる高さになっていた。
「俺、桂花が好き」
前の告白とは違う。
柊ちゃんの必死さが伝わる。待ち焦がれたと、見つめる瞳が訴えてくる。
「付き合ってくれる?」
その熱に、タイミングに。私は泣き笑いで頷いた。
「好きだよ、柊ちゃん」
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