参加作品

01:UNFIRST

 、酷いことをされるんだ。

 こぼれるしずくを拭いながら、顔を上げた。

 主犯格の子たちが教壇の上で笑い転げている。見てよ、ずぶ濡れ。クズの花が頭から咲いてくるんじゃない。品のない大声に、バケツを持った男子が引き笑いで応じる。

 高校生活が始まって一ヶ月と経たないうちに、私は「クズ」という呼び名を頂戴した。本名が「葛葉」だから、クズ。いじめる理由はそれだけで十分だったらしい。


「こないだ机に置いた花瓶はどこへやった?」

「……捨てました」

「うっわ。物を大事にしねー奴だな」

「全額弁償しろよ。うちらの金を無駄にする気?」

「死ねクズ」

「消えろクズ」


 脛を蹴られて崩れ落ちると、大きな手が私の髪を鷲掴みにする。「山下」と教壇の上から威圧的な声が響いた。


「そいつ適当にシバいて。手加減とか要らないから」

「言われなくても」


 バケツを放り捨てた男子が、あの冷たい目で私を見下ろした。

 山下竜樹。

 いじめグループ唯一の男子生徒。

 私を打ちのめす実行役は、かならず彼と決まっていた。




 鼻先からしたたる赤がおさまらない。また鼻骨を折ったかもしれない。うずくまって痛みに悶えていると、保健室へ運ぶように女の子たちが指示を出すのが聴こえた。

 肩を担がれ、私は立たされた。

 舌打ち混じりに腰を上げた山下くんが、私を引きずって廊下へ出る。


「先生いなかったらダリいな。誰がお前の鼻血止めるんだよ」

「……放っておいて、いいから」

「んなことできるか。後で俺らが疑われるだろ」


 苛々と山下くんは吐き捨てる。あの冷たい眼光は、前髪に隠れて伺えない。

 保健室の扉を引き開けると、むっと暑い空気が膨らんだ。保健室の先生は退勤間際に冷房を切ってゆくのが習慣だった。「やっぱりいねぇ」と、また山下くんが舌打ちをした。


「座れよ」


 言われるまま、ベッドに腰を下ろす。消毒液とガーゼを持ってきた山下くんが、ぐしぐしと乱暴に鼻先を拭う。赤黒い暴力の跡がガーゼに絡め取られてゆく。


「自分で拭けって言わないよね、いつも」


 尋ねると、「あ?」と山下くんは極まりの悪そうな声を上げた。


「んなこと、言うかよ」

「……優しいんだ」

「お前こそ嫌だって言わねぇのかよ。なんでいつも黙って受け入れてんだよ、こんなこと」

「初めてじゃないから。もう、慣れてるの」


 ぞく、と山下くんの肩が揺れた。乱れた前髪の隙間から、引きつった目が私を見つめていた。「ふざけんな」と、か細い声で彼は私を恫喝した。


「だったらお前、こんなことされても……」


 ぐるりと視界が回って、私はベッドに押し倒された。覆いかぶさった山下くんが、赤黒い顔で私を見下ろす。「抵抗しろよ」と、うめくように彼は叫ぶ。


「俺、このままお前を犯すことだってできるんだぞ」

「したいんだ。クズと、そういうこと」

「そんなわけ──」

「そうだよね。したら最後、山下くんクズの仲間入りだもんね」


 挑発の言葉を連発しながら、じんと火照った身体を私は見下ろした。頼りないセーラー服の内側には、水を浴びせられた時から卑しい熱が溜まり続けている。

 山下くんの手つきは優しい。

 まるで、好きな子にちょっかいを出す小学生みたい。

 本当は私に触れたくてたまらないのに、表立ってそんなことはできないから、実行犯を引き受けることで免罪符にしている。山下くんは正真正銘のクズなのだ。その卑劣さを分かった上で、大人しく暴力を受け入れている私も本物のクズだ。


「お前……っ」


 山下くんの歯が軋む。覆いかぶさったままの体躯が不器用に震えていて、愛おしくて、思わず両手を伸ばして引き寄せたくなる。

 いいよ、どうにでもしてよ──。

 そう囁いたら今度こそ私、愛してもらえるかな。

 赤黒く汚れてしまった、この身体の隅々まで。

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