第40話
螺旋【
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手記だ。まことに遺憾ながら。
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世間の無知蒙昧な奴ばらは
しかしながら、浮世と隔絶した天才の多くがそうであるように、
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顧みれば
父母もそのまた父母も、古えより連綿と続く漂泊民の
さて、漂泊民の中でも
この血統の者が行うまじないは、悪魔の力を借りて成されるものとされ、定住民のみならず同族の中からも、一目置かれていたのだった。尤も大方はよくあるインチキ占いや、目眩ましの類いであったろうと推察する。かててくわえて、無知蒙昧なる民びとの偏見は凄まじく、常にまして迫害の度合いも甚だしかった。つまり悪魔憑きを名乗る利点など、実際上はなかったのである。にも拘らず、と云うか、不幸中の幸い、と云うかは分からないが、確かなことが一つあって、それは、
*
×××こうして、母の千里眼でようよう、世に云う〈ギュイエの虐殺〉の難を逃れた
五つか六つの頃だったと思う。夏のある日、水汲みにやらされた
横孔は、暑い外気を内に入れず、ひんやりとしていた。
清水を掻き分けて、見目麗しい人魚が現れる。真珠色の髪と、螺鈿の輝きを宿した瞳の彼女が、水底に広がる大宮殿へと誘ってくれるーー。
むろんそれが、他愛のない夢想なのは承知の上だった。そもそも横孔は数フィート先で行き止まり、其処にあるのは地下水がじくじくと滲み出す陰気な岩壁でしかなかった。しかし入り口から覗き込むと、横孔の奥は暗闇に溶け、異界への入り口としていかにも相応しいように思えた。
ボチャン、という水音が耳朶を打ったのは、脳髄の中で
石でも剥がれ落ちたのだろうか、と崖崩れを警戒し、慌てて立ち上がりかけたそのとき、信じられないものを目にした。横孔の奥から、何かがゆっくりと流れてきたのだった。
奇っ怪な物体であった。
薄いピンクに色づいたそれは、市場に吊るされている、羽をむしられた鶏に似ていなくもなかった。が、よくみればずっと奇怪なモノである。前肢は短く、ほとんど有って無きが如くだった。後ろ足はねじくれ、植物の根に見える。頭にあたる場所は肉に埋もれて、目も鼻も口も分かれていないように思えた。
無気味極まりない、おぞましき姿のそれに、しかし何故か
民族の伝承を、一統の語り部でもあった亡き祖母に聞かされて育った
それは、あわれな
*
裏山の、荒れ果て打ち捨てられた
グラウフは異族であった。小人族である。当時すでに、異族は受難の時期に差し掛かりつつあった。シドッチ博士が、かの石の性質を発見したのは、わずか十年程前であった。
元来、彼らはヒトより遥か以前から地上に住まっていた先住者であったが、残忍で繁殖力旺盛なヒトとの共生は困難であった。異族という呼称からして、彼らの多様性を無視し十把一からげにする蔑称である。かててくわえて、シドッチ石の存在である。
古くから護符として珍重されていたこのなんの変哲もない紅い石が、偶然によって異族に多大な影響を及ぼすことが判明したのである。
石に、とある周波数の音波を当てる(実はこれは、さる古代密儀宗教の祈祷で
この発見ののち、ヒトが行った施策は、邪悪の一言に尽きる。ヒトは、一見彼らの権利を尊重しているように見せながら、たくみに石を使い、また場合によっては繁殖力の弱い彼らにつけこんで多数者の専制を行使し、「合理的」な隔離政策を推し進めていったのだった。個々の能力ではヒトを凌駕していても、なまじ理知的で温和であるゆえ、異族はこれらの悪辣な施策を寛恕してしまった。
さて、小人族らしくのんびりとした
*
×××によるグラウフの死と
螺旋市へと移り住んでも、心は晴れなかった。父母と
×××研究室に出入りするようになったのは、ロメイ教授の隠秘学及び超心理学の被検体となった母に付き添ったとき以降のことである。
×××ロメイ教授の持つ、母の死に対する負い目を吾は何とか利用できたようだった。尤もそれは
×××教授の一粒だねリナに、父親の
文学好きの彼女は、自分でも
×××当時の
×××久方ぶりに再会したリナは、あまり幸福そうではなかった。嗚呼、あのとき思いきって彼女をあやつの手から奪いとっておれば! やつれたリナの顔を見た数日後、彼女は帰らぬ人となってしまった。産まれたばかりの幼子を残して×××
×××彼女を失った哀しみから
×××試論の骨子は以下の通りである。
一、われわれは
一、自分のいる物語世界(吾はこれを《物語軸》と名付けた)から抜け出すことは通常できない。
一、しかし物語の中で物語ることで、《物語る力》の密度が集積し、物語空間がひずみ、亀裂が生じることがある。
一、ゆえに物語る者は、物語軸を越える可能性を秘める。
一、物語る力のない者が物語軸を越えようとするならば、物語る者の魂を
×××さらにこのころ
×××なんと
×××邸で出会ったリナの忘れ形見は、彼女に瓜二つであった。まさに天使と呼ぶべき愛らしさで×××
×××悪魔の囁きだった。リナの仇を討ちたい渇望する
×××しかしそれは彼奴らーージュウハチロウ・セコウと
×××あの娘は、邪悪だ。リナと同じ顔、同じ無垢な瞳は偽りだった×××
×××
×××
×××
×××こうして全てを失った
×××記憶のない女に、リナ・ロメイと名付けたのは、
×××いずれ、此処も彼奴らに知られるにちがいない。何となれば、〈木男〉にとって此処は、故郷にも似た場所であるのだから。願わくば、彼奴らの手に落ちておぞましい境遇に陥る前に安楽に死ぬることだけが唯一の
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