第25話
らせん【
リテル君は、おうちにむかって走りに走っていました。
夜はすっかり明けて、町のはしっこに、キラキラしたバラ色のひかりが、のぼりはじめています。星が、反対っかわに、どんどんおいやられています。
リテル君は、発電所から命からがら抜けだすことができました。うんよく生きのびていた、カッペロやブリレたちG**別動隊のメンバーにたすけられ、つれ出してもらったのです。
このときのG**別動隊のかつやくは、それだけでひとつの冒険ものがたりになるほどです。いずれご本になるかもしれないので、たのしみにまっていてくださいね。
さてリテル君たち一行は、発電所をはなれてみなれた町までもどってきました。ですが、歩いているうちにG**別動隊のメンバーは、ひとり、またひとりと別れ、あけそめる横丁にきえていきました。
リテル君がふしぎがっていると、ブリレがすこしこわい顔になって「G**別動隊はもうかいさんだ」とはきすてました。そのブリレも、あいさつもなしにいなくなってしまいました。
カッペロはしんせつにさいごまで残って、リテル君を、おうちのほうまでつれてきてくれました。
やがて、リテル君がかよっている初等科のがっこうがみえてきたところで、カッペロがたちどまりました。
「ここからは、ひとりで帰れますね、ぼっちゃん」
そういってカッペロは、さろうとします。
「あのーー」
リテル君はなんだかきゅうにさみしくなって、声をかけてしまいました。
たちどまったカッペロは、ふりむきました。でもリテル君は、なんてことばをかけてよいやらわかりません。口をついてでたのは、思いがけないことばでした。
「あのね、タッシェは……タッシェは、トヱおじょうさまの……」
いいかけたリテル君の両かたを、カッペロがきゅうに、ハシっとつかみました。ちょっと痛いくらいつよい力です。
「ぼっちゃん……ゆうべのことは、もうぜんぶお忘れなさい。いいですね?」
カッペロは、あたりを見まわして、おびえたようにふるえました。そして、ふいにつかれた顔をそむけると、「お元気で」といって、町角をはしりさっていったのでした。
その真剣なひょうじょうにしばらくボウゼンとしていたリテル君は、アタマをふると気をとりなおして、おうちへとむかいました。
カッペロとの別れはモヤモヤしたものでしたが、かけているうちに、のぼるお日さまとおなじように、気もちがうわむいてきました。
足どりはふしぎと軽いものでした。からだはクタクタにつかれきっていましたが、きみょうに心だけは元気一杯なのでした。
こんな気もちは、みなさんにもきっとおありではないでしょうか。徒きょうそうで一等をとったりとか、じゅぎょうで先生にほめていただいたとか、めずらしい昆虫をはっけんしたときとかに、いっこくも早くお父さんお母さんにごほうこくしたいと、やもたてもたまらず急ぐ、そんな気持ち。
というのも、このときのリテル君は、お父さんお母さんに話したいことが、いまにも口からあふれでそうで、たいそうこうふんしていたからです。
ゆうべの冒険は、リテル君に大きな変化をおこしました。世界の見方がガラリといれかわってしまったのです。
《キレイはきたない。きたないはキレイ。》
それはまだ、リテル君のおじいさんが元気でいたときに、教えてくれたお芝居のセリフです。リテル君はいつの間にか、このセリフを口のなかでなんべんもとなえていました。
これまで悪者と思っていた〈ばんだあ・すなっち〉は、リテル君を助けてくれました。
これまで正義の味方だと思っていたトヱ嬢は、子どもを見殺しにする、たいへんな悪者でした。
ひょっとしたら、タッシェのいっていたとおり、お国はまだ、いくさなのさ中なのかもしれません。
ひょっとしたら、お父さんもお母さんも、リテル君と同じようにだまされていたのかもしれないのです!
これはたいへんなじょうほうで、リテル君は、おうちに帰ったら、真っ先にお父さんお母さんには話さなければならないと勇んでいるのでした。
自分はこれまでなにも知らなかった、知ろうとしなかった、とリテル君は、はずかしい気持ちでした。
でもタッシェがすぐとなりで死んでしまって、いまや初めて目を開いたように思えるのです。
ついに、ホラ、もうなつかしいおうちが見えてきました。屋根のうえの風見鶏が、まるでリテル君をおむかえするように、クルクルとまわっています。
リテル君は、いつの間にか、小さな目にいっぱいの泪をためていました。男の子ですから、ぜったいにみとめたくはありませんでしたけども。
おうちの前には、お父さんとお母さんが立っていました。
きっとリテル君がいなくなったと思って、しんぱいしているのでしょう。
もうしんぼうできませんでした。
リテル君は、ワアワアと泣き出しました。そしてそのまま、やさしいお母さんの腕のなかにとびこんでいったのです。
「ああ、リテル、リテル! よかった! ぶじだったのね!」
お母さんは、いままでになかったくらい、つよい力でリテル君をだきしめました。そしてお父さんがそのうえから、お母さんとリテル君とを、両方だきしめたのです。
「大丈夫? ケガはない?」
お母さんの目も泪でまっかです。
「警察の人かられんらくがあったのよ。あなたがあの〈ばんだあ・すなっち〉にさらわれてしまったって!」
あれ? そうでしたでしょうか?
リテル君のこころにうたがいが浮かびましたが、お母さんにだきつくのにひっしで、なにもいえません。
「でも本当によかった。あの名探偵が助けてくれたんですってね。リテルはとっても活躍したってきいたわ!」
するとお父さんも、リテル君をほめてくれました。
「ーーどうしてしっているの?」
しゃくりあげながらリテル君は、たずねました。
「市長閣下から、じきじきに、ごれんらくがあったんだよ。これはタイヘン光栄なことだよ」
お父さんは、こうふんして大きな声でしゃべっています。でも市長のジュウハチロウ・セコウ閣下といえば、あのトヱ穣のお父上で、発電所の持ち主にちがいありませんよね。
「まったく、お隣が悪者のアジトだったなんて、なんておそろしいこったろう。お前はよくがんばって、えらかった。こんど図鑑を買ってやるぞ。それにしても警察は何をグズグズしてたんだ。それもみんなヤトーが反対ばっかりでたいあんをださないからだ!」
あれあれ? そうだったのしょうか?
でもリテル君は、お父さんがめったになくほめてくれたので、やっぱりなにもいえませんでした。
お母さんごしに、おうちのめじるしの風見鶏がまわっているのが見えます。
クルクルくるくる
クルクルくるくる
オモテはウラ
ウラはオモテ
お母さんが両腕をほどいて、リテル君の顔を手のひらでやさしくつつみました。
しゃべりだそうとするリテル君の口に指をあてて、お母さんがほほえみます。
「さあ! お腹がすいたでしょう。朝ごはんをつくるから、家族みんなで食べましょう。あなたの好物のパンケーキよ。話は食べながらきくわね」
リテル君のひとみが、きゅうに膜がかかったようにくすみました。さっきまでのこうふんが、ウソのようにひいていき、自分がなんでこうふんしていたのかも、よくわからなくなりました。
くるくるクルクル
くるくるクルクル
ウラはオモテ
オモテはウラ
すべてをおしながす川の流れにていこうして、リテル君はふたたび、口を開きかけました。が、お母さんとお父さんが、サッと両手を片方ずつにぎってくれると、なんだか心のなかが、あったかく、ポカポカしてきました。
「うん! パンケーキ大好き!」
三人は家族なかよく手をつないで、おうちへと入っていきました。
こうして、リテル君はヌクヌクとあたたかい、へいわな、おだやかな世界にかえっていきました。これからリテル君が、世界にギモンをもつことはもうないでしょう。一夜の冒険は幕をとじたのでした。
へいわが一番ですものね。
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