14話

 実をいくつかもいで離れの中へ運んで行くと、母屋に通じる廊下をちょうど匠が横切っていく所だった。襖が開いているので、ほぼ全身が見える。右手に割り箸、左手にカップ麺の容器を持っていた。蓋が剥がされているので、食べ終えた後、残ったスープを処分しに行く途中らしい。

「や、これは失敬……」匠はそう言いつつも、利玖が抱えている実に気づくと、部屋を横切って近づいてきた。「もう収穫するんだ」

「切って、中を見てみるんです」利玖は窓枠に腰掛けて、片足ずつ脱いだブーツをきちんと揃えてから部屋に上がる。「兄さん、台所に行くんですか?」

「うん。でも、うちの包丁は使わない方が良いんじゃないかな」

「あ、そうか……」利玖は唇を噛んだ。「何が入っているかわからない実を切ったら、もう料理に使えなくなっちゃいますね」

「それに、玉ねぎを切るみたいにしたらいけないと思うよ」匠が実の一つを手に取り、重さを確かめるように上下に動かす。「これ、中は空洞だろう? 皮の部分だけをぐるっと切って、二つに割って見たら良いんじゃないかな」

「さすが、匠様はご聡慧でいらっしゃる」

 薊彌がそう言い、左手を挙げた。

 またもや背後から現れた芦月が、銀色に光るクリップのようなものを彼に手渡す。それは、薊彌の手の中でぱちんと開いて小型のナイフになった。

「私には、この実の内部がどのようになっているか、ある程度察しがつきます。利玖様、試しに一つ切らせて頂いてもよろしいでしょうか?」

『十二番』について詳しそうな素振りを見せていた割にはぼかした言い方をするのが引っかかったが、利玖は頷き、自分が持っていた実を薊彌に渡した。

 薊彌は全員が見やすいようにブルーシートの中央に実を置き、その前にしゃがみ込む。手袋を外し、ナイフを持った右手と、実を押さえている左手を別々の方向へひねるようにして、ぐるりと皮を一周する切り込みを入れた。

 利玖が少し意外に思ったのは、その方向が、桃を切る時のようにへたを起点として縦に一周するものではなく、実の中央をすっぱりと横に切り開くものだった事だ。中に入っている、傷つけてはいけない大切な「何か」の位置が、薊彌にはわかっているのだろうか、と思った。

 薊彌は蔕を下にして、蒸籠せいろの蓋を開けるように実の半分を取り除く。

 利玖と匠は、揃って身を乗り出してその中を覗き込んだ。

「あっ」利玖は声を上げる。「これ、本物の歯です」

「しかも、新しいね」と匠。「ほとんど生えてきたばかりみたいに見える」

 蔕のすぐ裏、実の中央に、親指ほどの大きさの白いものが光っていた。

 表面はつやつやとして、実の断面から滲み出した果汁をはじいて光っている。利玖がアパートのキッチンで見つけた、ベージュに近い多孔質材料とは明らかに異なっていた。

 根元は盛り上がった果肉の中に埋まっている。一個しかない事を覗けば、本当に歯茎のように見えた。

「お二人は種の形をご覧になって、サルの歯ではないかと推察されたとお伺いしました」薊彌は実を持ち上げ、少し自分の方に傾けながら言った。「それを踏まえますと、こちらは奥歯のように見えますね。残りの実を調べれば、他の種類も出てくると思いますが、ナイフをお貸ししましょうか?」

「いえ、必要ありません」匠が立ち上がる。「潟杜から解剖用のメスを持ってきたのを思い出しました。取ってくるついでに、母もこちらへ呼んできます。『十二番』についてのお話は、その後で伺えますか」

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