12話

 カシミヤのセータの上にコーデュロイのシャツを羽織って、利玖は部屋を出た。ボトムは動きやすいスキニーパンツにするか、もう少しフォーマルな見た目のものを合わせるか悩んだが、客人に挨拶をするのなら淑女らしい格好をしていた方が良いかと思い、セータと同じ黒のタイトスカートを選ぶ。

 しかし、玄関から一歩外に出た所で動けなくなった。

 右足の膝から下が氷水に浸かったように冷たい。

 見下ろすと、ロングのタイトスカートには片側にだけスリットが入っていた。膝の半分とふくらはぎが、そこから剥き出しになっている。こんなデザインだとは思っていなかったので、下にはストッキングしか履いていなかった。

 一度引き返して、厚手のタイツに履き替えてくるべきか悩んでいると、中庭の方から足音が近づいてきた。

「あ、利玖ちゃん」史岐が母屋の陰から姿を覗かせる。「今、皆、あっちで……」

 彼は半分振り返って、自分の歩いて来た方向を指さしながら近づいてきたが、柱にしがみつくような姿勢で硬直している利玖に気づくと足を止めた。

「大丈夫?」どうやら、服装についての心配らしい。

「駄目、寒いです」利玖はぶるぶると首を振る。「史岐さん、お迎えに来て頂いたのに申し訳ないのですが、一旦何も見なかった事にして、待っていてもらえないでしょうか」

「別に構わないけど……」史岐は再び離れの方を指さす。「着替えてくるなら、急いだ方が良いかもしれないよ。さっき、最後の花が萎んで、もう少ししたらどこかに実が生るんじゃないかって話していた所だから」

「え?」利玖はあっさり柱から離れた。「行きます。今、すぐに」

 歩き始めると、隣に史岐がついて来る。

 彼の表情を見て、利玖は歩く早さを落とした。

「すみませんでした。わたしのせいで……」彼女の視線はブーツを履いた爪先に移る。「史岐さんがご無事で、本当に良かった」

「利玖ちゃんのせいじゃないよ」史岐が前を向いたまま答える。「それに、僕はこういうの、しょっちゅうだから」

「しょっちゅう」

「待って。リテイク」史岐が片手を上げた。「僕は、精気にあてられた後も意識があった。鼻血が止まるまでしばらくかかったけどね。だけど、煙草を吸って、芦月あしづきさんからもらった薬湯を飲んだら、だいぶ調子が戻ったよ」

「そうですか……」利玖は肩から力を抜く。「業者の方、芦月さんとおっしゃるのですか?」

「いや、芦月さんは、助手のほう。業者の人は字が難しかったから、名刺をもらって覚えた方が良いんじゃないかな」史岐はそう言ってから、首をひねった。「だけど、あれは……、業者というか、何というか……」

「どんな方なんですか?」

「うーん」史岐は唸る。「ちょっと、僕のボキャブラリでは及ばない」

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