第10話 虚無、呪い

 寝付けず窓から外を眺めていた。

 月明かりが綺麗だ。そう思いながら、空を見上げる。


 この体は、本当に弱い。

 剣が重くて持てないし、すぐに疲れてしまう。

 魔法が使えない分、限界まで鍛えていた前の体とは大違いだ。

 なんでこんなことになったんだろうか。


「……」


 俺の問いに答えてくれる人は、誰もいない。

 

 虚属性。魔法が使えない属性。

 そう。まるで俺みたいではなかろうか。

 果たして、それと関連性があるのかどうかはわからないが、調べてみる価値はあるだろう。

 

 屋敷の蔵書を探してみて、何冊か関連しそうなものを持ってきた。

 

 わかったのはいくつか。


・歴史上、魔法の適性がないとされた人々がいましたが、彼らの存在は証明されていない。

・彼らはほとんどの場合、特に目立った活躍はしていない。そのため、記録には簡単な記述しか残っていない。

・しかし、中には子供の頃に魔法の適性がないとされながらも、「虚無の堕とし子」

と名乗り、魔法のような力を使った人物がいた。


 「……なるほど」


 こいつについて、少し詳しく調べることにした。



 彼は魔法を無効化したり、物質を消したり、記憶を奪ったりするなど、何かを「無」にする能力に優れており――

 その力は固有の魔法かもしれませんが、新たな魔法の属性と考える研究者もいる、との事だった。


 魔法が使えない、というのは自分の魔法を無効化するがゆえに、それをうまく使いこなせない。というのが正しいのだろう。


 魔法が使えない人間が普通の村の端っこで生まれた場合、どのように生きるかの想像はつく。役立たずとののしられ、追い出されるか、一生奴隷のように働かされるか。

 俺がそうだったから分かる。

 そして普通の場合、人知れず死ぬ。

 人知れず生まれ、何もなすことなく、人知れず死ぬ。

 俺だってそうだった。

 何かの間違いで生き残ってしまったが。


 無効化する、という事については少しだけ心当たりがある。

 俺は人の魔法を剣術で無効化することが出来た。

 それは、剣術を極めたが故の境地だと思っていたが……もしかしたら。

 それを自分の魔法と気づかずにいただけではないのか。


 ……そうしたら、俺はなんとバカなのだろう。


 そんなものがあるとは知らなかった。

 少し勉強したらわかったことなのだろうか。その程度の事すら知らないのは学びという事を今までしたことがないというのが原因にある。

 いや、もしかしたら今まで組んだことのあるやつに知っている人がいて、それで俺に教えなかった、という可能性もあるのだろうか。


 俺を嫌うがゆえに。

 嘲笑するがゆえに。


 誰も、知ってて教えなかった、という可能性もあるのだろうか。

 ……すべて、仮説だ。そんなことで悩んでいても仕方があるまい。

 少し、眠気がやって来たので部屋に戻った。


 ***

 

 皆が俺を嫌っている。

 とある酒場の隅で座っている間も、誰もが近寄りがたく遠くから見守っている。中には俺の悪口を言っている者もいた。

『あいつがいなけりゃ、俺が剣聖になれるのに』

『あんなのがパーティにいたら迷惑だぜ。入れたくもないっていうもんだ』


 俺がいなけりゃ、お前らは英雄になれたってのか。

 俺がいなきゃ、お前らは強くなっていたというのか


『なあ、いい加減出ていけよ。ここはてめぇのいる場所じゃねぇんだよ!』


 うるせえ、知ったこっちゃねえ。

 俺は俺のやりたいようにやるんだ。

 俺の邪魔をするんじゃない。

 

 そう思ってガンを飛ばしたら震えあがってどっかに行ってしまった。


『ちっ……なんなんだこいつは……』


 さあ。

 俺にも分からないことがある。


 なぜ俺だけがこんな目に合わなければならないんだ? 俺が何をしたって言うんだ? なぁ、誰か教えてくれよ。


 人は言う。人は言う。

 人々はいう。

 曰く、「お前は呪われている」とな。

 ふざけるなよ。

 だから、俺にどうしろというんだ。


 一体、誰が呪いをかけたってんだ? 神か? 悪魔か? 精霊か?……誰だよ。

 どいつもこいつも、人の事を決めつけやがる。

 なぁ……教えろよ。俺も好きで嫌われているわけじゃねえんだよ。俺はただ、普通に生きていたいだけなんだよ。

 なのに、どうして俺ばかりが、こんな目に遭うんだ。

 この憎しみを誰かにぶつければ――晴れるのだろうか。

 ――でも、そんなことに意味がないと知っていた。


 ***


 はっとして飛び起きる。


「はあ、はあ、はあ……」


 荒い息が止まらない。

 嫌な汗が流れ落ちる。

 今の夢は……俺の記憶だ。

 ただ、胸の奥底に、黒いものが渦を巻いているのを感じる。

 憎悪の感情が、ぐるぐると巡る。


「くそっ……」


 拳を握る。その力は小さく、やわらかい感触だけが伝わる。

 ああ、俺は今アルファス・トーレではないのだ。


 そんなことに、少しだけ安心してしまったがいた。


 少しだけ、頭をよぎる。

 俺何て、存在しない方がいいのではないか。

 このまま、アルティとして日々を暮らせれば……


 それで、いいのだろうか?

 本物のアルティは今どうしている? 彼女は元の体に戻りたいと思っていないのか?

 そして何よりも――


 思い出したのは、スフィアさんの姿だった。


 ***


「アルちゃん今日は早いね、どしたの? 起きちゃった?」


 少しだけ薄暗い空の朝に、早めに部屋を出て廊下を散歩していたら、スフィアさん……お姉ちゃんがいた。


「あっはい起きちゃいました……」

「ふーん? 物音がしたから、あたしも起きちゃって」

「あっすいません……ご迷惑をおかけして」

「姉妹だもの、謝る事じゃないよ! というわけで……一緒に寝よ!」


 ……。

 なんで?


「あっ嫌だった? ごめんごめん」

「い、いえ……別に、悪いとは思ってな……」

「アルちゃんがデレた!」


 嬉しそうに抱き着いてくる。


「うわっ!?」

「うーん素晴らしい、記憶喪失も善し悪しかな! こんなデレてくれるなんて! 昔はあんなに懐いてたのに大きくなって無愛想になっちゃったのに……」

「す、すいません」

「今のアルちゃんが謝ることないよー。現に今はずっと一緒にいてくれるんだもんね! お姉ちゃんうれしいな!」


 彼女は俺の頭を撫でてくる。なんだか照れくさい。でも悪い気はしないな……むしろ気持ちよく感じる自分がいて驚いたくらいだ。

 それにしても俺の事をここまで思ってくれるなんてありがたい限りだ。俺なんかのために……俺は彼女に感謝しなければならないなと思った。

 彼女は非常にやさしい。

 

 俺が妹の姿をしているというのもあるが、なれない俺の事をいつも気にかけてくれている。

 

 こんな姉を持ったのに、なぜアルティという少女は彼女を遠ざけ、学園から出ていこうなどと思ったのだろうか。謎は尽きないばかりだ。

 

 ……そんな、やさしい彼女だから。

 もし、俺が本物のアルティじゃないと知った時、どんな反応をするのだろうか。

 だましたと怒るのか。それとも――

 

 いや、考えるまい。

 考えたくもない。

 今の俺は、誰がどう見ても、アルティ・ルヴァンだ。それを否定することは……ルヴァン家の皆の本意ではない。

 何より、スフィアさんが、お姉ちゃんが悲しむ。


 ……俺も嫌だ。

 なるべく、一緒に居たい。このままでいたい。なるべく長く。

 このまま、抱き着かれたままでいたかった。

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