第2話 今日から俺はアルティ・ルヴァン

「記憶喪失のようだねえ」


 お付きのお医者さんがそういう。


「――そんな」


 あたしは、スフィア・ルヴァン。とある侯爵家の令嬢だ。

 なのだが、妹であるアルティが突然学校から出奔しいなくなってしまったのだ。

 というわけで各地を飛び回り、数少ない目撃証言を辿り、山を越え、ダンジョンを越え、何とか見つけ出したというわけなのだが……まさか、記憶喪失になっているとは思わなかった。


 「回復魔法で治せるものじゃ無いならわたしの手に負えないね」とはお医者さんの談だった。

 それを何とかして欲しいと頼んだが、別の仕事が立て込んでいるとのことで転移魔法を使いどこかへ去っていった。

 ……まあ、医者でなんとかならないのならしょうがない。

 

 あたしがいない間、どんな出来事に会っていたのかは知らない。なんでも、ダンジョンの中で倒れているのが見つかったらしいのだが、果たしてどんな冒険を送っていたのだか。


「……でもアルちゃん、生きててよかった」


 あたしの妹は、訳が分からなそうにあたりを見回している。

 大丈夫。たとえ記憶喪失でも――あなたは、私の妹よ。


 ***


 記憶喪失ということになったが、もちろん俺はそうではない。

 あらゆる質問にわからないと答えてむしろ質問をし返していたら、そういうことになっていた。

 とりあえず、状況を整理しよう。

 ここは、とある町のギルド。あの日、俺が殺されたダンジョンのそばにある町だ。

 そこで俺は件のダンジョンの中で倒れているところを救助されたらしい。


 そして――俺の体は、別人のものになってしまった、という事だ。

 体の名は、アルティ・ルヴァンという少女らしい。

 なんでも、学園に通っていたのだが突然消えてしまったらしいのだ。


 ……意識が途切れる前に見た、あの少女。それが、彼女がアルティだったのだろうか。

 姿は見ていないから、とんとわからないが。


「さて、どうしたものかなぁ……」


 俺は一人、呟く。

 色々困惑しているが、何より困ることが体が変わってしまったことだ。

 小さな体、疲れやすい体、力のない体。

 そして何よりの問題が……


「……なんなんだ? これ」


 俺の胸元には――大きな2つの膨らみがあった。

 触ってみると柔らかく、ふよんっとした弾力が返ってくる。

 ……もしかして、これは……。

 俺は、胸を触った……


「……うおっ!」


 思わず声が出てしまう。……やはりそうだ。この感覚は、胸……初めて触った。


「……どうしよう?」


 いや、まぁ……女の子になったからには仕方がないんだが……どうしたものか。

 突然の変貌に驚いているが、一つ一つ問題を解決していかなければならない。

 やる事はまず一つ。果たして、何とか戻る方法があるのか。それを探す。

 それには、あの時意識を失う前、出会った少女に会って手がかりを探さなければ……そもそもなんで体を入れ替えたんだ?

 あんな、損しかない体。

 2つ。俺を殺したあいつらに……復讐、とまで行かないが一発半殺しにしてやりたい。

 罠に気づかなかったのは俺だし、結果生きていたのだからしょうがないところはある。しかしむかつくものはむかつく。

 果たして、奴らはどこへ行ったのか。探さなければならない。


「とにかく、まずは情報を集めないとな……」


 幸いにも、体に大きなけがもなくこのまま歩くことだけはできそうだ。

 まずは、外に出て……


「アールちゃーん」


 がちゃり、と扉を開けてスフィアさんが入ってきた。


「あっスフィアさん」

「もう、さん付けは止めてって言ったでしょ。お姉ちゃんって呼んでって」

「えー……」


 初めて会った女の人を、そう呼ぶのはためらわれる。

 ……だが、一応とはいえ彼女は自分の保護者にあたるようだ。

 無理に逆らう理由もない。……そう呼ぶだけだし。


「ほら、言ってみて?」

「……」

「はい、もう一度」

「……お、おねえ……ちゃん?」

「うぐぅ! かわいい……」


 スフィアさんは悶えるように体をくねらせる。

 ……変な人だ。


「ああもう、本当にかわいいなああたしの妹は……」


 そういって彼女は、俺を胸の中で抱きしめる。

 やわらかいものが触れる。


「ちょ、ちょっと苦しいです」

「お、ごめん」


 パッと離される。

 俺は、そんな彼女の奇行に目を丸くしていた。


「ああうん、ごめんね。記憶喪失だっていうのに」

「いえ、それは別にいいんですけど……」


 スフィアさんは、俺の頭を撫でながら語り掛ける。


「記憶喪失なら私がお姉ちゃんだってことも忘れてるよね」

「……はい」

「じゃあ、改めて自己紹介しなくっちゃ」


 スフィアは胸を張る。


「あたしはスフィア・ルヴァン。ルヴァン侯爵家の令嬢だよ。アルティちゃんのお姉さんでもあるよ」

「それで、私はアルティ・ルヴァン……ですか」

「で、アルちゃんは何か覚えていることはある?」

「いえ……何も」


 そういうことにしておかなければならない。

 正直に言っても、信じてもらえないだろうから。


「そっか……大変だったもんねぇ」


 そう言うと、スフィアさんはぎゅっと俺のことを抱きしめた。


「ん~……久しぶりの妹最高!」


 ……何だこれ。

 

「……あの、恥ずかしいんでやめてください」

「えーいいじゃん。アルティちゃんはあたしのこと嫌いなの?」

「い、いえ……そういうわけでは……」


「じゃあいいでしょ?  ほら、お姉ちゃんに任せなさい。あたし、こう見えて強いんだから」

 

 俺を抱きしめたまま、胸を張ってみせるスフィアさん。

 

「わかりましたから離れてくれませんか!?」

「ああん、もう照れ屋なんだからぁ……よし、わかった。今日はこれくらいにしといてあげよう」

 

 やっと解放してくれるようだ。


「はぁ……はぁ……」


 ……疲れる人だな。この体の元の人も大変だったことだろう。


「とりあえず、今日はここでゆっくりしていくといいよ。倒れてたんだから体を休めなくちゃ」

「え、でも……」

「無理しちゃだめだよ? 絶対に外へ出ちゃだめだからね。絶対だよ?」

 

 そういって、彼女は出ていった。


 俺は考える。彼女に従い事に留まるデメリットと、逆らって外に出て情報を集めるメリットを天秤にかけた。


 ……よし。

 スフィアさんの話は無視することにした。

 外へ情報収集に行こう。

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