リメイク作家さんのアトリエを訪問しました
エモリモエ
won't you please, please help me?
和知さんのアトリエにお邪魔したのは今月はじめのことでした。
和知さんは着物をリメイクしてオーダーメイドのバックを作る作家さんです。
年齢的にPCに親しみがないものだから、代わりに簡単なホームページを作ってくれないか、という依頼を受けての訪問でした。
和知さんとは同じ企画会社に所属していますので、デパートの催事で年に二度ほど顔を合わせますが、まあ、その程度の知り合いです。
とはいえ、互いに互いの作品を知っている親近感はありましたし、和知さんの作品づくりの姿勢から信頼できる方だと思っていましたから、お声がけいただいたことが素直に嬉しく、アトリエ見学も兼ねて気軽に出掛けて行ったのです。
和知さんのアトリエはK県の海沿いにありました。特急から途中で各駅に乗り換え、のんびりガタゴト旅行気分で駅を降りると、和知さんが車で迎えに来てくれています。
催事でお見かけする時は、しっとり落ち着いた老婦人という印象ですが、今日の和知さんは
「運転免許もそろそろ返納したほうがいいのかもしれないんだけど、ねえ?」
たしかに自動車がないと生活に支障がでそうな、のどかな地方です。歩行者はおろか車もめったに走っていません。来る前に調べましたが、バスは日に5本。それも一路線しかありません。
「びっくりするほど田舎でしょう? 今日は遠くまでありがとう」
「いえいえ、他の作家さんのアトリエを拝見する機会はめったにないですから、私も楽しみにして来ました」
「アトリエって言っても、たいしたものじゃないのよ。荷物が多いだけ」
「あー、荷物はねー、増えますよねー」
なんて話で盛り上がりつつ、車で行くこと20分ほど。和知さんのアトリエに到着しました。
アトリエは山あいの古い木造家屋です。周囲は緑が美しく、たいへんに眺めが良い。冬枯れて木々が葉を落とすと、遠景で海も見えるといいます。
もともとは和知さんの旦那さんのご両親が住んでいた建物をアトリエとして使っているのだそう。
ちなみに和知さんご夫婦はここから海側に5分ばかり下ったところにお住まいだとか。
「ステキですね。羨ましいです」
「いちいち移動するのは面倒なんだけど。夫が嫌がるものだから」
「え、作家活動をですか?」
驚いて聞くと、和知さんは「うーん」と口ごもって、笑います。
ちょっと意外に思ったのは、搬入や搬出のお手伝いに旦那さんが来ているのをよく見かけていたからです。仲の良いご夫婦で、むしろ作家活動を応援されているように見えました。
でも、その時は、まあ、そういうこともあるかもなあ? と思った程度でした。
それはさておき。
お持たせの葛餅と美味しい玉露をいただきながら、まずはどんなホームページにするかを打ち合わせです。
提案したなかから基本的なデザインを選んでもらったら、前もってご用意いただいていたご挨拶文、和知さんのプロフィールや作品について伝えたい事などを聞き取りながらチェックします。
次にサンプル作品とアトリエの撮影。せっかくなのでアトリエの古民家らしさをプッシュしたら、とお薦めしてみました。
「え、こんな古家で、恥ずかしいわ」
とおっしゃるのを、
「そんなことないですよ。味わいがあっていいじゃありませんか」
とかなんとか言いくるめて、パチリと一枚。
他の部屋に移動して、もう一枚。
プロフィール用に、和知さんご本人も何枚か撮らせていただいて。
「あ、このリュックかっこいいですね」
「でしょう? とてもいい西陣の帯なのよ」
プロの方の蘊蓄を聞きながら作品を拝見するのはとても楽しく。
和知さんも少しはしゃいで、あれもこれもと出してくるものだから、撮影会はノリノリでした。
最初、隣の部屋からカタンと音がした時、古い木造住宅の家鳴りは普通のことですし、二人でキャッキャと喋っていたこともあって、それほど気にしていなかったのです。
でも。
カタカタカタカタ。
さっきから、ずっと。
何かの音がするのです。
大きな音ではありませんが、カタカタずっと鳴っています。
音は隣の部屋からします。
そこは和知さんに案内されなかった部屋でした。
カタカタカタカタ。
もとの部屋に戻って、和知さんと写真のチェックをしていたのですが、気になって仕方ありません。
なにか動物でもいるのかな?
そんな感じの物音でした。
たしか和知さんのお宅にペットはいないはずです。いたとしてもアトリエには入れないでしょう。
もし、野生動物が侵入してたりしたら、どうしよう?
このあたり、たぬきなんかもよく出ると、さきほど話をしていたものですから。
「和知さん、この音って?」
聞くと、
「ああ、やっぱり気になる?」
と和知さん。
「害はないみたいだから、いいかなと思ったんだけど」
「何なんですか?」
「いえね、預かりものの着物なんだけど」
「え? 着物?」
和知さんの作品は基本オーダーメイド。
素材になる着物は持ち込みが多いのです。
むしろ、バックが欲しいというよりは、箪笥のこやしの有効活用したいとおっしゃるお客様がほとんど。
つまり、素材として古物を扱っているわけです。
そして、古物には時々、なにやらが憑いていることがあるそうな……。
身に纏うものであり、高級品でもある着物は、思い入れを持ちやすく憑かれやすいのかもしれません。
古い着物を扱う和知さん、その類いのトラブルにたまに遭遇するのだそうです。
聞けばそれが原因で怖い思いをされたことが幾度もあるとか。
特に和知さんのお宅は旦那さんがいわゆる見える人なので、そういう点でもいろいろと大変なのだと聞きました。
なるほど、住まいとは別にアトリエを構えるよう家族に要望されたというのは、そういうことだったのですね。
隣の部屋の着物には小さな女の子が憑いているのだそうです。
旦那さんが見たところ、「お母さんが目を覚まさないので、着物の裾を引っ張って目を覚まさせようと女の子が揺すっている」のですって。
で、そのたびにその着物を掛けている着物掛けが壁に当たって、カタカタ音をさせているんだとか。
なんですか、それ!
怖いです。
普通に怪談じゃないですか!
しかもその着物、隣の部屋にあるんですよ。
時々、思い出したようにカタカタ聞こえてくるんです。
ところが。
「まあ、それはいいんだけど」
と、和知さんはケロリとしたもの。
「でも、さすがに裁断したり、縫製したりは、アレでしょう?」
「ま、まあ、そうですよねえ」
「だから、お着物をお返ししようと連絡したんだけど受け取ってもらえなくて。困ってるの」
「え。まさか、あのう、
「もちろん話してないわよ。お客さんにそんな話できないわ。広げてみたら生地の状態が良くないから、リメイクに耐えませんってことにしてキャンセルをお願いしたの」
「そしたら?」
「じゃあ、そっちで捨ててくれって言われちゃって」
「あー」
そういうの、ありがちですよねー。
っていうか。
それ、「送りますからそちらで捨てて」で良いのでは?
あとあと問題になりそうで怖いんですけど?
「でも、そのまま捨てるわけにはいかないから、お炊きあげはしないとねえ」
「え? それって、和知さんがするコトですか?」
「えー、だって、大事にしていた着物がそんなことになってるなんて気の毒で、お客さんに言えないもの」
「えええ!? だって、ぶっちゃけお布施代とかバカにならないのに、大赤字じゃないっすか!」
と。
思わず素で驚いてしまいましたが。
「だって、そのまま黙って送り返しても、ゴミ箱にポイされるだけでしょう? 誰かが供養してあげないと。
「うっ、ううう、うーん、それはそうかもしれませんがー。えええ?」
幽霊と赤字、どっちが怖いか、って?
私はどっちもすごーく怖いです。
和知さんはヘイキみたいですし。
口出しする気もないんですけど。
でも。
そもそものお話。
こういうコトって、お客様にはお知らせしなくていいんですかね?
少なくとも、神社とかで処分をお願いすることは、勝手にやったらダメなのでは?
そういった怪現象についても。
もしかして、もしかしたら、お客様に心当たりがある……なんてことも、あるかもしれないし?
だったら、いっそ率直にお話してしまうほうがいいかもしれませんよね。
お客様が望む対応は、和知さんの選択とは違う可能性だってあるわけですし。
あれ。
でも、処分を一任されているのだから、和知さんが処分方法を決めてもいいのかな?
いや、でも、情報開示をしない状態で任されているのだから、やっぱりよろしくないんじゃないかなあ。
自腹でお炊きあげするとか。
和知さんには頭が下がるんですけど。
その善意、なんかちょっと違うんじゃないかと思ってしまう……。
お客様に幽霊の話をしたくないキモチも分からなくもないですし。
キャンセルをお願いするのも仕方ないです。
その先の始末をどうするのかは、もちろん和知さんご本人が決めること。
仕事として、どんなリスクをどの程度引き受けるのかも、他人がとやかく言うものではないです。
うーん。
でも。
私ならそういうやり方はしないし、できないなあ……。
諸々おモヤモヤといたします。
「だからね」
と、和知さん。
私の屈託には気づいてもいないご様子。
「
「はあ?」
「お願いね」
「え、それ私が書くんですか?」
「だって私、文才ないもの」
「そんなの! 文才なんて! 私にもありません!」
「あなたなら大丈夫」
「待ってください。ホームページを作るお手伝いはしますけど、内容については和知さんが書いてくださらないと」
「バイト代、はずむから」
「いやいやいや! むりむりむりむり!」
「書けたらちゃんと駅まで送っていってあげるから。ちゃんと書けたらね」
嗚呼……。
私だって納得できないのに。
そんな説明、無理ですぅ……。
案の定。
書いても、書いても、和知さんが望む文面には、なかなか到達できません。
山の日暮れは早いのです。
夕日は赤く、窓から真っ直ぐに侘しく差してくるのです。
隣の部屋からは、またカタカタと物音がしています。
こんなホラーなオチは嫌です。
早くおうちに帰してください……。
リメイク作家さんのアトリエを訪問しました エモリモエ @emorimoe
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