六犬伝

さやか

【プロローグ】

1億6000万年前。

地球は恐竜の時代だった。

しかし、隕石の衝突によって恐竜が滅びると新たに哺乳類が繁栄すると人類が誕生し、瞬く間に世界に進出する。

舞台は北アメリカ大陸に住むダイアウルフから始まり、彼らは集団で生活しながら大型肉食獣が食べ残した獲物を喰らう現在のハイエナと同じ暮らしをしていた。

ところが人間によって大型肉食獣が絶滅するとダイアウルフたちもまた滅びる運命に合う。

そんなある日のこと。

一匹のダイアウルフが地下で楽園を見つけると生き残った仲間を集めてこの地を居住地に決めた。

"此の地を我ら居住区とする" と彼はそう叫んだ。

一族は長い時間の中で知識を身につけ、農産物の栽培法、優れた建築技術によって高度な文明を築きあげる。

そして、仲間たちを取りまとめる者として犬神またを太陽神ラ-と名乗る最高権力者が現れてから数世紀が過ぎ……。

先々代犬神チャージは頭を悩ませる。

最近一族内で“謎の病”が蔓延し、長寿の一族であるはずの彼らの内から死亡者が急増している。

有馬「父上」

チャージの隠居を薦める先代犬神有馬は言う。

有馬「やはり未知の病原体を媒介した人間が悪い。奴らと戦うべきだ」

チャージ「ならん!お前は冷静になれ……ゴホッ」

チャージ自身も病に侵されて床に伏せる状態である。

有馬「父上もわしも既に隠居の身であるが、現犬神の奴はわし以上に何を仕出かすか分からん。ならその努めを果たさねばならない」

チャージ「努めか?隠居した者は静かに余生を過ごして生涯を終える」

有馬は立ち上がる。

有馬「父上はその努めを果たしてください。

わしは自らの努めにケジメをつける」

チャージ、有馬を継いだ現犬神ダイアは一族に楯突く他族を容赦なく滅ぼす好戦的な性格である。

彼は他族の長であり、親友の家康の言葉ですら耳を持たない。

家康「争いは何も生まん!何故それが分からぬ?」

ダイア「家康。我が一族以外は信じない!」

二人の戦いは激しい火花を散らす。

ダイア「貴様とは決着がつかない。争いに勝利した者こそが本当の幸福を得ることを忘れるな」

家康はダイアを理解できない。

一族の暴走は世界を震撼させるもその年の暮れに有馬は戦死するという事態に陥る。

ダイア「何を心配しておる?犬神は生きておる」

しかし、一族の皆はダイアを信用していなかった。

チャージは皆を呼び出すもダイアは応じようとせずに戦場を駆ける。

チャージ「止む得ない。"犬神憑き"を行う」

〝犬神憑き"は禁忌であり、人間に憑くことによって人間として生きるものである。

チャージ「我が一族は犬神一族として未来永劫に相続していく」

しかし、犬神憑きには準備に少しばかり面倒である。

チャージ「わしは長くない。柱として死ねるなら本望だ。皆はわしの遺言を遂行してくれ」

チャージは一族にそう言い残す。

他「ダイア様はどうなさるのですか?」

チャージ「奴はわしの血筋故に本家の者だ。そう絶やす訳にいかん。しかし、当主としての器でないのも事実だ」

チャージに後押しされたのは義実という若い男だった。

チャージ「義実。皆から慕われるお前は一族を取りまとめる長に相応しい」

義実は戸惑うもチャージに頭を下げる。

義実「先々代に恥じぬよう努力いたします」

翌年にチャージは病死する。

義実をはじめとした一族はチャージの遺言を遂行する。

しかし、ダイアは反対した。

ダイア「何故お前如きが犬神を名乗れる!」

義実「戦いに明け暮れるお前に皆は愛想を尽かしている」

ダイア「戦いに勝利することが幸福を得るのだ!」

ダイアは若い者を脅して尚も戦場に向かおうとする。

ダイアの実妹カムイは兄を心配する。

カムイ「今日も行かれるのですか?」

ダイア「お前も皆と同じ考えであろう」

ダイアの耳に誰の声も届かずにただひたすら刀をふるって相手を斬り倒していく。

しかし、彼は待ち構えていた家康に腹を突かれる。

ダイア「ぐわぁ」

血反吐するダイア。

家康「もうお前を野放しに出来ん。親友として為すべきことはお前の首を落とす」

ダイア「ならわしはお前も一族も恨む!」

後にダイアはオアフ島のマノアウォールにて、親友家康の手によって首を刎ねられる。

正式に犬神となった義実は家康たち他族と和解し、協定を結ぶと彼を筆頭に一族の安泰に全力を注ぐ。

犬神憑きを行い、一族は人間として過ごした。

          •

半世紀が過ぎたある日。

義実は書斎で事務作業をしていると八房という若い男が入ってくる。

八房「失礼いたします」

義実「何事だ?」

ハ房「義実殿の御活躍は父により伺っています。是非とも我を次期一族の長として迎えいれて欲しいと存じます」

義実「世継ぎの件はまだ決めとらん。いきなり来て何事だ?」

八房「我が一族の長となりし時は義実殿の娘セレーンを妻とし、その努めを果たしてみせましょう」

義実「それが目的か?悪いが娘の婿は娘自身が決めることでわしが口に出してよい件でない。理解したならお引き取りを願う」

八房「しかし、いつまでも家康一族に実権を任せては我が一族の存在する意味が分かりませぬっ!」

義実「犬神一族は神聖なる一族であることはわしも知っておる。だが、実権を担ったところで皆が幸せになるとは限らない」

八房は部屋を後にすると壁を叩きつける。

八房「義実……貴様がいつまでも一族の長として本家にいられると思うな!」

そこにパトリシアという若い男が現れる。

八房「若造。一族の長を狙っておっても次期はオレだ!」

パトリシア「オレは一族の長にも娘にも興味ない」

八房「そう言いながら狙っておろう!」

八房は去っていくとパトリシアは義実の書斎に入っていく。

パトリシア「義実殿。あなたの家族間に関わる気はございませんが、娘の教育はしっかりしてもらわないと皆業務外でウンザリしています」

義実「すまない。しかし娘は母を亡くし、孤独を経験しておる。せめて自由を与えてやりたいのだ」

パトリシア「……失礼します」

パトリシアは出ていくと義実は溜め息をつく。

義実の娘セレーンは毎日部屋に閉じ籠って憂鬱な気分である。

ダイアの死後は戦は一先ず治まったものの一族同士での争いは絶えない上に謎の病ですら原因が解明されていないのに無駄な犠牲を出していいのかと思い詰めていた。

そんな彼女はある日。

町で買い物していると軍人で二等兵であるラフという男に出逢って一目で恋に落ちる。

セレーン「すみません、私と付き合ってくれませんかっ!」

セレ-ンは見ず知らずの男性に大胆にもアプローチした。

ラフは気付いた。

彼女は自分を誑かしてラブホにでも連れ込むのだろう。

軍人であるラフは身が固かった。

ラフ「お嬢ちゃん。申し訳ありませんが私にそのような趣味はございませんのでどうか諦めてください」

セレーン「でしたらあなた様の部屋でも構いません」

ラフ「もっと大胆すぎませんかっ!」

ラフは生まれて一度と女性と交わったことのない童貞で彼女の登場に焦りを見せる。

彼女自身も処女である。

ラフ(一体どうしたらいいんだ?)

ラフ「もう一度言いますが、私はあなたに相応しくありません」

セレーン「私、犬神家の娘だからって気を使わないでください」

ラフ(イヌガミ店の娘!?これは関わらない方がいいよな?)

ラフはその場を離れようとするもセレ-ンは付きまとう。

ラフ(しつこい娘だ……家出少女か?)

ラフ「もう一度言いますが私はあなたとお付き合いする気はありませんのでお引き取りください」

セレーン「あなたはとても優しい人です」

ラフ「はいっ?」

セレーン「私が高貴な娘と知った男は皆私を盾に実権を握ろうとするのにあなたにその欲望はありません」

ラフ「高貴な娘?」

ラフは別の厭らしい欲望が頭の中に渦巻く。

セレーン「ですが、如何わしいことはやめてください」

ラフ「あなたから誘いましたよね?」

セレーン「私は貴方の傍で支えていきたいのです」

ラフの下半身が震える。

ラフ「私でよければ自由にしてください」

ラフとセレーンはその日を境に付き合い始める。

ラフとセレーンが付き合い始めて半月後。

一族が暮らすバベルタワー最上階で義実を中心に一族の長たちの話し合いが行われていた。

謎の病に対する仮のワクチンが開発されて病の進行も遅れ、一族の存続も何とか維持できている状態であるがいつ一族断絶の危機を迎えることに恐怖が彼らの背後にある。

他「わしら年寄りが生き残っては一族として意味がない」

他「若い者に先立たれては一族として機能しなくなる」

他「義実様。あなたのお導きだけがわしら一族の希望です」

皆は義実を見る。

八房「待て」

八房は立ち上がる。

八房「義実様は長たちと同じ年寄りである以上は若い私が一族を取り仕切る」

他「お前は少し黙っていろ」

他「何たる無礼だ!」

他「かつてのダイアと同じ発言をする!」

義実「ダイアの呪いか?」

義実はふと呟く。

他「一族に災いを引き起こす病はダイアの仕業か!」

他「ダイアが処刑される寸前にあやつはわしら一族と将軍一族、そして世界の秩序を恨んでいた」

義実は八房とパトリシアに面と向き合う。

義実「八房とパトリシア。お主たちにわしの補佐をしてもらいたい。今わしは退いても病は改善されないのは分かっているからには病をなくしていく方向を目指していきたい」

八房「ならん!今すぐに五代目を私に授けて貰おう」

パトリシア「義実様のお役に立てるのでしたらその役目を請け負いましょう」

喚く八房にパトリシアは頭を下げてその役を請け負う。

八房「貴様は一族に媚びを売りたいだけだろう!」

パトリシアは八房を無視する。

パトリシア「話は変わります。義実様の娘セレーン様ですが巷で下民と付き合っていると聞きましたがお許しを与えたのですか?」

パトリシアに義実や長たちは初耳で驚く。

他「一族の血筋が途絶えるやもしれぬのにあの娘の行動があり得ぬ!」

他「下民をすぐに処罰せぃ!」

パトリシア「娘と付き合っただけで処罰とは一族として立場がよろしくない。ここは私に任せて貰おう」

パトリシアは冷静に振る舞う。

義実「何か考えはあるのか?」

義実は問う。

パトリシア「下民は軍人であり、徴収をかければ二人は会うこともないでしょう」

義実「パトリシア。普段冷静なお前がそのような事を考えるとはわしは誰を信じていのかが分からない」

パトリシア「全ては一族のためです。賛同でしたら早速手配いたします」

他「異論はない」

他「同じく」

皆はパトリシアに賛同する。

ただ一人だけ……八房は手柄をとられたことに納得していない。

数日の後。

ラフはセレーンを近所の公園に呼び出す。

セレーン「ラフよ。話とは何だ?」

ラフ「三日後に異国の戦地に徴収命令が下されました」

彼が軍人であり、分かりきっていたことだが、彼女は何処か納得できなかった。

セレーン「何故ラフが行かねばならない?」

ラフ「上官命令だからです」

セレーン「代わりはおらぬのか?」

ラフ「代わりがいたとしても死ぬのはそいつです。ならば私がその役目を果たす」

セレーンはラフを見つめる。

セレーン「私に誓ってくれぬか?必ず生きて私に会いに来い」

ラフ「えぇ、勿論です」

ラフとセレーンは約束するもそれは叶わぬものとなった。

セレーンは後日ラフの訃報を耳にし、酷く落ち込んで部屋に引きこもる。

心配した義実は彼女に声を掛けるも返答はない。

義実「わしは何か間違いを起こしたか?」

義実はパトリシアと八房に問いかける。

パトリシア「全ては一族のためです。しかし戦死するとまでは思いませんでした」

八房「これで下民は消えた。私がセレーン様を幸せにいたしますので五代目を譲っていただきましょう」

実はこの八房は金の力を借りてラフ訃報を捏造したのだ。

パトリシア「今はそれどころでない」

パトリシアは義実の代わりに答える。

八房「媚びを売るのも大概にせぃ!貴様如き若造に五代目は荷が重いだろう」

パトリシア「オレは五代目に興味ない。今はセレーン様の傷を癒すのが優先だ」

八房「ならば私がセレーン様を妻にし、五代目として襲名すれば解決だろう!」

パトリシア「義実様。セレーン様はしばし放っておかれたら如何ですか?」

パトリシアは八房を無視する。

義実「そうしょう」

しかし、セレーンは日に日にやつれて食事も喉を通さなかった。

義実「セレーン。それ程あの男に恋していたのか?」

義実は嘆き悔いる。

ある晩。

セレーンはその命に終止符を打とうと手に数珠をもって塔から身投げする。

薄れゆく意識の中で彼女は争いに意を唱える。

セレーン「神よ、私の遺志をを継ぐ者たちにこの争いを止めてください」

セレーンの目に涙が滲み、息を引き取る。

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六犬伝 さやか @syokomaka09

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