いもさき~いもうとはさつじんき~

わたり楓

ぷろろ~ぐ:夜空に舞うセーラー服

「――これは殺人じゃないよ」

 だまりの中で笑いながら少女が口にしたことだった。

手にはナイフ、足元には今しがた少女に首を裂かれた少年が虚ろな目をして沈んでる。

「だって殺人って人を殺すってことでしょ? わたしが人って認識して殺してないんだもんこれは殺人って言わないよ」

少女は言った。

その光景が未だに頭に焼き付いている。

振り払うように頭を振る。

そして階段を駆け上がる。

「なんで、なんでなんでよ!」

 少し、ほんの少し痛い目に遭わせてやろうと思っただけだった。

 ちょっと可愛いからって調子に乗ったあいつに分からせてやろうと思った。

 誰も居ない廃ビルに呼び出して、運動部の男子も呼んで、あいつが怖がって泣いてるところを友達と一緒に笑ってやろうと思ってた――なのに。

「なんでこうなるの!」

 今、自分は、あいつから逃げている。

 息を切らしながら必死に屋上へ向かっている。

 なぜ? 振り返ると先ほどの惨劇を思い出す。

 まず、バスケ部のエースもしていたあいつ、体格もよくて喧嘩もつよかったあいつが死んだ。

 腕を折られて、首を嚙みちぎられた。

 次のやつは鉄パイプを構えた男子だった。

 一瞬で首を引き裂かれて死んだ。

 訳が分からなかった。

 次に二人、男子が全員死んでからやつがナイフを持っていることに気が付いた。

 いつ抜いたのかわからない。

 つぎに右隣に居た女子が死んだ。

 左隣に居た女子は金切り声を上げて逃げようとした。

 下の階に行こうとした女子はやつに捕まって死体になった。

 だから上に逃げた。

 自分はああなりたくなかった。

 屋上のドアが見える。

 救われた気分だった。

 助かったような気がした。

 飛び込むように屋上に出た後、鍵を閉める。

 震える手でポケットに手を入れて一一〇を押して電話をかけた。

「助けてください! 殺人鬼に追われてるんです!」

 ただ叫んだ。

 ビルの名前を伝えて「すぐに向かいます」という返答を聞いて肩をなでおろした。

 幸い、ここの扉は鉄製、鍵も閉めた。

 警察が車で籠城していれば助かる。

 そう思った。

 ――その時。

 轟音が響いた。

 音の方を向く。

「――――えっ?」

 理解が追いつかなかった。

 扉が宙を舞っていたのだ。

 意識が戻ったのは扉が屋上の床に落ちるガシャンと言う音が鳴ってから。

 全身に鳥肌が立つ。

 ゆらりと、出て来たのは少女。

 絹のような真っ黒な長い髪をおさげのツインテールにしている。

 顔立ちは幼く眼も大きくまつ毛も長い。

 細い手足はしなやかで白い肌はまるで陶器のよう。

 肌の白さと真黒なセーラー服が見事に調和している。

 緑色の目がじろりとこちらを見た。

 にっと少女が笑う。

「よく逃げたね、追いかけるの結構楽しかったよ」

 呼吸が乱れる。

 汗が出る。

 鼓動が早くなる。

「ここの階段上って来る時にね、あなたのこと殺したくなっちゃったんだよね」

 まるでスキップするようなしぐさでこちらに近づいて来る少女。

 一歩歩く度にゆらゆらとツインテールが揺れる。

「だから――あなたのことは人として殺してあげる」

少女が左足の踵を上げた。

――殺される。

そう確信した。

だから逃げた。

屋上の端の方まで。

無駄だって分かったのはもう進めなくなった時。

あと一歩進めば地面に真っ逆さまだ。

このビルのは十一階建て、落ちたら命はない。

高所に怯えて振り返った時、殺人鬼が居た。

「あ――っ」

 すとん、と胸に痛みが走った。

 体を支えていた糸が切れたみたいな感覚。

 ぐらりと体が揺れて、落ちていく。

「さようなら、マミちゃん」

 浮遊感に包まれる。

 最後に少女は名前を呼んだ。

 これが人として殺すということなのかと思った。

 やってきたのは衝撃。

 感じたのは温かさ。

 頭がぼーっとしてくる。

 痛みはすでにマヒしていたが、浮遊感がなくなったということは地面に落ちたのだろうと思った。

 もうあの少女の姿は見えない。

 遠く上の方だ。

 ぼやけていく意識の中、サイレンの音が聞こえる。

 警察が来た。

 もう逃げられない。

 逃げ場なんてない。

 日本の警察は優秀だ。すぐにビルを包囲してやつを捕まえる。

 きっと死刑になる。

「あはっ――」

 口角が緩んだ。

 自分はもうすぐ死ぬ、でもお前も死ぬ。

 勝った。

 そう思った。

 理解できないものが映った。

 あり得ない光景を見た。

 夜の闇、ネオンのその先、星空を背に、黒いセーラー服が舞っていた。

 飛び降りたわけじゃない。

 だって、やつは弧を描くように飛んでいる。

 スカートをなびかせながら大通りの上を飛び越えて正面のビルの屋上に着地した。

 あり得ないが現実に起こった光景だ。

 その姿を見て思った――。

 ああ、自分たちは手を出してはいけない相手に喧嘩を売ったのだ、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る