第2話 お願いします!
深呼吸をして、状況を整理しましょう。
春の結婚式を前にして、私、ユリア・ペトリは貴族令嬢としてのマナー講座に出るため、雪の残る王都に上っていました。
我が家は東の辺境にあるペトリ辺境伯家で、言っては何ですが、田舎者です。しょうがありません、敵国とか敵蛮族とかいる国境線手前なんて、まともに商業が発達しないのです。これが南や西の辺境伯家なら友好国とか先進国と接していて栄えているのですが、我が家は違います。贅沢費よりも軍事費なのです。
ゆえに、私は王都のアパートメントの一室を借りて生活し、婚約相手であるタドリーニ侯爵家にマナー講師を呼んで講座を受ける、という形になり、張り切って第一回を前にしていたのですが——突然呼び出されて婚約破棄、というご覧の有様です。
私は何か悪いことをしたのでしょうか。いえ、悪いのはウェンダロスです。つまりウェンダロスは私に恨みがあるのですね、ガッデム。
しかし、そんな下らないことを考えている暇はありません。
私は非力な貴族令嬢、いえもうただの平民です。誰かに頼る以外、どうすることもできないと分かっていました。手元には生活費しかなく、王都在住の貴族はペトリ辺境伯家と繋がりが薄く、親族はいません。国王陛下に直訴することも考えましたが、無駄でしょう。まさにベネデットの言ったとおり「平民に成り下がった女」を相手にしてくれるとは思えませんでした。
「どうしよう……領地にはきっとまだ戦っているお父様とお兄様たちが……!」
たとえ蛮族に攻め込まれたとしても、そう簡単にペトリ辺境伯家がなくなるとは思えません。ペトリ辺境伯である父、そして兄たちは真っ先に応戦し、勝ち目があろうとなかろうと戦うしかない状況だということは、想像に難くありません。
なぜなら、ペトリ辺境伯領には少ないながらも領民がいます。女性や子供、老人だって当然います。戦える男性たちは家族を守るために武器を手に取る、勝てなくても敵の手にかからないよう家族を逃す時間を稼ぐ。そうしていることでしょう。
しかし、そういった状況であることを、誰が理解して、誰が助けてくれるのか。
国王陛下から直々に見捨てられた以上、国内の貴族は誰も助けてくれないのでは?
頭をよぎった恐ろしい事実に、私は思いっきり首を横に振ります。そんなことはありません、きっと誰か、助けを求めれば手を差し伸べてくれるはずです。
しかし、誰が。
タドリーニ侯爵家から走って出てきたせいで、私は周りをよく見ていませんでしたが、まだ貴族たちの邸宅街から抜け出てはいませんでした。それもそのはずです、王都であろうと広大な庭付きの屋敷を構える大貴族ばかりがいるエリアなのですから、広すぎて徒歩では大通りまで出るにも時間がかかります。
なので、ふと目に入った門に掲げられている真鍮の表札——家紋である丸い紋章と、下に家名が刻まれています——を見上げて、私は我に返りました。
「あ、こちらはレーリチ公爵のお屋敷だったのね」
レーリチ公爵家の、月桂樹の冠に
つまり、軍事面に長けた大貴族。
私は閃きました。
門扉を掴み、大声で中の屋敷へと叫びます。
「すみません! 大至急、レーリチ公爵にお取次を! 私、ペトリ辺境伯家のユリアと申します!」
何だ何だ、とすぐに門番であろう軽鎧を着た男性たちが、門扉の向こうにやってきました。明らかにびっくりしていますね。注目を引いた今がチャンスです、私はこの機会を逃すわけにはいきません。
「ど、どうしたんだお嬢さん」
「今申し上げたとおり、緊急事態なのです! レーリチ公爵閣下はおられますか!?」
「いらっしゃるが、緊急事態とは?」
「どうかお取次を! ペトリ辺境伯領に東方の蛮族ウェンダロスが侵攻してきているのです! レーリチ公爵閣下へ、ペトリ辺境伯家のユリアが面会を求めているとお伝えください!」
「分かった分かった! 門扉が壊れるから落ち着いて!」
私はそうやってしばらく叫んでいたのではないでしょうか。門番の方になだめられても門扉の鉄柵から手を離さず、庭の雪かきをしていて騒ぎに気付きやってきた若い執事たちにも同じように訴えます。
屋敷の内側、門扉の前に人だかりができてきました。それでも私は諦めません。
「お願いします! 家族と領民の命がかかっているのです!」
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