星の海の下で

玖莉緒

星の海の下で

 目を開けたらそこには、満天の星空が広がっていた。

 目の前いっぱいに広がる光景はキラキラと煌めき、瞬く。そんな自然が織りなす圧倒的な美しさに飲まれたワタシは、言葉もなくただただ見つめていた。


 ドルン、ドルン。


 機械的なエンジン音が突然耳に入り、ワタシはあたりを見渡す。

 空ばかり見上げていたが、そこは一面闇に覆われて街灯一つない。


 そんな闇の中を一筋の光が、こちらに向かってやってくる。

 だんだんと大きくなるエンジン音。一筋の光は迷いなくワタシの前にやってきた。


「やぁ。良い星空だね!」


 光の正体は自動二輪車のヘッドライトだった。

 真っ暗な闇の中を自動二輪車に乗ってやって来た男は、ゴーグルを跳ね上げ、親しげに話しかける。


「こんな素晴らしい夜に、ここに来られてよかったなぁ。この星水なら、どんな酒だってかなわない素晴らしい甘露だろう!」


 男は至極嬉しそうにまくし立てる。ワタシは男の言葉の意味がわからず首をかしげた。


「いい、いい。まずは君の門出を祝して、この星水で乾杯しよう」


 そんなワタシの態度に気を悪くする様子もなく、にこりと微笑んだ男はまたがっていた自動二輪車から降り、後輪付近に取り付けていた鞄から小さなコップを取り出す。


 コップを握りしめた男は鼻歌を歌いながら、その場にしゃがんだ。

 今まで気づかなかったが、そこには星空の光を取り込んでキラキラと煌めく小さな川が流れていた。

 

 ゆっくりと川の水をくみ、何がそんなに嬉しいのかわからないほど喜色満面な表情で、男はワタシに星水が入ったコップを差し出す。


 コップの中には、キラキラと煌めきたゆたっていた。言葉通りに星空が水に溶け込んでいるようだ。

 受け取ったワタシは、ゆっくりと口元に傾け星水を口に含む。摘み立ての白葡萄のような芳醇な香りと味わいがが口いっぱいに広がり、そのまま嚥下した。


 どこか、遠くの方でパタンという音が聞こえる。


 そして、私はゆっくりと男を見た。


「・・・久しぶりね」


 男は、焦げ茶色のまぁるい瞳に涙をいっぱい浮かべていた。


「ああ、ひさしぶりだ」


 お互いの声が震える。私は心のまま、愛しい”彼”の胸に飛び込んだ。

 彼の身体は、昔のようにしっかりとした体躯に戻り、私の身体を難なく受け止めそのまま腕の中に抱き込む。


「ごめんな」


「いいの。これからは、またずっと一緒でしょ?」


「ああ」


 交わす言葉は少ないけれど、私を抱き込んだ彼の腕は力強い。

 彼を失ってから感じていた不安が、どんどんと薄れていく。


「私、頑張ったの。目一杯甘やかしてもらうわ」


「うん、うん」


 ぎゅうぎゅうと抱きしめて、嗚咽を漏らしながら、彼は私の頭に頬を擦り付ける。

 ずぅっと昔から変わらない彼の態度に、クスリと笑った私は、その胸に顔を埋めて応えた。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

星の海の下で 玖莉緒 @kurio_000

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ