第9話 紳士の嗜み

「なぁ、脂元君の代わりに手伝ってくれないかい?」

「探偵、山葵山洋一、、」

男がそう問いかけても、希美はずっと名刺を見つめたまま微動だにしない。

業を煮やした怪しい男が肩に手をかけると、キャッと希美は我にかえる。


「はっ、すいません。お手伝いですね!どんな事件の捜査をすれば良いですか?ここで捜査してるってことは学校で事件が起こったんですか?殺人事件ですか??まさかの密室ですか!?」

希美は両手で名刺を持ったまま山葵山に詰め寄る。


おっとっと、と山葵山は詰め寄る希美の頭を押さえ落ち着かせる。

「君は何か勘違いをしてるね。そんな事件は警察に任せておけば良いさ。僕の仕事はもっと一般の人のために動いてるんだ。」

希美は持っている名刺をもう一度見返し、哀愁の表情と共に尋ねる。


「でも探偵って言えば殺人事件じゃないんですか?警部と知り合いじゃないんですか?」

「それは小説や映画の中だけの話だよ。第一僕は血が苦手なんだ。殺人事件なんてまっぴらごめんだね。」

山葵山は手を振り拒絶を表現する。

希美は残念そうに俯くが、それでも探偵の手伝いという非日常的なことに関われることを嬉しく思う。


「それじゃあ、今はどんな事件を追ってるんですか?」

「追ってるのは事件じゃない。あれを見てくれ。」

そう言いながら山葵山は上を指さす。

希美は指がさす方向を見ると、そこには背中を丸めて警戒している猫がいた。


「まさかあの可愛い猫が、誰かを殺しちゃったんですか?」

「君は殺人から離れてくれないか!あの猫が脱走したから探してほしいって依頼があったんだよ。やっと見つけて捕獲しようとしたんだけど、今度は脂元君が逃げてしまってね。代わりに手伝ってもらえないか?」


「なるほどですね。でもごめんなさい、わたし高いとこが苦手なんです。」

「大丈夫さ、引っ掻かれるかもしれない危ない目に女の子を合わせるわけにはいかない。僕は紳士だからね。君は木の下で少しかがんでくれないか?」


猫が落ちてきたところを捕まえるのかな?でもかがむ必要はあるのかな?と疑問を持ちつつ、希美は指定された場所で前かがみになる。

「よし、じゃあ動かないでね~。」

山葵山はそう言いながら希美の肩に手をかけて丸まった背中に乗ろうとする。


「ちょっちょ、何?」

体重がかかるのを感じた希美は反射的に背中をピンと伸ばす。

すると山葵山は重心と足場がずれて地面に倒れこむ。


「いったいなぁ!動かないでって言ったでしょ!?」

「だって今私を足蹴にしようとしたでしょ!」

「君が高いとこ苦手だって言うから、僕が登るしかないじゃないか。僕は紳士だからね。靴は脱いでるから大丈夫だよ。さ、もう一回かがんで。」

「嫌ですよ!どこの紳士が女の子を足蹴に木に登るんですか!靴は脱いでるからとかは関係ないですよ。」

「じゃあどうすれば良いんだ、流石に一人じゃ登れないよ。」


二人が言い争っていると、希美の後ろからちょんちょんと肩をつつかれた。

言い争っている勢いのまま振り返ると、そこにはにんまり顔の親友が立っていた。

「琴音、帰ったんじゃなかったの?」

そう尋ねられた琴音は、人差し指を立てて2,3回小刻みに振る。


「なんだか楽しそうな音が聞こえてきたから来ちゃった♪話は聞いてたよ!私高いところ平気だよ!」

「そうかい、それじゃあちょっと手伝ってもらって良いかい?僕が肩車するからあの猫を捕まえて欲しいんだ!」

「ちょっと、紳士は女の子を危ない目に会わせないんじゃなかったの?」

先ほど違う対応に希美は異議を申し立てる。


「だってこんなか弱い女の子に乗って登るわけにはいかないだろう?」

「さっき私を足蹴に登ろうとした人は誰ですか!?」

「何!?そんな非常識な人間がいたのかい、それはひどい!」


「............」

ダメだ。希美は心を落ち着かせる。会話にならない。希美はそう悟った。

確かに琴音はか弱いという言葉が似合う。ふんわりとした雰囲気には女の私でも守ってあげたくなってしまう。

私が黙ったとみるや、早く早くと山葵山は琴音の手を引き肩車のためにかがんで準備を始める。


「ちょっとまって、琴音はスカートなんですよ!あなたが肩車して木に登ったら見えちゃうじゃないですか?」

「そうだね。これで希望が見えてきたよ。二人ともありがとう!」

「そんな話してません!スカートの中が見えちゃうじゃないですかって言ってるんです!」


「大丈夫だよ、僕はこうやって目を瞑るし覗くなんてことしないよ。なんてったて僕は紳士だからね。」

希美はすかさず山葵山に殴りかかる。

「わっ!危ないだろう何するんだ!?」

「ちゃんと見てるじゃないですか!とにかくあなたが肩車するのは断固拒否します!私が下になるからどいてください!」


そう言うと希美は琴音のそばに寄って前かがむ。

琴音は嬉しそうに、かがんでいる希美の肩に足をかけて、いいよ~と声をかける。

希美は少し力を入れ、琴音の足を握り体を起こした。

楽しいね~と言いながら手を伸ばす琴音だったが、木の枝に手はかかるが登るまでには少し高さが足りない。


「希美ちゃん、あとちょっと。ジャンプしてジャンプ!」

肩の上で腰を弾ませながら訴えているが、支える希美は必死だ。

「ちょっとそんなに動かないでよ。じっとしてて!」

え~と言いながら口をとがらせる琴音。

見かねた山葵山が「やっぱり僕が下になるべきだね」と言って交代を促してくる。


それは断固拒否を継続するが、このままでは埒が明かない。

良い方法はないかと考えていると、上に乗っている琴音があっ、という声と共に大きく手を振って誰かを呼び止めている。

「聡美ちゃ~ん、ちょっとこっち来て~。聡美ちゃんの好きな猫ちゃんがいるよ~。」


琴音が呼びかける方へ視線を向けると、そこにはバレーボール部期待の新人、鯨谷聡美の姿があった。

琴音の呼びかけに気づいた聡美は、少し気だるそうに希美たちのもとへやって来る。

「なんだ、騒がしいなと思ったら琴音とさときびじゃないか。こんなとこで何してるんだ?」


肩車されている琴音とほぼ同じ目線で会話する聡美を見上げながら、希美は交渉を開始する。

「鯨川さん悪いんだけど、木の上に猫が登っちゃって困ってるの。私の代わりに琴音を肩車してもらえないかしら。」

「それは構わないけど、あんたたちが騒いだおかげで玉三郎がだいぶ警戒してるぞ?」


「玉三郎?」

初めて聞く名前に、希美はオウム返しする。

「あの猫の名前だ。良い名前だろう?」

聡美は誇らしげにそう説明をするが、希美と琴音は口をぽかんと開けたまま言葉が出てこない。


聡美はそんな2人のことはお構いなしで続ける。

「木の上に登ってしまうと逃げちゃいそうだよ。少し下の方からゆっくり近づいて警戒を解かないと。。私がやるから、何か登れる台みたいなのはないかい?」


肩車を解いた希美と琴音は互いを見合わせた後、近くに何かないか周りを確かめる。

しばらく探したのちに、2人の視線はあるところで交差する。

「ん?何か良いものがあったのかい?」

2人は互いを見合わせ、目標を見つけた表情でうなずいた。

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