ぎんいろ。

彼方 紗季

1話

肌寒いのか、暑いのかよくわからない。そんなGW4日目。

さすがに寝て、起きて、食べて、寝て。そんな生活でこの貴重な長期休みが終わってしまうのはまずいと感じた。

視界を妨げている髪の毛を、手ぐしでなんとか整えると、ちょっと起きてもいい気がした。

完全遮光のカーテンから漏れる光に目を細めながら、よたよたと片手でカーテンを開けた。

どうやらもう12時は回ってるらしい。


昨日半額で買ったパンを食べながら、インスタを見る。GWおすすめのスポットとかGWでやるべきこととか、どれを見てもいまいちしっくりこない。インスタを閉じてLINEを開いた。公式からのメッセージを一括で既読にしてまた閉じた。


ふと目線を上げるとしわしわになった服と、ポストに入ってたチラシと、食べかけのお菓子の袋と、買って放置した雑貨など、あらゆるところに物が散らばっていた。


いい加減に片付けないとなぁ。

今日は片付けデーになりそうだ。


一度スイッチが入ってしまえば早いもので、服は洗濯機、チラシは紙袋、お菓子は胃袋というように次々と放り込んでいった。

この間買ったアクリルキーホルダーは、押入れの引き出しに入れようとした。けれど引き出しはパンパンで。仕方なく引き出しを引っこ抜いて、ベッドの上に置いた。


引き出しの中を全部吟味しても、残念なことに、中身はどれも捨てられなくて。元あった場所にもう一度入れ直すだけとなった。

引き出しを戻して、今度はその下を引っこ抜こうとする。けれど引っかかって抜けない。力いっぱいに抜くと、ガガっという音を立てて、引き出しは抜けた。奥の方にある木のオルゴール箱に引っかかっていたようだ。


下段のも同じようにベッドの上に置いた。

引き出しの中身を見回し、全部捨ててしまおうと思った。

使えるかわからない匂いつきのペン5本セット。ぐにゃぐにゃと曲がるえんぴつ。ロケット鉛筆。図工の時間で作った木のオブジェと、下手くそな自画像。

お道具箱にはクレヨンと、小さいハサミと、30cm物差しと、折り紙ケースと、メモ帳と、色褪せたプリクラとポスカの入ったペンケース。そんな物たちで溢れていた。


全てそのままゴミ箱に放り込んでしまえればいいのに。この世はそうはいかないらしい。


ペンセットの外箱はプラごみ。中身は燃えるゴミ? クレヨンは燃えるゴミ。下手くそな自画像はそのまま紙ゴミ。プリクラは個人情報の塊で、ちょっとだけすまんと思いながらも、ハサミで切り刻んでしまった。

折り紙ケースもケースはプラごみ。フタを開けるとまだまだ沢山折り紙が入っていた。

使いかけの折り紙セットが2つも入っていて、仕方なく外装を引っぺがしてプラごみに入れる。中身は勿体無いと思いつつ、紙ゴミへ。

ケースの底に敷かれた、袋に入っていない折り紙たちも掴んで、紙ゴミに捨てようとした。


すると、折り紙たちの真ん中に少し厚みがあった。

端っこの方からゆっくりと折り紙たちを取り除くと、下には銀色の折り紙で作ったメダルがあった。


折り紙のメダルを裏返すと、真ん中には丸く切り抜かれた黄色い紙が貼ってあって、そこには1位と書かれていた。



小学校3年生、あれは中休みだったか、クラスのほとんどが、グラウンドで遊ぶ習慣があった。

2時間目が終わると男子も女子も教室を飛び出して、我先にとグラウンドへ向かっていった。

私もその1人で、毎日グラウンドへ駆けて行った。ドロケイをしたり、ドッジボールをしたり、毎日楽しくて飽きなかった。


ある時クラスの女子だけでドロケイをしようとなった。男子は速すぎるよ〜と誰かが言ったからだった。まだまだそんなことないのにと思いつつ、みんなは了承した。私もまあいっかと了承した。


私は春生まれで、背もそれなりに高い方で、毎日外で遊んでいた。だからどんどんみんなが捕まっていても、自分は捕まらなかった。


助けてよ〜と、捕まった子たちは叫んでいた。警察がいっぱいいるから、なかなか助けにいけない。何度も向かったけど、警察に見つかる度、逃げるようにUターンして戻らなくてはいけなかった。おんなじことを何度も繰り返して、体力的にもう無理かもと思った。

そんな時、1人の子が草むらの影から出ていった。逃げている私とすれ違うようにして、その子は嬉しそうに駆け出して行った。


他の子も追われていて、ちょうど1人しか見張りがいなかった。しかもその見張りは駆け出している子に背を向けていた。


捕まった泥棒の何人かが、駆け出した子に気がついて、牢屋のギリギリから片手を伸ばした。


何人もの手にタッチして、牢屋からさ何人もとき放たれた。その代わり、戻ってきた警察に彼女は捕まった。かっこよかった。


彼女はショートカットで、黒髪で。私はくるくるパーマで、茶髪で。

私はお古の服。彼女はメゾンドピアノのお洋服。水色のTシャツが可愛かった。


ある日、クラスのリレー選手を決める時間があった。私と彼女、2人が最後に残った。勝てないかもなと思った。彼女は早かったから。


結果は同着だった。走った後の彼女は笑っていた。楽しそうだった。ドロケイの時と同じ目をしていた。


もう一度走った。結果は彼女が勝った。私は悔いがなかった。


彼女は折り紙で作った金のメダルをもらった。私は銀のメダル。


クラスの女子からだった。


ごめんね、金色は1枚しか入っていなかったんだと言われた。

いいよと言った。

でも1回目は2人とも1位だよと誰かが言った。そうだよ可哀想だよと誰かが言った。

作ってくれた子は俯いた。

そんなこと言わないでと私が言った。

嬉しいよと私は言った。


チクリと胸が痛んだ。


次の日、メダルを返してと言われた。

なんで?と言った。

金のメダルに作り直すからと言われた。

いいよ、気にしないで! と言った。

でも……と言われた。

だって、2回目は◯◯ちゃんが1位だよと言った。

それでも彼女は俯いていた。


私は自分のお道具箱を引き出した。折り紙ケースから黄色の折り紙を取り出した。それに丸く鉛筆で線を書いて、その線に従って丸くくり抜いた。

そこにペンケースから取り出した黒のポスカで1位と書いた。


もう片方のお道具箱からメダルを取り出した。それを裏返した。そしてノリをぐるりと塗った。1位と書いた折り紙の裏側と、メダルの裏側を貼り付けた。黄色の折り紙の円は少し小さかった。


ほら見て! と私は笑顔で言った。

裏返せば1位にもなれるよとも言った。

彼女はまだ納得してなさそうだった。

いっこで1位にも2位にもなれるなんて凄くない? と言った。

そう……? と彼女は言った。

そうだよー! と私は言った。

作ってくれてありがとうねと私は彼女を抱きしめた。

彼女はうん! と抱きしめ返した。



かけっこ1位の彼女は何ちゃんだったかは、もう思い出せなくなりつつある。彼女は私立の中学校に行ってしまった。

メダルをくれた彼女は高校で別々になってしまった。今は何をしてるだろう。


銀のメダルは記憶よりも不格好で、少し破けているところがあった。黄色の紙の端っこは鉛筆の線がまだ残っていて、綺麗な丸とは言い難かった。


捨てちゃおうかな、と丸めようとしても、流石に無理で。でも捨てたい気もして。仕方なく空っぽの折り紙ケースに放り込んで。そして蓋をした。


買ったばかりのアクリルキーホルダーを、引き出しの空いたスペースにしまって、引き出しを元に戻した。引き出しはするりと入った。


押入れの扉をしめて、スマホのボタンを押した。

時間は16:30。急に眠気がきた気がして、目を細めながらカーテンを閉めた。

ちょっと肌寒かった。

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