第五部
第一章 帝国皇子の身の振り 570話
「いつになったらガーディアナ王国に帰れるのだ」
俺がぼやくと、側近で幼なじみのスチュワートが答えた。
「当分無理でしょうねえ。それに帰るのはこの国ですよ、ライオット第三皇子」
ちっ、皇子と敬称をつけて正論ぶちまけやがる。
大々的に婚約を発表した。来年には、向こうの国で婚姻の式を挙げたいんだ。そうすれば向こうが生活の場になる。だから帰るでいいだろう。
俺は半年も愛するキャロライナに会えていないんだぞ! 出会ってから会えた日より会えない日の方が多いなんておかしいと思わないのか。
「遠距離恋愛ですね。羨ましいですよね」
どこがだ!
「ワタクシなんて、お忙しい殿下のオモリのせいで、婚約者どころか彼女さえもできないというのに」
ふっ、まったくどこまで嫌味たらしいんだか。『俺』っていつも言っているのに。こんな時だけ『ワタクシ』だと。だいたいお前、学園にいた時は、女子生徒の憧れの的だったじゃないか。来る縁談すべて断っていたのも知っているぞ。
「断っていたのは皇子も同じでしょう? まったく、一人だけ上手いことおやり遊ばせて」
やめい! あ~。なんかイライラする。
「まあ、からかうのはこのぐらいにして」
からかってたのかい!
「なぜ帰ることができないか。そんなことも分からないほど無能ではないですよね、我が主。まあ、お茶にしますか」
ヤツはチリンと鈴を鳴らし、メイドを呼びつけ「カフェオレ二つとサクランボジャムのクッキーを」とリクエストをした。
仕方がない。切りのいい所まで片付けるか。
◇
「さすがですね。キャロライナ王女のクッキーは、帝国の一流料理人ですら再現できない特級品ですね。それに、薬で使っていたコーヒーを、ミルクと砂糖でこんなおいしいドリンクに変えるとは。数年前まで大したことのない国だと思っていたのですが、王女の影響がこれほどあるとは」
「ああ。俺も驚いたよ。って、そんなに食うな! 俺への贈り物だぞ!」
「ケチケチなさらずに。皇子はキャロライナ様のおかげで胸がいっぱいですよね」
「あ、ああ」
「でしたら、さみしい俺が、クッキーで胸をいっぱいにしてもいいですよね」
「それ、胸じゃなくて腹だろ!」
「そうかもしれません」
「おいっ」
遠慮とか、ないな。
「それはそうと、王国に行かれたいのでしたらそのように予定を組みますが」
「それができると思うのか?」
「可能ですよ。その後どうなってもよろしいのでしたら」
「分かってる。だからこうしてアクレク商会の帝都支部を立ち上げようとしているのだろう」
キャロライナが主導してこの国に送ってくる固形石鹸と液体石鹸。液体の方は髪専用。それが足りなさすぎる。欲しがる貴族夫人や令嬢が多すぎて、誰に売るのかを決めなければいけない。今は俺が押さえているんだが、いつまでもこのままではまずい。
そして俺の跡を巡って第一皇子派と第二皇子派の対立を生み出している。
「それどころかジュリアノ皇子がキャロライナ様を狙っていますよ。もともと側室にする気満々でしたからね」
あのバカ兄! まだそんなことを!
「そのうち暗殺者が沸いて出るのではないですか? ライオット様がいなければ、って思っていますよ。絶対に」
そうだろうな。
「だからだ。商会ができれば俺の息のかかった者で回せる。マルチェロ兄さんが王位を取れるように、石鹸の配布を調整することだってできるんだ。まかせた、スチュワート」
「やっぱり俺が支店長ですか。俺も皇子と一緒に王国に行きたいんですけど!」
「悪いな。信用して任せられるのはお前だけなんだ」
実際そうだし仕方ないだろ。
「愛しの王女様は大丈夫なんですか? 命狙われたり」
「まあ、サチとポエムが護衛にいれば大丈夫だろう」
あの二人は規格外のメイドだった。王国はどれだけの隠し玉を持っているのか。
王国でのちょっとした嫌がらせや、国家間の問題になりそうなトラブルを、腕力だけで未然に防いでいたからな。あの二人を護衛から外すことはあるまい。
「ああ、サチさん」
「なんだ。ああいうのが好みなのか? 年上好きだったか」
からかってみたら、図星か!
「歳は確かに上ですが、あの強さと笑顔のギャップが。スタイルも抜群だし」
おやぁ? 本気かぁ?
「第二皇子だけでなく、ジュリア第一王女様、まだアルフレッド王子をあきらめていませんよ。婚約はまだしていないから予定の娘をいなくすればとか言ってるみたいだし」
「待て! 予定の娘ってレイシアとかいうアクレク商会の会長か! 魔道具発明している」
「それです」
「馬鹿兄貴も手に入れようとしている。商会ごと乗っ取れるからな。今は王子の婚約予定者だから、うかつに手出しできないようだが」
「短絡的に考える人ですから……、気を付けるように伝えましょうか?」
「まずはこちらで対策を練らないといけないな。マルチェロ兄さんが勝つようにしないと。弟妹を味方につけないと」
第一王子の兄さんがこの国を治めてくれれば、王国との関係は維持できる。万一あのバカ兄が出張ってきたら……。
「第三皇子ライオット国王期待論が出ているのはご存じですか?」
「はぁ?」
「こういう噂は本人にはなかなか伝わらないのですが……」
「なんだ?」
「王国からの石鹸などの貿易のルートと才色兼備な王女を手に入れた、やり手の皇子に国を継いでほしいと、主に女性から声が上がっています。見た目もよいですからねぇ」
俺を政治に巻き込むな!
「いや、でもなんだかんだで私欲の薄いそれでいて平和主義の殿下と、才能あふれる王国の王女の婚約がどれほどの盛り上がりになっているのか知らないのですか?」
そんなもの一時的なものだろ。
「第二皇子は論外として……、第一皇子よりも頼りがいがあると……」
「はいはい。そうして持ち上げたところで何もせんぞ。俺は王家から抜けたいんだからな。国外追放されても生きていけるように勉強も訓練もしていたんだからな」
「その努力が、変な期待感を持たせるんですよ。自覚しています?」
そうは言っても、いつあのバカ兄貴が俺を目障りだとして排除するかもしれないだろ。
「皇帝を目指してはみませんか?」
「そうだな。皇帝になったら一族のほとんどを粛清するぞ」
「……はぁ。やりかねませんね」
バカ兄貴とか、無能な姉とか……。親父も身内に甘いからな。
「無能ならまだいい。自覚さえしてくれていたらな」
とりあえず、皇帝にならなくても、私欲しかない第二皇子と第一皇女は追い落としてからでないと、安心して王国に婿には行けないな。
「まったく。そんな殿下を隣で見ていたいというのに……俺だけこちらで支店守らせるんですか」
ぶつぶつ言っているスチュワートに「お前しか信用できないんだ」となだめて仕事に戻った。
まあ、次にキャロライナにあったら、スチュワートとサチの縁談を提案してやる。俺についてくるんだろ? だったら身分差などなんとかなるだろう。
お互いの手紙は、どこかで止められている。わずかに入ってくる情報をもとに、キャロライナの読んでいる未来を予測するしかないんだ。業務連絡ぐらい取らせろよ、馬鹿兄貴め!
政治が安定するまで下手に動くと暗殺も視野に入れないといけないからなぁ。
俺はともかく、キャロライナを巻き込むわけにはいかないんだ。
ああ~! 会いたいだけなのに! これだから政治は面倒くさいんだ。
早く自由になって、キャロライナと甘い生活を送りたいだけなのに。
「なあ、皇帝になって身内粛清していいか? その方が早そうだ」
真面目に聞いたんだが「またまた~、やめてくださいよ」と流された。皇帝になれって最初に言ったのお前だろ。
「本当にやりそうだから止めているんじゃないですか」
まあな。最終手段として頭の片隅にでも残しておくよ。
窓越しに空を見上げて、キャロライナに早く会えるように祈りを捧げた。
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