様々な人による学園祭の様子③ 466話

「クソ兄貴にガーディアナ王国の姫を嫁にする計画が?」


 王国の王女と言えば、俺と同い年のキャロライナ。第二皇子の兄が王国の姫を娶るとなると、皇子継承レースの動きが変わる。俺も含めて皇子は五人。俺の母は側室の中でも最弱、ハナから脱落している。それはいいんだ。問題は政務に強い第一皇子と、武力戦争推進派の第二皇子。どちらが帝王になるかでこの帝国と周辺諸国の未来が変わる。


 俺とすれば第一皇子の兄さんが帝国をリードしてくれればと思っているのだが、数百年平和が続くと軍部の存在意義を高めようと戦いを起こしたがるヤカラが出てくる。どちらかと言えばクソ兄貴の方が優勢なのにその上で王国から人質扱いで王女を嫁に? 側室だろうよ。しかし面倒な。


 どうせ夏休みだ。お忍びで王国探りに行くか。


 誰からも期待をされていない俺は、侍従のスチュワートに船の手配を頼んだ。



 サカから王都までの移動の間、諜報員たちを訪ねこの国の現状を聞いて回った。

 どうやら最近動きが取りづらくなっているらしい。冬に実力のある騎士の一班が左遷で王国に来たのだが、四人の冒険者にとらわれたせいで警戒が上がっているということだ。


 騎士が冒険者に負けたって言うのか?


 しかもその冒険者は、サカに出たクラーケンを四人で倒したそうだ。

 欲しいなそいつら。冒険者ならスカウトできるだろう。どんな奴らだ?


 え? 料理人の男にメイド二人と貴族令嬢? ふざけているのか! 王国ではラノベとかいう荒唐無稽な小説がはやっているというが、その物語ではないのか!


 なるほど。どこかで偽情報として止まっているのだろう。ならば個人的にスカウトするか。貴族令嬢と言うのが気にかかるが。

 引き続きその冒険者の情報を集めるように指示し、王都へ向かった。



 王都の諜報員からは、王女と軍の動きがおかしいと報告を受けた。王女か。今回の目的はその王女だ。七歳の頃一度会ったことがある。勝ち気でかわいい女の子だったが。


 王女が軍と結びついて魔道具の開発を進めているだと? 王子は騎士団を改革し始めた? なんだそれは? 騎士団の改革は本になっている? まて、あるのか? え? 本国に送った? 俺は見ていないぞ!


 なんだ? メイド二人と貴族令嬢にボコボコにされる騎士団? 帝国に密通していた

 職員の排除? 王子による騎士団の組織と意識改革? 令嬢とメイドによる実戦的訓練法? 


 クソ兄貴と軍部が戦争を仕掛けたいと準備をしているのが漏れているのか? 王子と王女が軍に必要以上にアプローチをかけているとなると、隙を突いた進撃は難しそうだ。


 王国は魔法軍がある。帝国はそれを覆すために科学技術で魔道具を作った。天才が作ったせいで技術が受け継がれなかったため、今は残った兵器の運用しかできないのだが。


 だがそのおかげて戦争の抑止力になっているのは確かだ。そのバランスが崩れるのはよろしくない。クソ兄貴が継がず、兄さんが王となれば平和的外交を維持できるというのに。


 問題はどこが情報を止めているかだな。軍部か? だとすればあせって馬鹿な事をしでかさなければいいが。


 王子と王女と軍と騎士団の動き。それにサカの冒険者。騎士団の令嬢とメイド。これを徹底的に調べるように命じた。



 服を着替え平民街にも行った。平民街こそ、その国の繁栄も衰退も分かる場所。王国の平民街はそれなりに活気がある。税を搾り取られている感じはない。まだ戦争を始めようという感じはないな。食料も安定に供給されているようだ。


 帝国と比べれば国としては貧相だが、人々の活気は王国の方がある。


 税だな。軍備に金をかけ過ぎなんだよ。これ以上クソ兄貴の派閥を強くしたら面倒くさくなるな。


 嫌な気持ちになったので、目の前にあった喫茶店に入った。


「いらっしゃいませ」


 給仕の女が注文を取りに来た。


「食べるものはありますか?」


 そう聞くと、「バクットパンのセットがおすすめです」と答えた。二つ頼んで給仕が離れると、スチュワートが小声で話しかけてきた。


「あの女、隙がまったく無い動きをしています。どこかの間者かもしれません」


「たまたま入った店の給仕が俺たちの正体を知っている間者か? ありえないだろう」

「それはそうなのですが」


「殺気は感じられなかったぞ」

「そうですね。ですが注意は必要です」


 出てきた食事をどうしたものかと二人で眺めていたら、店主が近づいてきた。


「どうしましたか? ああ、もしかして貴族の方ですか。毒見が必要でしたら僕が行いますよ」


「頼む」とスチュワートが言うと、切り取った一片を事もなげに食べた。


「平民にしてはよく知っているな」


 そう聞くと、「私も元は貴族でしたので」と答えが返ってきた。

 落ちぶれて平民になる貴族令息もいるからな。そう思って料理を頬張ると……。


 なんだこの柔らかさは! これがパンなのか? 帝国の貴族よりも上質なパンを平民が食べているというのか。しかも肉と野菜まで入っている。これ一つで栄養の偏りのない完璧な食事を完了できるとは! いくらだ? もしかして高級店なのか!


「セットで1500リーフです。うちの店で一番高いので紅茶抜きにする方が多いですね」


 安いじゃないか! 信じられないほど安い! このパンを帝国の高級レストランが出せばおそらく数万はするぞ! こんなやわらかいパンなどありえない!


「帝国の方ですか。気に入って頂けて嬉しいです」


「店主。作り方を教えてはくれないか!」

「ええ。これは王国の中で特許を取っている物でして。王国の特許は帝国の方は使用できないですよね」


 特許か。あれは王国の神の範疇。神の違う帝国では知ることができない仕様だ。


「そうか。一儲けできるかと思ったんだが」


 そう言って笑ってみせた。



 学園祭があると聞き、帰りの日程を変更した。手を尽くさせ入場のチケットを取った俺たちは開会式に潜り込んだ。王子と王女が挨拶をするらしい。ここで顔を見てから、改めて会見を申し込もう。そう思っていた。


 信じられない程サラサラの髪をした美しい女性が現れた。あれが王女? 昔の面影が残っているが、これほど美しいとは!

 それにあの髪! 何かを足したのではない。むしろ引いたんだ。付け油も一切ないのだろう。どうしたらあのような髪になるんだ?


 美しさに目を引かれ、自信満々の挨拶を聞いた。


 ああ、この王子と王女がこの国を引っ張って行ったら帝国はかなわないな。この王女をあのクソ兄貴の側室になどしてはいけない。


 ……いや、俺が欲しい。


 思わず演台に上がった俺は、背中を踏まれ腕をひねられていた。


「皇子!」とスチュワートが駆け寄ったが護衛に止められたようだ。


「放しなさい、サチさん」


 王女が静かに言うと、俺の背中から足がどいた。俺を踏みつけていたのは下町の喫茶店にいたあの給仕だった。


「この方は、ニューガーター帝国第三皇子、ライオット・シルバー・ガーター様よ。丁重にもてなしなさい」


 俺は立ち上がり服の埃を払うと、王女の前に進んだ。


「素晴らしい護衛ですね。私の護衛に見習わせたいほどです」


 護衛に罪がないことを告げた。そうしないといろいろ大変な事になる。


「不躾に上がってきた皇子は、一体何をしたいのでしょうか」


 ストレートに不満を言った彼女。怒っている顔もかわいい。


俺は全生徒と保護者の前で王女に跪いた。

 全員が息を飲んでしんとなった空間。俺は静かに、しかしはっきりと会場に通る声で彼女にいった。


「惚れました。俺と結婚してください。キャロライナ・アール・エルサム様」


 会場内が女子生徒のキャーという悲鳴であふれた。目の前の王女は真っ赤な顔であたふたしている。俺たちは護衛に従って会場から離れた。さて、話し合いはこれからだな。


 思わずしてしまったプロポーズだったが、さてどうしようか。

 クソ兄貴にはもったいねえ。絶対にやるものか。


 スチュワートが文句を言っているが知らん。これは運命だ! 絶対に王女を俺のものにする。それが王国にも帝国にも利があることだ。そう思いながら今後の策略を練った。

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