裏拍手について。
願油脂
第1話
オチがない話にはなるんですが。
丁度1年前くらいの話になります。
隣の市にある高校に入学した私はバス通学をしていたんですが、中学時代の寝坊癖が中々治らず、その日も二度寝をしてしまった私は大慌てでバス停まで走っていました。
時間もかなり迫っていて、このままじゃバスに間に合わないと思った私はとある近道を使うことにしました。
大通りを通らずに住宅地の路地を抜けるという近道で、この方法だとバス停までショートカットが出来たんです。
実際に試すのは初めてでしたが、直前に地図アプリで確認していたため道に迷うことはありませんでした。
狭い路地をぐねりぐねりと曲がった先、
とある家の庭先に出たんですが、そこで奇妙な出来事が起きたんです。
男性のしゃがれ声で
わはは わははは わははは と。
庭先で老人が1人で大笑いしながら
手の甲で拍手をしていたんです。
後になって意味は知るんですが、俗に言う
裏拍手でした。
当時はあまり今ほどインターネットも流行っておらず、裏拍手が怖い意味を含むということもその時は知りませんでした。
ただ大声で笑いながらバチンバチンと手の甲を打ち付ける姿を不気味に感じましたが、
バスの時間も迫っていたので私はそそくさとその場を離れてバス停に向かいました。
その日の夜。
私は今朝のことを台所で家事をする母に話しました。
「変な人みたいだし相手したらダメよ」
「そうだよね」
と母と私が当たり障りの無い在り来りな会話をしていると
私の背後から祖母がスッと現れ、
「連れていかれるさかい、近づいたらアカン」
と呟いたんです。
祖母は当時痴呆というかかなりボケてきていて、私はそんな祖母の話を「ふーん」と素っ気なく聞き流していました。
それから数日が経ちました。
またしても寝坊してしまった私は例の近道を使うことにしました。
あの老人の出来事以来、あの近道に少し抵抗があり、ずっとその近道は通らずにバス停まで通っていましたが、
寝坊した焦りと時間が経った油断からか、さすがにもう何も起きないだろうと高を括っていました。
狭く長い路地を曲がり、件の老人が居た家の近くに差し掛かった時でした。
まだ距離はあったんですが、遠くの方から
例の笑い声が聞こえてきたんです。
ドクンっと動悸が強くなるのを感じました。
咄嗟に足が重くなり、冷や汗がふつふつと吹き出るのを全身に感じながら目の前の角を曲がった時でした。
わははは!!
わははははははは!!!
わはははははははははははははははは!!!
耳をつんざくような大きな声で
その老人は以前と同じように家の庭先で奇声と共に手の甲で拍手をしていました。
怖くなった私は震える手足に力を入れ、
全力疾走でその場を離れましたが、少しだけその老人に目を向けてしまいました。
バチンッバチンッと何度も何度も打ち付ける両手の甲が赤黒く染まっていました。
多分あれ、血だと思うんです。
両手が血まみれになるほど裏拍手をしていたようでした。
息を切らして路地を抜けた私はバスに乗り込み、少し落ち着いてくると段々先程の出来事に疑問を感じました。
確かにあの家は大通りに面していないし、人通りもほとんど無い道でしたが、周囲の家の住人はあの老人に私のような疑問を感じなかったのでしょうか。
大きな笑い声。
奇声。
裏拍手。
頻度や時間などは勿論わかりませんが、あの手の出血を見るにかなり長時間手の甲を打ち付けていたハズです。
早朝か。もしくはそれ以上の時間。
それにあんな大声を出していたら誰かしら気付いて注意するか、近所トラブルで警察などに相談していてもおかしくありません。
私以外には見えてなかったんでしょうか。
あれから数ヶ月。
あの近道はもう一切使っていません。
結局あの老人については両親や友人に聞いてみても誰も知っている人は居ませんでした。
ダメ元で祖母にも問い出そうかとも思いましたが、あれから痴呆が悪化して施設に入った祖母もしばらくして他界し、
あの言葉の真意は今では確かめようもありません。
あの老人は今でも裏拍手を続けているんでしょうか。
笑いながら。手を血まみれにさせながら。
連れて行かれる。
祖母の言葉が今でも耳に残っています。
あの老人ももしかしたら何かに連れていかれたのでしょうか。
今でも怖くて狭い路地には入れません。
完
裏拍手について。 願油脂 @gannyushi
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