079 bonus06, saber tiger/剣虎

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【AD:2119年, 革命新暦:197年、冬】



あの事件から一年が経った。

新年会以降、皆人が変わってしまったかのように課題に取り掛かり、私もまた大きく変わらざるを得なかった。


人体を口にするのは相当嫌だったが、皆も私も言われたことは聞かざるを得ないので従った。

その新年会に出席しなかったアジンは数日後に復帰していた。

だが周囲の心配をよそに、そこに居たのはアジンの皮をかぶった別の存在のような何かだった。


光源を見つめるとクシャミしたり寒いと屈伸して暖を取ろうとするなど、細かい癖は一緒なのだ。

けれども、よく自分の失敗や楽しかったことを話しては心地よく笑い合っていたあのアジンが、本当に寡黙になってしまった。

共通授業の選択で珍しく話しかけてきた内容は、『これにしなさい』と”暗殺・殺戮”全般への提示。

意図は読めなかったが、従うことにした。


今まで人間に手をかける事は無かったはずなのに、なぜそんな手慣れているのだろう。

『あなたには思い切りが足りない。せっかく暗躍するための身体能力があるのに、まるで活かせていない。場数を踏んで、人を殺める行為に慣れなさい』

彼女は農奴を使った実践の授業で、確かに対象を仕留める事に慣れていた。

私は…しばらく抵抗が強く、熱を出してうなされる日々が続いたものの、なんとか慣れることができた。


彼女は、やはり変わってしまったのだろう。

夏至祭りの頃、ふと虚ろな目をしたアジンに『アタシの中に、何人もの私がいるの。ごめんねナージャちゃん、もう会うことは叶わないだろうから、昔アジンって友達が居たことだけ覚えてて欲しいの。代わりにアタシの部屋のスケッチブック、全部ナージャちゃんにあげるね』と告げられた。

受け取りに行ったスケッチブックには、私たちの幸せだった日々が綴られていた。

最後のページには『さようなら』とだけ書かれていた。


どうして彼女はさようならなのか、どうしてこんな事になったのか、何を間違ったのか、私には判らない。

何が起こったかだけは分かるけれど、だからといってアジンは戻らない。

見た目だけ同じな別人が、常に私に現実を突きつける。



ただ、悪い事ばかりでもなかった。

新年会の時、一緒に部屋へ帰ったフセラスラフから手を握られ、告白された。

『お前が好きだ、ナージャシュディ。ずっと一緒に居たい。

けれどもあまりに近い関係は、今日のように利用される。


 俺は、お前を失いたくない。

 だから監視の目があるときは、今後は親しく話をしない方が良い。

 俺には難しいことは分らんが、そのうちきっと自由になれるはず。

 その時は…もっと、お互いを知りたい』

窮屈ではあるが、情熱的な感情だった。

生まれて初めてストレートな気持ちを向けられた。嬉しかった。

私は彼の提案を受け入れ、但し具体的な進捗は転移後にすり合わせすることで合意した。

もしかしたら、彼なりの精一杯気を使った結論なのかもしれない。

でも、昏く塞ぎ込みそうだった私の気持ちは、確かに救われた。



それからは、二人ともなるべく近くに居ないよう、皆と同じように一心に課題をこなした。

アジンの目も次第に緩んだし、もう一人様子のおかしいメドベージェフも仕切りにニヤニヤと話しかけてくるようになった。

その二人が居ると、なぜかアベル様も一緒になることが多かった。

彼は一見とても美しい。

淡い色合いの金髪と涼やかなスカイブルーの瞳で、以前他の女性たちがもてはやしていたのはこういうことか、と納得できる。

ただ、彼は全く人の話を聞かない。

以前のアジンのような一方的に喋っているようで実は細やかに気を遣っていたり、またフセスラフのような一生懸命私の発言を理解しよう、といった姿勢は、彼には見当たらない。

決めつけた事柄を優し気な口調で語るだけ、相手の意見を受け入れることはないのだ。


秋も深まった頃から、この3人にドラクルとグリゴリも加わるようになった。

リザは暫く心神喪失で誰とも話したくない、という建前で、彼女独自の活動をしていたため、ヒマを持て余したのだろう。

フセスラフと一緒に居られないのは仕方ないが、少し寂しい。

彼らの会話はあまりに軽薄で、直ぐに私は自分の殻に閉じこもれる術を身に付けた。


そしてつい先日、冬至の祭りが開催された。

珍しくフセスラフが私の横に来て、何か小さな包みをそっと手渡してきた。

慌てないよう服の下に隠し、何事もなかったかのようにお祭りに参加した。

数日間の予定で豪華な食事と、音楽の演奏が披露された。

お陰で先ほどのやり取りは目立たずに済んだ。


ヴォルケインや他の職員たちの、有志による音楽は良かったと思う。

だが意外な時に、アベル様の弱点を見つけてしまった。


彼は、決定的に音痴だ。


本人はまったく気にしていないのか気持ちよさそうに歌を歌いあげるが、音程はひっかりもしない、

リズムもおかしい、普段のあの滑らかな口調は何処に行ったんだ…と、少し呆れてしまった。

いつもの取り巻き連中は、うっとりするもの、ニヤニヤするもの、脂汗をかいて下を向くもの、うんざりした顔でそっぽを向くものなど、反応は様々だった。



長時間拘束されたものの大きな時間は起こらず、無事部屋へ戻ることができた。

こっそり受け取った包みを取り出す。

持ち運びで少しだけ歪んだ包み紙を開くと、手のひらに乗るくらいの小さな動物の木彫りがそこにはあった。

取り出した後の包み紙は文が書いてあり、手紙になっている。


『愛しのナージャへ

 お祭りなので何かプレゼントをと考え、木彫りで虎を作った。

 しなやかな動きの君にはぴったりだと思う。

 お互い気高く、強く生きよう。

 フセスより』


彼の不器用な誠実さがいとおしい。

一生懸命作っただろうその木彫りは、そっと大事な物入の箱の上に置いて飾ってある。

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