003 tr03, one step ahead/一歩先へ

獣道すらない山林は案外歩きづらい。

季節は春だろうか雑草の繁茂への意気込みを感じつつ、そんなん知るかと樹木のなぎ倒された方角へ進む。


進入角が浅かったのか、数kmに渡って倒れた木々が続く。

川に近い辺りは根元から折れ横倒しになった木を辿ったものの次第に位置も高くなり、自分の身長を超えたあたりで樹上移動を諦め地面を歩いた。

進みはすこぶる遅いがアスレチックみたいで楽しい。サンダル滑って面白い。

全然危機感が足りないな。



川原が見づらくなった夕暮れ時でいったん撤退。

これ以上進むなら焼き魚弁当が欲しい。腹減った。

今晩分は残さない程度に魚を引き上げ、明日は早朝に起きて弁当込みで調達すると誓う。

枯れ枝は全然余裕で間に合う。



――――――――――



明け方。

太陽が顔を出し切る前に川へ赴き、魚影も構わず放電。

ヤツら寝込みを襲われ大量に上がってきやがった。ウヒヒ

朝食に加えお弁当として多めの魚を焼き、食べ残しを蔦に通し午前中に探検再開。

全身の痛みはだいぶマシだ。


昨日の調査場所まではあっさりたどり着く。

相変わらず人工物はない・・・が、昨晩も聞こえていた狼の遠吠えが聞こえる気がする。

いわゆるアオォォォンではなく、ヒャオォォォンのような、子犬か?

何とも胸騒ぎのする鳴き声に、急ぎ近づいて行く。



発信源は子犬、いや子狼だった。4匹。

黒いのと白いの、あと灰色が2匹。

ハスキー犬っぽい外観だが、前肢の間が狭いので狼だろう。

彼らの足元には倒木で絶命したと覚わしき成狼2頭。

おお、責任を感じる光景だな・・・


黒いのと白いのはこっちに向かってヒャンヒャン吼えたてる。

灰色は二匹とも母狼だっただろう遺体に顔をうずめ、震えている。

膝をつき、「ホラ、怖くない」とやってみようと思ったその時、背後からガサガサガサーっと巨大な何かが藪を突き進む音がする。



――――――――――



子狼達が相手にしていたのは、どうやらオレではなく背後のクマだったようだ。

クマ!

狼達の心配してる場合じゃなかった、オレの方に向かってくるじゃん!

どうやらお弁当の焼き魚目当てのようだ。

匂いで呼び込んだか、結局オレのせいじゃん!


だがオレの空腹には代えてやらん。

ついでに自分や子狼の命の危機だ。

とっさに足元にあったこぶし大の石を拾い、クマの顔へ投げつける。

ヒット!

距離10mくらいだろうか、相手はグアァァァ!と鼻っ面を抑え、前肢を振りかぶって暴れながら突っ込んでくる。

足止めはできなかったが、隙はできた。

このままだと子狼達も巻き込まれそうなので、前に出る。


回り込んでクマへ近づき、懐へ飛び込む。

相手は前後不覚な上にノイズで動かす筋肉の予告も見えるから、暴れてても動きは分かりやすい。

振り下げられた右前肢を勢いのままオレの右肩後方辺りに滑らせつつ脇をすり抜け背後に回り、脊椎に左手を当て放電。

スタンガンよろしく高圧・低電流だから、死ぬこともあるまい。



ドオォォンと倒れたクマをよそに、狼の許へ戻る。

残念ながら、頭を潰されちゃあ治療も何もない。

周囲の状況と損傷具合から死後3日だろうか。

おなかをすかせた子供達はさすがに不憫だ。

4匹に焼き魚をあげる。

一所懸命食べる姿がいじましい。

食べてる間に、せめてもと親狼たちの遺体に倒木の枝を重ね目隠しする。


とはいえこのまま放っておくと、クマが目を覚まして襲ってくるかもしれない。

亡くなった遺体には申し訳ないが生きてる子を優先だ。

幸い満腹になったであろう子狼たちは、力尽きて座る俺にひっつきゴロゴロスースーしてる。

今晩だけ、今晩だけ川原のねぐらに保護しよう。そのあとは、その時考えよう。



――――――――――



結局そのまま子狼たちに懐かれ、なし崩し的に面倒見るようになってしまった。

魚は寄生虫が怖いので必ず火を通す。トイレは草むらで。遊ぶときは目の届く範囲内。

かなり賢く教えたことは直ぐ覚えてくれるので、オジサンうれしい。

黒いのはタロ、白いのはジロ、灰色はサブロとシロ・・・メスがいたのでシロ子と名前も付けた。


最初こそ親との別れかクマの襲撃かグッタリしていたが、数日もすると元気いっぱい。

タロは胸から腹にかけて焦げ茶色で皮膚も黒いので、黒化(メラニズム)個体だろう。色素過剰ってやつだ。

ジロはアルビノ・・・かと思いきや、瞳孔は薄水色なので逆に白化(レウシズム)かも。ジャングル大帝のレオはそうじゃなかったっけ。

どちらか一方だけならままあることだが、兄弟でこれは非常に珍しい。

サブロとシロ子は茶色交じりの灰色だから通常個体か、タロ・ジロに比べて少し身体は小さい。

でも四匹とも手足太い。瞳キラキラ。しっぽブンブン。かわいい。


このまま原始生活を楽しむか・・・と思ってたら、サブロがいない。

タロとジロが吠えてる辺りに行くと、川に流されたサブロを発見。

流れの緩い辺りで無事キャッチ。

身体が小さいから濡れたままだと良くないので、貫頭衣でくまなく拭いてやる。

遠くでドオォォンン!と爆発音


・・・あれ、今度はシロ子どこ行った?

またもやタロとジロがぴゅーっと走り去り、森の中へ潜ってゆく。

七分丈ズボンのサンダル履きで藪に突っ込むのか・・・いや、悠長なことは言ってられん。

ドガァァンと高地位事故のような轟音?割と近い。ガラガラガラ・・・と何かが崩れた音が続き、キャイィィンと悲痛な叫び声にヒャンヒャン追いすがる吼え声。ヤバイ。


サブロを抱えたまま騒ぎの方へ向かう。

周囲には硝煙か、すえた刺激臭が充満する。

少し先に崖、端が崩れて下にシロ子が転がってる・・・

そして遠くない森で、喧騒がした。

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