けれど大きな澱となる。

アメノチハレ

プロローグ

 ガチャガチャ、パチン。

 「あ゛―…疲れたぁ。まじ、あのクソ上司が。人に仕事押し付けてさっさと帰りやがって」


 明るくなった玄関で一人恨み言を呟きながら下駄箱の上に置かれた小さなキートレーに鍵を放り投げつつ後ろ手で玄関の鍵をかける。

 靴を乱雑に脱ぎ捨てては背負っていたリュックもその場に置き去りにして真っ先に風呂へと向かった。


 ザー…。キュキュ、バタン。

 まるで烏の行水といわんばかりの速さでシャワーを済ませ、腰にバスタオルを巻いただけの格好で風呂場を出て廊下を歩き、リビング手前にある一部屋、寝室へと行くと髪が濡れているのも気にせずにベッドへとダイブした。


 上谷 英(かみや すぐる)、37歳。しがないサラリーマン。余命、3日。


 「1時前…てことは5時間は寝れるか…」

 今にも消え入りそうな声で呟くのと同時に寝落ちた。

 ガタガタと窓が鳴る。今日は風が煩い、と落ちていく意識の中でぼんやりと考えていた。


 あなたは、苦しいと感じたことがあるだろうか。

 ちゃんと、呼吸が出来ているだろうか。

 差し伸べられた手を、素直にとることは出来るだろうか。

 これは、優しくて不器用が故に一人を選んでしまった男の、最後の話。

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