第1週 6話

年鑑 フューチャー・ウォーカー

WEEKLY 1st 「未来人ですが何か問題でも?」


≪6≪


 一刻かずときたちは公園を出た後、駅前の飲食街に立ち寄り、少し遅い昼食を取った。ナギはまたもや、20世紀の食文化に驚愕することになる。庶民的な定食屋は初体験であった。


「未来でどういう食生活してんだ?」

「どうって…味気ないものよ、あらゆる食物を合成したものばかりだから…あまり食べる必要ないしね」

「まだ夢を見ている気分だ、名前はナギだったか…フルネームは?」

名字ラストネームはないの、親とかいないし…」

「それはどういうことだ?」

「話せば長くなるけど…」

 ナギは一刻に質問されると、難しい表情を浮かべた。彼女は未来での出生状況おいたちを説明していくわけだが…


 22世紀になると、飛躍的に進歩した科学力で、新たな人間を誕生させることに成功した。

 母体による受精・妊娠・出産なしで、遺伝子操作バイオテクノロジーで人間を生み出すことが可能となり、当初、〝神の真似事〟〝自然の摂理に反する愚行〟だと論争を巻き起こしたが、時の流れで価値観が変わっていき、認可までに至った。


 高度科学力で生を受けた〝レボリューショナリーバイオ〟という赤子体は、約15年間ほど、の中で、栄養と情報を与えられて成長していく。

 そして、カプセルを出ると人工惑星に移されて、5年間、現実世界と隔離された施設で集団生活を行う。

 その後は自立した生活を送り、親は無くとも子は育つ社会=〝アローンライフ〟が実現することに。


「…君には一切、肉親かぞくがいないってことか?」

「ええ、戸籍どころか国籍もないわ、地球で生まれ育ってないし…」

「とても君の話について行けないが…宇宙人と思えばいいんだな」

「半分当たりよ…外見は同じだけど、人体細胞の構造つくり機能のうりょくが根本的に違う…私の年齢は63よ」

「え?」

 その時、一刻は注文したカツ丼を食べながら会話していたが、ナギの衝撃的発言で、つい箸が止まった。


現在このじだいで60代と言えば、年寄り扱いされると思うけど、私の時代では違うわ、まだまだ現役よ」

「さすがにそれは嘘だろ?同じくらいの歳だと思ってた、騙されないぞ」

 一刻は冗談と思って笑っていたが、ナギの硬い表情が崩れることはなかった。

「実年齢よ、美容整形もしてないし…この時代だとよね?」

「うちの親より年上じゃないか、信じられん」


 ナギの話によると、遺伝子技術の発達で、人間の細胞組織は老化・劣化しにくくなり、100年以上、細胞は活性化している状態を保ち、年齢を重ねても絶頂期ピークの肉体を維持することができるのこと。

 人間の生命力は大幅に強化され、21世紀までに発見された病気(病原菌感染)は、ほぼ投薬で完治する。


「私の時代では、男性で200年以上、女性で250年近くまで生きるわ」

「完全にSFの世界だ、さすがにドン引きだ」

 一刻たちの会話は合わず、自然と食事に集中していた。


「この美味しいわね、何だっけ?」

「味噌汁だろ」

「このは?」

「刺身だよ…ちゃんと醤油につけて食べろよ」

 ナギは自分が何を食べているか把握しておらず、いちいちに訊いていた。まるで初めて日本食を口にする外国人である。ナギは満足した様子で、支払いを一刻に任せた。


「またご馳走になっちゃったわね~」

「気にするな、それでこれからどうする?」

「あなたは?何か予定が?」

「ちょっと寄り道していく…ついてくるのか?」

 一刻は不快そうな表情を浮かべて、ナギの返答を待つが…


「…いいえ、色々と世話になったわね、ここで別れましょう」

 意外な答えが返ってきて、修治は驚愕していた。

「どういうことだ?もう僕に付き纏わないってことか?」

「ええ、私のことは気にしないで、じゃあね」

「ちょっと待てよ、結局、用件は何だ?」

「大したことじゃないわ、もう行って…」

 一刻とナギの別れは、突然やって来た。


「ったく、何だよ、あの女…」

 一刻は邪魔者がいなくなって安堵していたが、解せないことがいくつもあった。突如現れたナギという女性は何者なのか、未来人なんて信じられるわけがない、新手の詐欺か、夢なら醒めてほしいが、彼女との出会いは現実リアルだった。

 謎が膨らむばかりだったが、一刻はナギのことを忘れて、自分の時間を満喫するのであった。

 これで奇妙な出来事に幕が閉じられようとしたが…



 時が流れて夕刻が訪れた。一刻はバイト代で遊び倒して、満足げな顔で帰ってきた。彼の手にはパチンコで得た景品があり…


「あら、いらっしゃい~」

 機嫌が良い一刻は、帰宅途中に喫茶店<mii>に寄った。

 隼人おじの美人妻(美衣)が、いつものように接するのだが…


一刻カズ君、ちょっと伝えたいことがあるんだけど…」

「はい、何でしょう?」

 美衣は一刻に注文を聞いた後、表情を一変させた。何やら問題があった様子で、一刻は快く彼女の質問を受けた。

「あなたの隣の号室へやって、長いこと空いてたでしょう、今日、が決まってね…」

 一刻は美衣の話を聞くと妙な胸騒ぎがして、注文したアイスコーヒーを待たずに、一目散に新たな隣人の入居部屋を目指した。


「ドンドンドン…ピンポ…」


 一刻は激しい剣幕で隣人の部屋に訪れた。すると、反応があり…


「…何よ、うるさいわね~」

 隣人は、急に訪ねて来た一刻に応対するのだが…


「おいおい…どういうことだ?」

 一刻の眼前には、何故かナギが立っていた。2人の再会はあまりにも早かった。

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