第15話 スパダリのハニトラ

 リーザをサファリに引き渡した後、念のため完全治癒をかけてから変身魔術を施すことにする。


「姿変わりの奇跡を起こさん――若返りを起こせレノバティオスウェイクアップ!」


 身体が一瞬熱くなり、縮んでいく。鏡に向かい姿を確認。10歳当時の自分自身にそっくりだ。


 赤の他人になりすます魔術は身体への負担が大きいのだが、この変装はそうでもない。俺の10歳当時を再現しただけで、他人になりすましているわけではないからだ。


 子供時代は、周囲をやきもきさせるほどの絶世の美少年だった。登下校を見守っていたSP達は皆、連れ去りが起きないか緊張の連続だったそうだ。


 性別まで変えなくても女装だけでいけそうだ。髪色を金髪に変えて、いかにも施設にいそうな女の子のファッションに身を包む。ロリコンが好みそうな美少女が完成した。


――本当にやるのか? お前、大丈夫なのかよ。相手はロリコンだろ?


 ケネトから思念が飛んでくる。怖くないといえばウソになる。


――俺は大丈夫。うまく撮れよ。


 強がってなんでもない風を装った。もうすぐ夕方になるころだ。廊下を歩いていると、遊び道具を手に持って物置部屋へ向かうアリスンと遭遇する。


 アリスンにはこの計画は内緒だ。アリスンには知られたくない。アリスンは廊下で一人でいる俺に気が付いて、目を見張った。


「あら、あなたはお庭にいなかったよね? 新しく来た子かな?」


 俺の目の位置までしゃがんで、アリスンは話しかけた。俺の変装だとはバレてはいなそうだ。


「こんなところで一人? お姉ちゃんこれを片したらみんなのところに行くから、一緒に行こう」


 そう言ってあいている手で俺の手を優しく握った。


「とっても可愛いのね。私はアリスン。あなたのお名前は?」


 女の子は可愛い生き物が大好きだ。アリスンからも好意的な気持ちが伝わる。嬉しくも後ろめたい気持ちが込み上げる。今からこの可愛い少女を危険に晒すのだ。


「ごめんなさい。お……わたしはこれから行くところがあって」


 危ない。基本的な一人称がなってない。ついつい俺と言いそうになってしまった。


 アリスンの手をぎゅっと強く握った。


「お姉ちゃん、また遊んでね」


 アリスン……シンシアのこともある。これは前世を知る中二病の俺じゃないとできないことなんだ。場合によっては手を汚すことも厭わない。


「どうしたの? 泣きそうじゃないの。お姉ちゃんに話せないこと?」


 アリスンが抱きしめてくれた。背中をとんとんとしてくれる。


「今度、話すよ。お姉ちゃん、だいすき」


 そう言って、駈け出した。人通りのない裏庭へ移動する。ケネトには森で先回りをしてもらっている。


 サファリには、男をここまで誘導してもらう役をやってもらうことにした。俺という美少女を発見してもらわないといけないからだ。


 サファリは男の守備範囲からは外れるが、充分可愛い。それにカグヤ王国の王女殿下だ。サファリから頼まれごとをされたら断ることはないだろう。誘導役にはピッタリだ。


――もうすぐ連れていくよ。こいつが暴れたら私に任せて!


 サファリからも思念で連絡がきた。


「えーっとぉ、この辺りに洗濯ものが飛ばされちゃったはずなんですけどぉ」


 サファリは落した洗濯ものを一緒に探して欲しいと頼んだようだ。洗濯もの――性犯罪者が大好きな下着もあるもんな。いいチョイスだ。


「私、こっちを探すんでぇ~、おじさまはあっちを探してもらえますかぁ?」


 あっちは俺が待機している場所だ。男が俺の視界に入る。男は俺を発見し、驚愕で目を見開いた。どう見ても今の俺は、誰もが振り返る10歳前後の美少女。こいつの大好物だ。


「き、君。私と一緒にパンツを探してもらえるかなぁ?」


 サファリは洗濯ものとしか言ってないはずだが。こいつの脳内ではパンツに変換されたようだ。媚びるような口調で俺に話しかけてくる。


「パンツならあっちに飛ばされていきましたよ」


 可憐に微笑んで、森を指差した。差した指が震えるが、声は震えていない。よしよし上出来だぞ俺!


 巧みにケネトが待機している場所から見えやすい場所へ誘導する。森の中に入れば、鳥の鳴き声で施設の敷地までは声が届かない。この男は常習犯だ。バレない方法を熟知している。


「可愛いね、君。いつここに来たの?」


「えーっと、昨日、かな?」


 本当は今日だけどね。男は息が荒い。気持ち悪。



「このことは誰にも言っちゃだめだよ。君とおじさんだけの秘密だ」


 大木に身体を押し付けられた。服の中に手を入れられた時、ぞわぁ~っと鳥肌が立つ。悲鳴が出そうになったがなんとか堪えた。よい写真を撮ってもらわないと。


 俺の記憶を魔道具へ移す、では俺の視線を通してみた光景しか映し出せない。小児性愛者の証拠としては弱い。


 いたいけな子供に手を出している風景を客観的に収めるために、ケネトには魔道具カメラを構えてもらっている。


――き、キモい。撮れた? 撮れたよな?


 カメラマンに思念を送る。身体中を這いずりまわる男の手によって吐き気が限界だ。


「あぁ……なんてすべすべのお肌なんだ。君は天使だ」


 男がはぁはぁしながらうっとりと呟く。


 天使じゃねーよ! 子供相手になんてキモいんだ。こんなヤツを施設長にするわけにはいかない。頑張って耐えるんだ、頑張れアレク!


――よし、バッチリ! もう蹴り飛ばしていいぞ。


 それを合図に変装を解除し、思いっきり左足を蹴りあげた。


「うぎゃっ!! なんだお前は! 私の天使をどこに隠した!?」


 いきなり目の前の美少女が消え、代わりに自分とそう体格が変わらない男が現れたのだ。相当ビビるだろう。


「俺がさっきの美少女です。俺とはさっき会っただろ。ボランティアで来た人間ですよ。その左足、義足ですよね?」


 義足のつなぎ目のところを狙った。男の左足は、前世で俺が吹っ飛ばしたからだ。



 通常、攻撃魔術は人に使用できない。決して対人で使用しないよう、魔力が目覚めた後に闇の精霊と誓約を交わすのだ。誓約を交わした後に対人攻撃を行うと、闇の世界に取り込まれてしまう。


 しかし、当時の俺は魔力が目覚めた瞬間に攻撃魔術を撃った。闇の精霊との誓約前だったから誓約違反にはならない。



「お前に聞きたいことがある。37年前、お前が足が吹っ飛ばされた時のことだ。お前はシンシアという女の子にも同じようなことをした。彼女はぐったりとしていた。抵抗されたから殺したのか?」


 独房で目覚めた俺の食事には毒が仕込まれていた。口封じをしたかったのだろう。何日間も苦しんだ記憶がある。


 しかし俺は死ななかった。その後、魔力の目覚めを知った魔術学校の教師が俺を養子に欲しいと言いだして、施設を卒業した。


 シンシアは、俺が独房に入れられていた時に葬儀もあげられずにお墓の中に入れられていた。孤児の命は軽い。にされたのだ。


「どうなんだ。言えよ」


 男は義足を素早く整えると腰から剣を抜いた。シンシアの名を聞いても動揺した様子もない。


「シンシア? 誰の事だ? 確かにそんなこともあったような気もするが、名前なんて覚えてられるか」


 剣を振りかぶってくる。元警備団勤務なだけに腕はいい。飛行魔術で飛び上がって木を伝って避けた。上空で俺も剣を抜く。男の首すじを目がけて振り下ろした。


 激しい金属音がして、男が俺の剣を弾き返してきた。


「アレク! 殺すな」


 ケネトも参戦してきた。どちらかと言えば、男を倒すためというよりは、俺のストッパーとしての参戦だ。


「ケネト、見逃して。俺、こいつだけはこの手で斬りたい」


「それはダメだって。オッサン、早く投降して。こいつマジだから。剣を捨てて投降さえしてくれれば命だけは助かるから」


 ケネトはそう言って剣を構えた。ケネトは一年騎士科の中ではナンバー1の腕前だ。構えただけで実力がわかるというもの。


「チッ!」


 2対1では部が悪いと、男が俺たちに背を向けて逃げ出した。その先に待っていたのは、サファリとサファリのSP達だ。


「どけぇぇ!」


 男がサファリに向かって剣を振りかぶり、SP達がサファリを庇うように前に出る。



 ごめん、ケネト、サファリ。やっぱ無理だわ。こいつ、捕まっても終身刑にしかならないし。だったら俺の手で――。



 持っていた剣を男の背に勢いよく投げた。男の剣がSP達に届く前に、剣が男の背を貫く。



「アレク、こんなヤツのためにあんたの手を汚すことないよ!」


 サファリは男の背から剣を抜き、完全治癒パーフェクトヒールをかけた。サファリが治癒系の大技である完全治癒が使えるとは思わなかった。


 男は何事もなかったように傷が塞がり、カグヤSPの手でお縄になった。

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