第13話 スパダリの猫変化
「あら、リーザ。どうしたの?」
ナタリーが声をかけると、リーザと呼ばれた女の子は一瞬ビクっと怯える。そしてくるっと周り右をして、その場を去ってしまう。
「あの子は外で遊ばないんですか?」
子供達はあの子を除いて建物の中にはいなかった。みんな庭で遊んでいる。集団生活が苦手な子なんだろうか。まぁ、それも個性ではあるが。
しかし、あの怯えた目が気になった。
「あの子は、突然家が火事にあって、ご両親もそのまま……。その記憶がずっとあるんでしょうか。心に傷を負ったままで。身体の傷は治すことができますが、心の傷はそうはいきませんし」
ナタリーがそう言って溜め息を吐いた。確かに
心を癒すには、時間が経過するのを待つしかない。時間が経過したところで癒えない傷もあるのだが。
「……完全に治すことはできないのですが、心に癒しを与えることはできるかもしれません」
「アレク様は、そんなことまでできる魔術師様なんですか?」
これは魔術師だから、ではなく、キャッツランド王族だからできる技である。
キャッツランド――猫島と呼ばれる俺の祖国は、100年生きた雌猫が、月の魔力の効果で人間となり、初代国王と結ばれたことで成立した、と言い伝えが残る国であり、その100年生きた猫神の守護を持って安定と発展を遂げている国だ。そして国を統治しているキャッツランド王族は、単なる人間ではない。
猫人間なのである。
魔力の目覚めと同時に、猫に変化できる能力も開花する。そして猫に変化をすると、人間の時には使用できなかった能力も生まれる。
猫の持つ癒しの効果は、身体のみではなく、心も治癒できる。不安定だった心も、猫をもふることで安定させることができる。
「僕はこれから小さな動物に変化します。見慣れない方には魔獣に見えてしまうかもしれませんが、魔獣ではありません。どちらかといえば聖獣に近いと思います。ネコ、という生き物です」
そう断りを入れて、俺は小さな猫に変化した。
髪色にそっくりな、銀色の長毛が輝く猫である。
「えっ……うそ……可愛い」
ナタリーはそう呟き、猫におそるおそる手を伸ばす。そしてそっと抱き上げてもふりだした。
「やだ……やだ……なにこれ……可愛すぎる」
蕩けるような表情で一心不乱にもふりだす。猫の可愛さは正義。
キャッツランド王族はみんな猫になれる。四人も男兄弟がいれば喧嘩も絶えないのだが、猫になれば自然と和解できてしまうので我が家は平和だ。
しばらくもふられたところで、肝心のリーザだ。
「では、リーザのところに行ってきますね」
ぴょんとナタリーの手からすり抜けて、廊下を駆けて行く。探索魔術でリーザを探す。リーザは本がたくさん置いてある部屋で、蹲っていた。
部屋に入ると児童書がたくさん置いてある。俺がいた時にはこんな部屋はなかった。俺は本が好きな子供だったから、孤児時代にこの部屋があったら一日いても飽きなかっただろうに。
本当に昔とは違うんだな、と改めて思う。
「こんにちは」
一旦は人間に戻り、少し距離を置いて、しゃがんで話しかけた。いきなり猫が話すと「魔獣が喋った!」と逆に怯えさせてしまうからだ。
話しかけるとビクッと顔をあげて、怯えて逃げようとしてしまう。
「僕は猫の島から来た猫人間なんだ。少し話をしようよ」
友達の妹に話しかける感じで切り出した。大抵の子は友好的な態度を見せてくれるのだが。
「……猫人間ってなに?」
お、食いついてきた。よしよし。
「僕はこれから聖獣と呼ばれるネコという生き物になるよ。ネコに変身できるのが、猫人間なんだ。ネコは君に危害を加えることはない。ネコは繊細な生き物だから、叩いたり乱暴なことはしちゃダメだからね」
別に叩かれたところでどうということはないのだが、これは情操教育でもある。小さな生き物はいじめてはいけないのだ。
ぼわーん、と煙を出しながら銀色の猫に変化する。
リーザの目が驚きに見開かれ、徐々に輝きを増してくる。この反応は老若男女共通のものだ。
「本当にさっきのお兄ちゃんなの?」
おそるおそる、という感じで猫の背中から頭をナデナデしてくれた。
「本当だよ。僕の名前はアレクって言うんだ。君の名前も教えてよ」
本当は知ってるのだが、あえてここは自己紹介である。
この猫の姿で、人間の時同様の声を出せるメカニズムは謎だ。ちなみに猫の「ニャァ~」という声も出せる。本当に謎だ。
「リーザだよ。アレク、本当に可愛い。人間の時はスパダリって感じなのに」
またしてもスパダリ。スパダリってなんだろう?
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