第2話 スパダリ見栄を張る

 馬車は勢いよく学園へ逆戻りだ。第三皇子に事の次第を知らせにいくのだろう。


 このまま学園へ戻っても、第三皇子がぎゃーぎゃーとうるさいだろう。空からはいつの間にか雪が降っている。俺はアリスン嬢へ、自分が着ていた上着をかけてあげた。


「コールリッジ公爵家までお送りしますよ」


 そう言うと、アリスンはビクッと肩を震わせた。


「あ……あの……」


 声が震えている。もしかすると家に帰りたくないのか?


 公爵家ともなると、このような騒ぎを起こしただけで家の恥と考える家もある。しかも相手は皇子だ。親に叱責されることを恐れているのか。


「なら、この先のメインストリートにある宿屋に泊まりましょう」


 アイテムボックスには、先日魔道具を作って売り上げた金がある。その有り金全部はたいて、高級スイートルームへ泊らせてあげようかと思う。


「そ、そんな……ニコラス殿下に振られたその日に他の殿方と、その……」


 アリスンは首をふるふると振るが、もちろん嫁入り前のご令嬢といきなりどうこうなんて考えていない。


「俺達は別の部屋に泊まります。ご心配なさらずに」


 王子様らしく爽やかな笑顔を作り、アリスンをエスコートした。それをケネトがうんざりとした表情で見ている。


「で、でも……お金は……」


「俺が出します。貴女は何も心配しなくていいのです!」


 男は度胸、そして財力。しかし俺は王子とはいえ、家からもらえるお小遣いは微々たるものだ。魔道具が売れて本当に良かった……! 



◇◆◇



 ヒイラギ皇国は西の大陸を代表する商業国家である。各国から多くの商人や貴族が訪れ、金を落していく。


 その富裕層を相手とした高級な宿屋も多い。その中でも一番高級な、マテオ第一エンペラーホテルに入り、スイートルームを一つ確保した。


 アリスンのスイートルームで俺の有り金はなくなり、ケネトの金で二人部屋に泊る。


 スイートルームから見る、ヒイラギ皇国の皇都マテオの夜景は抜群に美しいらしい。カップルで見たらそれは盛り上がるであろう。


 しかし、俺とアリスン嬢はカップルではない。夜景は御令嬢一人に楽しんでもらうとして、俺達はスイートルームまでエスコートした後に安い部屋へ移動しなければならない。


「ダニエル殿下の手の者が来た時にわかるように、ちょっとした結界を張っておきますね」


 そう断って、スイートルームの前で結界を張ることにする。俺は偽名を使わずにこの宿を取っている。頑張って捜索すればすぐにわかるようにだ。



◇◆◇



「無断外泊かぁ。怒られるよなぁ」


「怒られないよ。俺は何回もやってるし」


「そりゃ、アレク様だからだよ。俺なんてお前の金魚の糞みたいなもんじゃないか」


「そんなことないよ。もし怒られるなら、全部俺のせいにしていいから」


 でも、無断外泊含め、今回のことは大きな問題にはならないだろうという確信を持っている。



 キャッツランド王国はヒイラギ皇国のスポンサー国家だ。キャッツランドの資金援助、後ろ盾があってこの国は成り立っている。


 ある意味、ヒイラギ皇国の第三皇子よりも、キャッツランド王国の第二王子であるこの俺の方が優遇される。忖度そんたくってやつが働くからだ。


 それに俺は「ぜひぜひうちに入学してくれないか」と熱烈に頭を下げられて学園へやってきた人材だ。


 俺は魔術師としての最高峰、上級魔術師のライセンスを有し、魔道具師としては、第一級魔道具師のライセンスを持っている。既に何個か魔道具のヒット商品を生み出している。


 魔術師も魔道具師もライセンスさえあれば学歴は不要。魔術学校なぞ通う必要がない。それを、卒業生として俺の名を連ねるメリットから、ヒイラギ皇立学園の学園長が何度も頭を下げて入学を進めてきたのだ。授業に出なくても、試験さえ通れば単位もくれるという。


 学費もタダ、と言われたが、それはキャッツランド王家としてどうなのよ、ということで、国が学費を大幅に上回る多額の寄付金を出している。


 学園の名声を高める実力、そして多額の寄付金。学園として俺を咎めることはないだろうと踏んでいる。


 そして、そんな俺がアリスンの揉め事に絡んだのだ。どさくさに紛れて、アリスンもお咎めなしにする作戦だ。


 もしかすると学園どころではなく、ヒイラギ皇国皇帝陛下とも対峙することになるかもしれない。もしそうなったとしても俺は怯まない。皇帝と言えどもとことん論破してやる。



 なぜ、皇立学園一年――16歳という若年でありながら、上級魔術師・第一級魔道具師という最難関ライセンスを持っているのか。本来であれば学校を卒業し、しばらく修行して初めてチャレンジできる……くらいの超難関資格なのだ。


 その答えは、俺が前世の記憶と能力を保持しているから。


 前世、俺は世界でも稀にみる天才魔術師であった。


 だがしかし、前世の俺は天才魔術師であると同時に、テロリストでもあった。とある国の王太子様の暗殺を企てた罪でギロチン処刑されたのだ。


 処刑前夜、俺の才を惜しんだキャッツランド国王である現世の父に、天才魔術師としての能力を保持したまま、自分の息子へ転生するように禁断の魔術をかけられた。


 そんなこんなで前世の記憶と能力を保ったまま、キャッツランド王国第二王子として転生してしまったのである。

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