第27話 エリス蘇生、そして勝利



 俺はスキル、【事実無根】を発動した。


『事実無根……。事実を無かったことにしようとしてるのか!?』


 その通りだ。

 つまり、エリスが死んだという事実を、無かったことにしようとしてる。


『そんなことが可能なのか……?』


 可能なのか? じゃない。可能なのだ。

 スキル、とりわけ俺の【無】に必要なのは、解釈。


 このスキルでは、こういうことができる、と解釈することがスキル運用で最も重要なのだ。

 逆に、このスキルではこれ【しか】できないと思い込むと、スキルの進化が終わる。


 俺のスキルを、スキルがないって思ったクソ女神のように。

 そうじゃないんだ。


【無】は、無限の無。

 何にでもなれるし、なんでもできる。そう堅く信じることこそが、ハズレだと馬鹿にされたこの【無】に、無限の力を吹き込むのだ。


「エリス……おまえは、戻ってくる! 俺は、そう信じてる!」


 そう叫んだそのとき。

 無事である右手が、七色に光だした。


『なんということだ! これは……神気しんき! 神の魔力! まさか本当に奇跡が起きるとでも言うのか!?』


 妖刀が何かを叫んでいる。

 だが、聞こえない。目の前が真っ白になっていく。


 視界が、世界が真っ白に塗りつぶされていく……

 そして、暗転。


 かたかたかた……

 目の前に映画のフィルムがある。コマ送りされるその映像には、エリスが熱線を受けて死亡するさまが映っていた。


 エリスが熱戦を受けて、蒸発した。

 そのコマが、火で炙られたかのように燃えていく。


 エリスが死亡する一コマより、先のフィルムが消えて灰になっていく……


【へえ、すごいね君】

 

 真っ暗な世界の中、聞き覚えない声がどこからか聞こえてきた。


【君、世界改変能力を持っていたんだね。あの子も見る目ないなぁ】


 あの子……?

 誰だ。そして、おまえは誰なんだ?


【ぼくは××××】


 声にノイズが走って聞こえなかった。


【まあ簡単な言葉で言えば神様かな。おっと、君が恨んでいるあの子とは別人だよ。いや、別神って言えばいいのかな】


 ……俺になんのようだ。


【いやべつに、面白い力を、面白い使い方してるなぁって子が現れたからさ。興味惹かれて、話しかけただけだよ】


 ……うせろ。俺は神ってやつが大嫌いでね。

 

【まあまあそう怒らないでよ。ぼくは君に一つ、いいことを教えてあげよう】


 ……聞く気はない。


【ああそう、じゃあ勝手にしゃべるね。君のその事実無根の力、あんまり連発するのはやめておいた方がいいよ?】


 ……なぜだ?


【聞く気がないのでは?】


 ……うるさい。さっさと話せ。


【まあいいや。君がその力を使うたび、君は大切なものを失う】


 大切なものを失う……?


【エリスちゃんのことじゃないから安心して】


 ……そうか。よかったよ。


【でも、それはあくまで今回は、ってだけだ。君はこの事実無根を使うと、事象を消すたびに、君が大事にしてるものを捧げることになる】


 ……誰に、何を捧げるんだよ。


【それはもう、君らに力を与えた存在にかな。おっと誰って言っても教えてあげられないよ。その権限がないだぼくには。で、何を今回犠牲にするかって?】


 ああ、教えろ。


【それは戻ってからのお楽しみ〜】


 ……今この場に銃がないのが、すごい腹たつわ。


【おおこわ。君は感謝してもいいのにね。君はぼくと話したことで自分のなかにあるすごい力には、大いなる代償が必要であることを理解したんだから】


 ……神。おまえは、なぜ俺に味方する?


【好奇心かな? 今回あの女神ちゃんが力を与えた中で、君が1番狂ってておもしろい♡】


 ……うせろ。


【はいはい。じゃあ、感動の再会に水を差すのもわるいから、これでお暇するね。またね】


 声が遠のいていく。


【きっと、またすぐ君はぼくのもとへくると思うよ】


 ……やつの声が消えた。


「……リン!」


 代わりに、女の声がする。

 聞き覚えのある声、聞いていて、安心する声だ。


「ダーリン! 起きて! ダーリン!」


 俺はうっすらと目を開ける。

 そこにいたのは、金髪の美しいエルフ……


「エリス……」

「だーりん! よかったぁ、目さま……」


 すぐさま起き上がり、俺はエリスのことを、強く抱きしめた。


「だ、だーりん?」

「よかった! エリス! おまえが生きてて、よかったぁ!!!!!!」


 事実無根が正常に発動したのだ。

 エリスの死の事実が無かったことになった。


 だから、エリスは今ここにいる。

 俺の目の前に。


「ダーリン……」


 エリスが俺の背中を優しく撫でてくれる。

 ああ、エリス。俺、おまえが死んですごく寂しかったよ。


 体が半分持ってかれたような気分になったよ。

 エリス……。


「エリス。俺、おまえが好きだ」


 彼女が目を大きくむいた。

 じわ……とひとみに涙を浮かべて、何度も頷く。


「私もです! 私も、ダーリンが好き!」

「エリス!」


 ああ、好きって言ってくれてよかった。

 俺とエリスはどちらからともなくかおをちかづけて、唇を重ねる。


 奈落で出会い、共に冒険し、俺たちは……今思いを一つにした。

 お互いがお互いを必要としていた。


「エリス。好きだ。俺のそばにいてくれ。ここを出ても、ずっと」


 まっすぐな俺の思いを、エリスは泣きながら、うなずいてくれた。


「もちろんです! 末長く、よろしくお願いします!」


 俺は両腕でエリスをハグしようとして……右腕しかないことに気づいた。


「…………」


 無傷を発動しようとする。

 だが、左腕が生えてこなかった。


 マグマに突っ込んだ左腕が、戻ってこない。


「!? だ、ダーリン……腕が!」


 ……そういうことか。

 あの神は言っていた。事実無根を使うと、大切なものを代償に失うと。


 つまり今回はエリスの死を無かったことにした代償として、左腕を持ってかれた、ってことか。

 ……そうか。


「安いもんだ、左腕くらい」


 腕を失ったかわりに、俺はもっと大切なものを失わずにすんだのだから。

 いい買い物だったよ。


「ダーリン……大丈夫、痛くないですか?」


 エリスが本気で心配してくれる。

 それが嬉しくてたまらなかった。


「ああ、全然痛くない。それより、エリス。おまえどこまで覚えてる?」

「? どこまでって、ボスにダーリンが殺されそうになって、私が突き飛ばして……あ、あれ? そのあとどうなったんだっけ?」


 エリスの死だけが、この世界の流れから消えてる感じなのか。

 それとも、エリスの死から新しい世界線に切り替わったのか。


 わからない。

 が、事実は一つだけだ。


「俺たちは勝ったんだよ。ボスにな。ほら」


 マグマだまりは消えさっている。

 エリスは不思議そうにそこを見ながら、やがて、うなずいた。


「私たちの勝利ですね!」

「ああ! おつかれ、エリス!」


 俺は右腕を彼女に向ける。

 彼女は意図に気づいたのか、ぱんっ、と俺の手を叩いた。


 こうして、俺たちはボスを倒し、俺は……大事なものを再びこの手に取り戻したのだった。

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