第5話 予期せぬ再会

「なあ、お前が通う理由って、あのお姉さん?」


 幸雄をからかうように見つめていた真人が、不意にそう聞いた。


 真人が言っている店員は、大学生くらいの見た目で、ポニーテールの良く似合う黒髪の女性だった。大人っぽい落ち着いた化粧をしている女性で、何となく世話を焼いてくれそうというか、歳下にモテそうな雰囲気がある。


「いや、あの人では無い…ってか、なんで店員目当てだって知ってるんだよ」


 恥ずかしそうに声を潜めて聞いてくる幸雄に、真人は軽くため息をついて見せる。


「やっぱりそうなのか」

 

 そして、今度はまた少しだけからかうような半目で、頬杖をついた。


「で? 何度も通ってるみたいだけど。進展はあるの?」

「い、いやぁ……。一度軽く世間話をしたくらいで、何も…………」


 幸雄はそう言うと、照れた様子で頭をかいた。


「ふうん? でも、今日はお前の目当てはいないみたいだな。いるの、店長とあの店員の二人だけっぽいし」


 幸雄の想い人は気になるが、今日はいないようなので仕方がない。真人はチラリとカウンターの方を覗く。一組だけいた客がちょうど会計をしているところだった。


「貸切状態だな」

「こういう時ってなんかラッキーな気がするよな」


 客が帰るのを見送った後、真人はジッと幸雄を見つめる。幸雄は居心地悪そうに、視線をそろーっと横にずらした。


「どんな子なの?」


 ニヤッと口角を上げて、真人は聞いた。幸雄はギクリと表情を強ばらせ、恐る恐る視線を真人に戻す。


「ショートヘアで…ちょっと気ぃ強そうな子」

「へぇ。お前、はっきりした子好きだもんな」


 真人はまだニヤニヤとからかうような笑みを浮かべているし、頬杖だってついている。2人は幼なじみで、親友であり悪友。真人は幸雄に遠慮などしない。


(このモテ男め! 自分だってはっきりした女の子の方がタイプのくせに……!)


 幸雄の思いは、口にはされなかった。真人はモテるが、真人自身がそれを快く思っていない。自分の恋愛話になると不機嫌になるという事が、幼なじみである幸雄には分かっているのだ。それに、口に出したところでどうせ反撃にからかわれるだけなのもわかっていた。

 

 幸雄は悔しい気持ちで歯噛みをし、水の入ったコップに口をつける。


「お待たせ致しました。日替わりメニューとおすすめメニュー! お冷も注ぎますか?」


店長が2人の分を同時に持ってきてくれた。2人はお礼を言うと、幸雄だけ水も注いでもらうことにする。

 

 幸雄のカップは既に空。真人に質問攻めされて、誤魔化すように水を飲んでいた。いや、きっと問い詰められたせいで喉が余計に乾いていたのだろう。


「いただきまーす」


 幸雄が水を注いでもらっている間、真人は1人でパスタを口にする。


「うっま! あんかけだ。これ」


 たった一口。一口目で、真人もこのカフェの虜になってしまった。幸雄とは違って、惚れたのは店員にではなく料理にである。是非通いたくなってしまうほどに、この店の料理は絶品だった。


「こんなに空いてるのが不思議なくらい美味いな」

「だろ? 気に入ると思った!」


 自分が見つけた店だ。と、幸雄は誇らしげに笑う。水を注いでいたためにそばにいた店長が、嬉しそうに顔を綻ばせる。


「ありがとうございます」

「本当に美味しいです」

「良かったわね。店長。ちなみに、春野菜パスタは私の立案した料理なんですよ。お褒め頂きありがとうございます!」


 カウンターのそばに立っていたポニーテールの店員も近寄ってきて、そう教えてくれた。その嬉しそうな笑顔が、何故か店長にそっくりだった。


 カランカラン


 入口のベルが鳴る。すると、2人の店員は素早く入口の方へ視線を向けて、元気よく挨拶をする。


「「いらっしゃいませ!」」

「それじゃあ、ごゆっくりどうぞ」


 店長はそう言い残すと、入口の方へ歩いていこうとする。が、その足を止めた。


「2人とも、今日はシフト入ってないけど…夕飯?」

「この通り空いてるし、好きな席に座って!」


 シフトという事は、今来た客は店員だ。真人はそう思い、視線を入口の方へと向ける。


 真人が客の姿を確認する前に、幸雄に思い切り腕を掴まれた。フォークは置いていたので料理をこぼすことは無かったが、真人は驚いて視線を幸雄へと戻す。


「何だよ。急に!」

「だって……。まさか客として来ると思わないじゃん。あの子、藤波学園の子だったんだ……!」


 幸雄の小さな声で発せられた言葉を聞いて、察した。


 真人は幸雄の想い人を拝んでやろうと、視線だけではなく身体ごと客の方へ向ける。すると、今度は真人も思わず固まってしまった。


「……浜野さん」


 狭い上に、人の少ない店内だ。真人の声は2人の客の耳にも届いた。その客のうちの1人である由美は真人の姿を認めると、驚いた顔をして凝視してくる。


「えっと、北川…くん……?」


 固まったまま、真人と由美は暫く2人で見つめあっていた。その沈黙は、由美の隣にいた女性によって破られる。


「北川くんって、北川真人くん?」

「う、うん……。茉莉まり、北川くんの事知ってるの?」


 由美は戸惑った表情で、真人と茉莉という女子高生を交互に見る。最後に、真人の背後に座っている幸雄の存在に気づいて気まずそうに頭を下げた。


 幸雄は苦笑しながら手を軽く振って、真人に座り直すように促す。


「ああ、うん。そうだな。」


 店長達も、真人達が知り合いである事に驚いた様子で、声をかけてくる。


「由美ちゃんの知りたいだったんだね」

「ええ。私がこないだ、彼にお世話になって……。それだけなんだけれど」


 由美はそう言うと、入口付近の席に座ろうとした。しかし、茉莉が真人達に興味津々だ。当然、真人も彼女の好奇心に満ちた視線に気がついている。それに、この茉莉こそが幸雄の想い人で間違いない。ここは友人の恋を手助けをしてやろう。真人はそう思った。


「あのさ、良かったらこっち来て話さない?」

「いいの?」

「茉莉がそんなに見るから……。気を使わせて悪いわよ」

「いや、俺もせっかく再会したし、また話したいなって思っただけだよ」

「だってさ、由美。ねえ、隣の席に座ってもいい?」


 茉莉は由美を無理やり立たせると、真人達の方に連れてきてそう聞いた。幸雄の言った通り、元気な明るい声だ。それに、今もまだ好奇心に満ちた表情をしている。


「もちろん。なぁ? 幸雄?」


 茉莉達に微笑んで着席を促した後、真人はニヤリとからかい顔で幸雄に視線を送る。幸雄はほんのりと頬を赤らめて、茉莉をチラッと見てから小さく頷いた。

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