ひび割れた時を君と

朱空てぃ

出会い

第1話 路地での出会い

「邪魔すんじゃねえ!」


 薄暗い路地で、大きな声を出して威嚇している高校生らしき男が2人。その男達によって壁に追いやられていると言うのに、彼らを睨みつけている高校生らしき女が1人、向かい合っている。


「何よ! あの子嫌がってたじゃない!」


 女の方も、男達に負けじと大きな声で応戦している。


 身長も体格も平均的な女子高生は、黒い制服をきっちりと着ている。いかにも真面目な優等生と言った雰囲気の少女だった。


 2人の男子高校生は、憤っていた。女の言う「あの子」をナンパしようとして、邪魔をされてしまったのだ。


 男子高校生達の着ている制服は、この辺りでは有名な、問題児の集まる高校のものである。彼らも例外なく、毎日のように問題を起こしている。


 悪事の途中を邪魔されて、彼らは今にも女子高校に襲いかかってしまいそうなほどに血管を浮き上がらせて、怒りで顔を真っ赤にしていた。


「なんだと!?」

「なら責任取って、お前に相手してもらおうか!?」


 半分は本当の怒り。もう半分はいかがわしい下心でそう言った。


 女子高生は目はパッチリしていてまつ毛が長く、小顔に収まる鼻や口も控えめサイズで可愛らしい。しかも、全てのパーツが理想的な位置についている。


 男達が最初にナンパした相手よりもこの女子高生の方が旨みがある。そう思って、彼らは更に彼女に迫った。



 女が応戦しようと拳を握ったその瞬間……。


ドカッ


 大きな音がして、女子高生はついキョトンとしてしまった。一瞬、何が起きたのかわからなかった。突然、男子高校生が2人とも倒れてしまったのだ。


「やばっ。強く蹴りすぎたかな……」


 驚く女子高生そっちのけで、白い高校の制服を着た1人の男が、気絶した男2人を覗き込んでいる。


 彼らを心配する彼は優しそうな風貌で、もしこの場に普通の状態の女性がいたとするなら、騒ぎになりそうなくらいには整った顔をしていた。


 驚いて固まってしまっている彼女には、彼の容姿は目に入らない。


「あの……」

「あ、君。大丈夫? なんかこの人達、良くない雰囲気だったから……。えと、やっちゃったんだけど」


 そう言って、彼は倒れた2人のそばに転がっていたボールを拾い、苦笑いを浮かべる。


 男子高校生2人を倒したのは、彼が蹴ったサッカーボールだったようだ。


 邪魔が出来ればいい。と考えてはいたが、まさか気絶させてしまうとは、彼自身も考えていなかった。気まずそうに、気絶している男達をチラチラと見つめている。


「とりあえず、今のうちに逃げましょう」

「え!?」


 女子高生は、彼の白い制服の袖をギュッと掴むと、急いでその場から離れた。ふわふわと長い彼女の髪が靡いて、男の鼻先をくすぐる。


(いい匂いがする)


 急に手を引かれたが、思ったよりも戸惑いは無かった。男は黙ってその女子高生に着いていく。


。。。


 あの路地から離れてやってきたのは、2人の通う高校がよく見える橋の下。


 女子校と男子校の間にあるのが今この上に通っている橋で、さっきいた路地からは歩いて5分の距離にある。ここまで走ってきたのだ。


「はぁ……疲れた。こんな橋の下まで来たら、さすがに追ってこないわよね」


 女子高生は軽くかがんで息を切らしているが、男の方は涼しい顔をしている。自分のことよりもさっきの人達が気になるようで、路地があった方角をじっと見つめていた。


「放置しててよかったのかな?」

「死ななきゃセーフよ」


 結構豪快な女のようだった。呆気に取られた男はまたもや苦笑して、今度は彼女の心配をする。


「あの人達に何もされなかった? 大丈夫?」

「ええ。ありがとう」

「そう。良かった」


 本当にホッとした表情を浮かべている彼を見て、女は一瞬だけ目を丸くした。


「あなた、男の子なのに優しいね」

「え?」

「男の子って、みんなさっきの奴らみたいな嫌な人しかいないものだと思ってたの……」

「……もしかして、藤波ふじなみの女の子ってみんな男のことを悪い奴だと思ってたりする?」


 藤波と言うのは、藤波学園と言って、黒い制服を着た彼女の通う女子高の名前である。女は、その女子高に通う2年の女子高生なのだ。


「私の偏見。私の周りの男の子はみーんな意地悪だったのよ。急に髪の毛をひっぱってきたり…筆箱を隠されたり……。昔から男の子って嫌い!」


 そう言って、女子高生は河原にあった小石を拾うと、拗ねた様子で川に投げ込んだ。


「でも、あなたは嫌いじゃないわ。助けてくれたもの」


 拗ねるような顔をしていた女子高生は、白い制服を来た男を振り返ると、ニコッと笑う。


「君の周りが特殊だっただけで、俺は多数派だと思いますけどね……」


 彼女の真似をして、男も小石を拾うと川に投げ込む。


「ねえ、そう言えばなんであんなとこにいたの? ガラの悪い男を二人も連れてさ」


 男は石を投げるのにハマったのか、会話をしながら拾っては投げ、拾っては投げを延々と繰り返している。


「中学生の子が絡まれてて……。困ってたみたいだから声をかけたのよ」

「その子は?」

「もちろん、逃がしたわ」


 女はどんどん投げ込まれていく石の軌道をジッと見つめながら、そう言った。


「へーえ」


 最後の一投を投げ入れると、男は振り返って近くに置いていた鞄を拾う。


「人助けもいいけど、女の子なんだから危ないことするのはやめた方がいいよ? 人を呼ぶとかさ」


 心配してくれている。と頭ではわかっていても、彼女はついムッとしてしまった。周りに助けを求めても無視するくせに。と、口にはしないが心の中で思う。


 彼女は見て見ぬふりをする通行人を払い除けて、中学生の女の子を助け出したのだ。好きで危険に突っ込んで行った訳では無い。


 それに、彼女には勝算だってあった。


「それはご忠告どうも」

「あ。なーんか、またしそう」

「な、何よう。初対面のくせに、あなたこそお節介なんじゃないの?」

「…………」


 頬をふくらませながら女が言うと、男は上空を見つめて何かを悩む。そして、んーっと小さく唸ってから「まあ、それもそうか」と言って歩いて行ってしまった。


「え……?」


 取り残された女は、彼が歩いていった方向を暫く見つめて立ちすくんでいたが、彼と同じようにんーっと小さく唸って少しの間悩んでから、鞄を持って家路につく。

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