落ちこぼれ転生者が腐れ外道な異世界を創り変えるまで。

ときもんめ

Ⅰ.

バケモノ退治したらバケモノになりかけた日①

深淵の奥底に佇むダンジョン、その一角から、四十路に片足を突っ込んだおっさんの声が響く。


「さぁて、この宝箱はっと...ん〜もちろんハズレぇ〜⤴︎」


よもやヤケクソとも取れようその声色。大量の武具を背負った姿も相まって、金に目を眩ませた頭のおかしい野蛮人に見えなくもない。


「おっしゃ次じゃ次。こんなん流れ作業よ、あーいゴミ箱一丁上がり〜」


空箱であることを確認し、そのまま手斧を振り上げて木箱を破壊する。バゴォーンという景気のいい音と共に爆誕したのは、もはやゴミ箱にすらならないただの瓦礫であった。


「一体いつになったら俺はシャバに出られるんでしょうねぇ...なぁ、女神さんよぉ」


悪態をつきながら男は次なる獲物を目指し歩き始める。足音の反響が深くなるとともに、やがて彼の手斧は光の粒子となって消えた。











「今んとこ空箱しかないのマジで意味わかんねぇなおい、確率ミスってんだろ」


訳あって異世界の豚箱に放り込まれ、こうしてせっせと労働に勤しんでいるのがこの俺、フジである。ちなみに苗字はない。名前オンリー。


獄中にいるほどの下流階級のものには姓を名乗る権利さえないらしい。なんたってまぁとんでもない世の中だ。


「女神さんも適当だったしなぁ...俺だってもっとかっちょいい魔法とか使いたかったのに」


俺をこのイカれた異世界に転生させたのが、その「適当な女神」ってやつだ。現世にて殺人の冤罪を掛けられたまま刑が執行された俺は、そのまま女神によってこの豚箱へ。


曰く、ここは複数の世界線からの元犯罪者達が集う、文字通りの無法地帯なのだとか。俺たちはこのトンデモブラックプリズンからの脱出のため、こうして所定の地下ダンジョンに単身で潜り、お上が指定する金銀財宝を探しているって訳だ。


「これがまた骨の折れる『労働』だこと...せめて食料飲料くらいはくれても良くない?」


毎日決まった時間に獄中の受刑者が一斉にダンジョンに潜り、その12時間後に強制的に引き揚げられるシステムになっている。


しかし無条件で丸腰にさせられる上、支給品もなし。己の授かった「特典」と地力だけで生き抜くことが求められる。


「どうせ俺らのことを都合のいい手駒かなんかだと思ってんだろうな!その通りだよチクショウ!」


腹いせに、地面に向かって背中から抜き出した棍棒をぶん投げる。すると幸か不幸か、たまたま脆くなっていたらしい足元の床が崩れ、新たな部屋が姿を現した。


「...ほーん?」


さて、こういうのは大抵身を滅ぼしかねないフラグであるか、一騎当千、一発逆転の大チャンスであるかの二択が常だ。だがしかし、どちらにせよ目の前に迫ったこの大穴を前にして、一端の冒険者(受刑者)がやることと言えば一つであろう。


男のロマンを追求し続けろ、それが前世での俺のポリシーだ。


「っしゃー行くぞー、勝つか負けるかの大博打だ」


突如として降りかかったイベントに、俺の中でふつふつと期待が高まっていく。大袈裟に準備運動をして、久々に感じるこの胸の高鳴りを噛み締めた。


なおこの場合、負けはおそらく死を意味する。


「...よっこらせいっ!」


大きく屈伸し、迷うことなく飛び込んだ。上からでは暗くてよくわからなかった部屋の全貌が見えてくる。


だがそこは思ったより高さがない上にさほど広くもないようで、俺は限りなくゼロに近づいたお宝への期待値に、重力に従いながら舌打ちをした。


「ちぃっ!!んだよここもスカじゃねぇか!ハッタリかよクソ!!」


俺は怒りのあまり、背中におぶっていた武具たちに手をかける...危ない、ギリギリ持ちこたえた。既に憂さ晴らしのために、手斧と棍棒を一つずつおじゃんにしているのだ。いろいろと限りがあることを自覚しなければならない。


(あームシャクシャする!!俺もどこぞのなろう系主人公みたいにチート能力ぶん回してヒーロー気取りてぇ!!)


欲望を垂れ流しながら着地の体勢をとり、周囲への警戒を強める。もうじき両足が床を踏みしめるだろうと思われた、その時。


「あ?」


およそダンジョンが出してはならないような駆動音とともに、床が左右にかっぴらいた。受け身の姿勢を取ろうとしていた俺は、なす術もなく再び空の旅へ。


「...お、おっしゃキタ!これあれだ!下げてから上げるタイプの二段構え確定演出だ!!」


だが、この状況を真のアタリ部屋への誘導と考えた俺は大はしゃぎ。己の安全よりも、目当ての品を回収しここから釈放されることを優先しているという何よりの証拠である。


「コレよコレ!やっぱロマンってのはこういうのだよなぁ!!FOOOO!!」


落下の勢いは留まるところを知らない。そして俺のテンションも留まるところを知らない。


指数関数的に増加し続ける落下速度とテンションがまさしく最高潮を迎えたところで、やっと俺は地面とご対面した。


「ぉごっほぅえっ!!」


奇跡的に背面で着地したため、背負ってあった武具たちがいいクッションになり何とか命は助かった。向こう一年分の痛みをいっぺんに受け止めたようだ。痛い。


「おゔぇっ...痛ってぇ...ん?」


妙に楽になった背中の重みに気が付くことなく、ズキズキとした全身の痛みに悶えながら俺は辺りを見渡す。周囲は上層よりも闇が濃くなっていて、俺の目では状況が把握しきれなかった。


「なんだありゃ...?本?」


唯一視界に捉えることができたのは、分厚い冊子のようなもの。それも古ぼけた祭壇に祀られた、仰々しい見た目の。


なんてことはない、単なる魔導書の類に見えた。


(...んんん??)


実を言うと、俺は魔法が使えない。女神からの「特典」に恵まれなかった落ちこぼれ転生者だからだ。ゆえに、日ごろから目につく魔導書はすべてスルーしていたのだが。


(なんだぁ?どうして俺はなんの役にも立たない魔導書に、こうもワクワクしちまうんだ?)


異質な様相を呈しているソレだけは、自分でも不思議なくらいに俺の興味をそそった。


(まぁいいか、お上に献上したらいい見返りが貰えそうだ)


自然と足が踏み出される。何かに囚われたかのように、俺は魔導書と思わしきソレに手を伸ばしていた。


「よっと。どれどれ、中身は...」


胸の鼓動が早まる。ちょっと乱暴に触れば破けそうなくらい、そのページは古臭くなっていた。


傷がつかないように、慎重に。腫物を扱うように、繊細に。ゆっくり、ゆっくり、そーっと。




「___豺ア��繧定ヲ暦シ�→縺阪�シ滓キオ繧ゅ∪���r隕九※�医k」




気味の悪い、獣のものらしき鳴き声が聞こえたと同時、肉体を突き刺すような嫌な予感が俺の頭を内側から叩いた。

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