第58話


「妃陛下……。こんな事を言うのは酷である事は重々承知で、申し上げます。

妃陛下はこの国の王妃。もうご自分のお気持ちだけで生きていく事は難しい事を理解して下さい。王族とは自分を犠牲にしてでも、国を……国民を守る事を第一にお考えいただきたい。

陛下だって、王族の一人。いずれ理解して下さる筈」

とサンダース公爵が言うのを、私は黙って聞いていたが、宰相は公爵に『最後にお決めになるのは両陛下だ。これ以上口を出すな』と諌めていた。


サンダース公爵はまだ言い足りない様であったが、宰相に部屋を連れ出される。


残ったロータス様は私に向かって、


「妃陛下……。これは私個人の気持ちとしてお聞き下さい。

陛下は……これまで結構苦労して来たんです。いつも気を張っていた。

しかし、妃陛下と共にいると、笑顔が多くなりました。……私はまた陛下が苦虫を噛み潰した様な顔で過ごすのを見るのは、正直辛いです」

と困った様に微笑んだ。


「ロータス卿……。部屋へ戻るわ」

私はそれについては答えず、そうロータス様へと告げる。今は一刻も早くアイザックに会いたかった。ロータス様は、


「では参りましょう」

と部屋の扉を開けた。




「かぁーー!」

と私に向かって両手を広げ、ヨチヨチと駆け寄ったアイザックを私は抱き上げた。


「急に先程から、何故か殿下が落ち着きがなくなってしまって……」

と眉を下げたダイアナが私にそう報告した。


「熱もなく、元気な様子ではあるのですが、どこかソワソワした様子で」

そう言うダイアナに、


「……きっと、ザックに私の気持ちが……いえ、私と陛下の気持ちが伝わっちゃったのね」

と言いながら、私はアイザックを抱き締めた。


私がカルガナル王国へ行くという事は、アイザックと離れなければならないという事。


あの時……私がただのクレアだった時には大切なものは、ほんの少ししかなくて、守るべきものもアイザックだけだった。

公爵の『国民を守らなければならない』という言葉が私の胸に深く突き刺さる。

私はアイザックをもう一度強く抱きしめた。



その夜、陛下は寝室に現れなかった。二人の仲がギクシャクしていた夜でさえも、同じ寝台で眠っていたのに……。

私はまだ悩んでいた。私のするべき事が何なのか。

明日にはサーレム殿下はカルガナルへと帰国の途に就く。タイムリミットは明日の朝までだ。


私は寝台に横になりながらも、眠れない夜を過ごす事になった。


朝、朝食の場にも現れない陛下を心配する。


「陛下は?」

朝食の給仕についたメイドに尋ねると、


「今朝は要らないと断られましたので、執務室にお茶だけ持って行きました」

とそのメイドは答えた。


「そう……執務室にいらっしゃるのね」

私は呟いた。……ずっと夜通し執務室にいらっしゃったのかしら?

しかし、陛下と顔を合わせて私は何と声を掛ければ良いのか、私にはまだ答えが見つかっていない。そう……私はまだ迷っていた。

いや、自分の気持ちはわかっている。しかし、そちらを選んで本当に後悔しないのか……そう問われれば自信持って頷くことは出来ないだろう。


今日はサーレム殿下が帰国の途に就く。最後に私達で話し合いを設けるがそのテーブルに私もつく。そこで答えを出すのだと思うと、つい顔にも緊張が走る。私の答えが……今後の二つの国の行く末に影響をもたらしたら……どうすれば良いのだろう。

そんな私の準備をするマーサが、私の前に回り込むと、


「クレア様が何かを悩んでいるのは分かっています。それがとても大変な事なのだろうと想像も出来ます。でも、私はクレア様の選ぶ道を応援しますよ。ですから、是非クレア様の心のままに。

ずっと我慢して生きてこられたじゃないですか。たまには、我が儘を言っても良いんではないですか?それが……陛下の……お母様の願いでもあると思います」

そうマーサは優しく言うと私の頬を両手で包み込む。その手の温もりに私は勇気を貰った気がした。



準備を終えた私は意を決して、謁見室に入る。そこには既に陛下の姿があった。


「陛下……」

私が近づいて陛下に言葉を掛けようとすると、陛下はそれを遮って、


「クレア、俺の話を先に聞いて欲しい」

と、真剣な顔で私に言った。


「お前が何と言おうと、俺はお前を手放すつもりはない。それは決定事項だ。失業者の問題でお前が悩むのなら、戦をしたって構わない。そうすれば、一気に失業者問題は片がつく」


「陛下!それはなりません!」

と私が目を見開くと、


「わかっている。だが、それぐらいの決意だと言いたかったんだ。昨日寝ずに考えた事がある。戦をせずに済む方法だ。上手くいくかは分からないが、何もしないよりマシだ。折角国王になったんだ。やるべき事をやるよ」

と陛下は私の目を見てそう言った。

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