第59話
「陛下、私は……」
と私が口を開きかけた時、
「サーレム王太子殿下が来られました」
と護衛に声を掛けられる。
私は自分の決意を言えぬまま、サーレム殿下を迎える事となった。
「お二人ともお揃いでしたか。で、ゆっくり話し合われましたか?」
とにこやかな笑顔と共にサーレム殿下は席についた。そして私に、
「クレア妃陛下、出来れば良いお返事をいただけると嬉しいのですが」
と視線を向ける。
私は大きく息を一つ吐いてからサーレム殿下に向かって、
「サーレム殿下。我が国にとって失業者の問題はこれからも大きな課題です。カルガナル王国の有り難い申し出には感謝しています。……しかし、私はこの国を出ていくつもりはありません」
きっぱりとそう言うと、私の横の陛下がホッとしたのが伝わった。
「ほう……。それが妃陛下の答えですか」
「クレアだけではない。私も同じ答えだ。失業者については国をあげて、サポートしていく体制を作る」
と言う陛下の答えに、
「今の今まで放置していたのに……ですか?国民が困る前に手を打たなかったのは、貴方の怠慢と言う事ですか?」
と挑戦的な視線を寄越す殿下に、陛下はあくまでも穏やかに、
「確かに。後手に回ったのは国民に申し訳なく思っている。それについては言い訳のしようもない。しかし、だからといって遅すぎる事はない。他国に助けを求めるのは確かに楽な道だろうが、それでは根本的な解決とは言えないだろう」
と答えた。
「ふっ……。まぁ、そちらがその考えなら仕方ない。では……我が国との貿易の話は白紙。軍事力も貸し出す事はしない……それで良いと?失業者の問題だけでなく、この国は随分と損をする事になるが……王族としてその決断は、如何なものかな?」
「カルガナル王国については、まだ謎が多い。本当に、我が国が損をするのか、今は誰にもわからない」
陛下は一歩も引かないが、私の心は大荒れだ。自分の決断が正しかったのか……やはり自信が無くなる。
「ふーん。まだ視察隊からの返答はないのかな?どうせうちの国に潜り込ませているんだろう?」
と言うサーレム殿下は口の端を上げた。
自分だって、平民に混じって我が国に潜伏していたくせに、と思うが口には出せない。
「だから何だ?」
「その報告書を手にした時に後悔したとしても遅いんだぞ?言葉を選ばずに言うが……女一人の為に、国民の不利益を選ぶのか?」
「私の大切な女性だ。言葉を選べ」
二人の間に火花が散る。もう後へは引けない。
「クレア妃陛下」
急にサーレム殿下は私の方に顔を向けた。
「はい」
「僕の事が嫌いですか?」
「おい!急に話を逸らすな!!」
殿下の言葉に陛下は慌てた様に声を上げた。
私はそんな事を問われるとは思っていなかったのでびっくりしたが、ここで言い淀んだりすれば、また陛下は不安になるだろう。
「嫌いと言う程、殿下の事を存じ上げません」
私は失礼に当たらない程度にしっかりと答える。
「ならば、これから知って欲しい」
「おい!!」
陛下が立ち上がりそうになるのを、私は陛下の手を握って止める。
もしかすると、サーレム殿下は陛下を怒らせたいのかもしれない。怒ってミスを犯すのを待っているのかもしれない。ここは、私が答えるべきだと、私は考えた。
「カルガナル王国と今後も友好的なお付き合いをお願いしたいと思っております。我が国とカルガナル王国……二国がお互いの理解を深める事は重要だと私も思いますわ」
「うーん。良い子の答えだな。僕が言っているのは、妃陛下には僕の事を知ってもらいたいし、妃陛下の事をもっと知りたいと思っている……って事なんだけど?」
……分かってるわよ。普通、既婚者を堂々と口説く?
「殿下には、我が国を知っていただけると嬉しいですわ。私が案内役を買って出た甲斐があるというものです」
陛下のイライラが伝わるが、私はテーブルの下で陛下の手をもう一度強く握った。今は飲み込んでほしい。
「私には正妃がいない。妃陛下を正妃として迎えたいんだ」
……凄いな。全く私の話を聞いてくれない。
「それは出来かねます。私はすでに結婚している身ですので」
「離縁をすれば……」
とサーレム殿下が言いかけた、その時、
「いい加減にしろよ?そろそろ私も我慢の限界だ」
と陛下は低い声で淡々と言った。余計に恐ろしい。
「うーん。良い案だと思ったんだけどなぁ。この国にとっては失業者は減り、貿易により国は潤い、戦となれば手を貸して貰える。そして僕にとっては、美しい正妃を手に入れる事が出来る。お互い十分な利があると思ったんだけどなぁ」
と殿下は首を傾げた。
「二年……いや一年後には失業者を今の十分の一にし、国の利益を倍に増やす。それが私の決意だ」
「ほぉ。一年後とは大きく出たな……ならば……」
と殿下が言いかけたその時、
「陛下!お話し中失礼いたします!こちらの書類に目をお通し下さい」
と何やら宰相が慌てて書類を持って来た。そう言えば、さっき廊下の護衛とやり取りしていたっけ。
「失礼」
と陛下は殿下に一言断りを入れてから、急いでその書類に目を通すと、
「これは……本当か?!」
と驚いた様に宰相に問いかけた。宰相は大きく頷くと、
「で、いかがいたしましょう?」
と陛下に尋ねた。
陛下は、
「もちろん許可しよう」
と宰相に告げる。
私にはその書類は見えない。だけど、陛下は何故か少し愉快そうに笑った。
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